その日は清々しい朝になるはずだった。だって昨日の夜に見た天気予報で、明日は高気圧に覆われた暖かな1日となるでしょうって言っていた。
だが、実際目覚めてみると、外はオテントさんの涙腺ぶっ壊れたかと疑うようなヒドイどしゃ降りで、ついでに言うと消し炭みたいなカワイソウな朝食が用意されていた。テロリストの手によって。
あれおかしいな、ここ俺ん家じゃなかったっけ?
寝起きのよく働かないノーミソを叱咤して辺りを見渡せば、そこは確かに月1のペースでしか帰ってこないとは言え、間違いなく俺の休息所だった。
いや、俺ってあれだからね。真選組鬼の副長。


「何してやがる高杉ィィィ!」

低血圧に定評のある俺が、すっごい頑張ってテンション上げて繰り出した渾身のツッコミは、残念ながら、テーブルの前で食卓の準備に勤しむ隻眼の男にダメージを与えられなかったらしい。

「何って、見りゃあ分かんだろ」

朝食作った、なんてケロリとした表情で言われた日には、俺はホントもうどうしたらいい。
というか、朝食ってこれは朝食なのだろうか。朝食というのは朝に食べるものを指す言葉であって、決して元が何だったのか想像も出来ない程に炭化したダークマターを指す言葉ではない。ちなみに食という字は人に良いと書く。二十数年間生きてきて、こんなに人に優しくない食べ物を見たのは初めてだ。つか最早食べ物じゃねェしなコレ。朝食っていうか超ショックって感じ。
おい、大丈夫か俺。あほな駄洒落を言ってる場合か。俺まで頭壊れてどうする。
今は現状を打破する方法を考えるのが先だろ。ニヒルな笑みを浮かべて「食わねェのかぁ?」って超ショックを勧めてくるテロリストをなんとかするべきだろ。じゃねェと俺死ぬ。あ、もしかしてそういうテロか。

「そもそも何でテロリストが警察官の家で朝食作ってんだ」

とりあえず状況を整理しようと、威嚇混じりに唸ってみせるが、高杉は堪えた様子もなく平然とにやついている。キモイ。
そして、持っていたコーヒーカップ――中身は謎だ。緑色の湯気が立ち上っていたとだけ言っておこう――をコトリとテーブルに置いて、愉しそうに隻眼を細める。

「主夫だからな」

ごめん今なんて?
過激派テロ組織の頭目が、きっぱりと言い放った台詞を、寝起きで鈍っている俺の脳は聞き間違えたらしい。
よりによって…何だっけ? あぁそうだ。『主夫だからな』って言われたように聞こえた。あり得ねェ。

「主夫だからな」

「何で2回言ったし」

嫌がらせか? 嫌がらせなのか?
まるで心を読んだかのようなタイミングで、特に大事なことでもない台詞を2回言ってきた高杉にイラッとした。
あ、もしかしてそういうテロでもあるのか。鬼の副長をイラッとさせる精神攻撃的なあれか。
組織を束ねる立場の人間が、手ずからテロをこなすとは畏れ入る。安全圏で胡座をかいて、上から目線で文句だけ飛ばす幕府の馬鹿共に見習わせてやりたい姿勢だ。まぁ俺も前線に立つけどな、副長だけど。

「おい土方ァ、食わねェのかよ」

高杉はどうあっても俺の胃袋と脳ミソに対するこの小規模なテロを成し遂げたいらしい。朝食に手をつけようとしない俺を、不機嫌丸出しで睨んでくる。
でも俺これ食ったら死ぬし。
真選組副長、自宅でテロリストが用意した朝食を食べて死亡。なんだそれ、そんな朝刊の見出しは嫌だ。死ぬならせめて戦いの中で死にたい。それが贅沢だってんなら、事故死でも病死でも老衰でも何でもいい。ショック死だけは嫌だ。ショック死っつーか食死。

「敵が用意したもんを俺が食うと思ってんのか? あ"ぁ?」

なんだそれどんなケアレスミスだ馬鹿にすんな、と怒りのボルテージを引き上げて凄んで見せる。なんたって食死だけは回避したい。
しかし高杉は、やっぱり気にした風もないまま、ムカつく笑みを崩さない。その上「まぁ普通、敵が用意したもんなら食わねェな」なんて暢気に宣った。

「だったら、」

「けどなァ、俺ァ主夫だっつってんだろうが。夫が嫁に、害になるようなもんを食わせるとでも思ってんのか」

「………あぁそうか分かった。根本的に認識が食い違ってたんだな」

ここで俺はようやく理解した。高杉はどうやら俺を自分の嫁と人違いしているらしい。
まったくとんだおっちょこちょいだぜ高杉晋助、最も危険なテロリスト。
たぶん雨のせいで視界不良か何か――だって奴は隻眼だ――起こして、俺の家を嫁の家と間違えて、俺を嫁だと人違いしているのだ。そうに違いない。そうだと言ってくれ!

「俺ァてめえの嫁じゃねェ…」

なんとか人違いに気付いて欲しくて、疲れた溜め息と共にそう教えれば、「はぁ? てめえは俺の嫁だ」とかなんとか、なんとも真剣な反論が返ってきた。
なんだこれ。なんのイジメ?

「俺ァ土方十四郎だ」

「それがどうした。なんだ十四郎って呼んで欲しいのか」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「………と、とーしろー?」

ちょっと待て、なんでそこで照れたんだお前。なんでそこで頬染めたんだお前。
おかしいだろ色々おかしいだろ。何ちょっと甘い空気醸し出してんだ。何彼女の名前を初めて呼び捨てにしたみたいな雰囲気になってんだ。
おかしいだろ色々おかしいだろ。

「何黙ってんだァ十四郎。変な奴だな」

いや変なの俺じゃねェだろ。てめえだろ。
それとも何か? マジで俺が変なのか? 色々おかしいんじゃなくて、俺がおかしいから色々おかしく見えんのか?
違うだろ。違うよな?

「あ、もしかして拗ねてんのかァ? 旦那様の朝食は俺が作りたかったのにってよぉ。ククッ」

え、そうなのか? だから俺こんなにイライラしてんのか?
まぁ確かにこいつに朝食作らすより、俺が作った方が何万倍も体に良さそうだもんな。
いや、何万倍って問題じゃねェな。倍数で比べる方が間違ってるわ。だってホラ、0に何かけても0だから。

「可愛い奴だな」

そう言って、高杉はいとおしげに俺の頬に手を伸ばした。そのまま、やわやわと丁寧な仕草で撫でられてる。
世間では極悪非道と恐れられるテロリストでも、こんなに愛情を表に出せるもんなんだなと思った。

「だが十四郎、てめえは仕事で疲れてるだろ? 家事ぐれぇ俺に任せろや」

無駄に男前な笑顔で言い切られ、差し出されたマヨネーズに誘われるままに、俺はふらふらと食卓に座った。消し炭にマヨを適量しぼりだして口に運んでみれば、ふわりと広がる豊かなマヨの風味。
あ、美味い。
素直に感想を告げると、高杉が本当に嬉しそうにニッコリ笑うものだから、俺もつられて幸せな笑みを浮かべた。









 ̄ ̄
数日後、我に返ったときには既にほだされてて、結局土方は高杉が家に居着くのを許すと思います





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