これの後日談









いやいや、またかよこれ……普通にあり得ねェからこれ。
つーか、マジまたかよこれェェェェェ!

必死に現実逃避を試みる土方の隣で、問題の隻眼の青年がスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。
なんだか激しくデジャヴを感じた。



 *



「…って、いや待て俺。ちょっと深呼吸しろ俺。よーし落ち着け俺。Be cool……」

小鳥の軽やかなさえずりと共に部屋の窓から朝の陽射しが差し込む中、土方は一人無意識に呟いた。こんな事を声に出して言っている時点で、普段からは考えられない程に動揺しているのだが、それすらも本人気付けていない状態だった。
まず何故自分の隣に招いた覚えのない青年が寝ているのかが分からない。
ただひとつ救いは、多少寝相で乱れはしているものの、今回はお互いきっちりと寝間着を着込んでいることか。そんななんの励みにもならない救いは嫌だ。

「……しかも、よりによってまた高杉晋助かよ」

そう、タチの悪い事に自分の隣でのんきに爆睡しているのは、敵であるはずの高杉なのだ。
更に言うならば、こんな状況に陥るのはこれで2回目なのだ。
だいたい布団にくるまって幸せそうに眠るテロリストの侵入を、2度も許す武装警察官とかどうなのだろう。

(そもそも俺ァ真選組の頭脳なんじゃあなかったか? 設定ミスってんじゃねェのって程間抜けなんだけど俺……)

突き詰めていくと、鬼の副長、延いては真選組唯一の常識人としてのアイデンティティーが崩壊してしまいそうな気がして、なんだか急に恐ろしくなる。
自分のキャラクターが曖昧になってしまう前に、土方はこの状態を打開するべく、再び例の行動に移った。

「6時13分29秒、高杉晋助。殺人、器物破損、不法侵入その他諸々、あと強姦の罪で逮捕する」

ガシャン

未だ眠り続けるテロリストの腕にはまった銀色の手錠が、小気味の良い音を室内に響き渡らせた。




「おう、おはよう土方」

「……なんでこの状況でそんな朗らかに挨拶出来んだてめえは」

手錠の音か土方の声にか、反応してパチリと目を開けたテロリストは、開口一番、そんな平和過ぎる台詞を吐いた。因みに、反応したのが後者ならば、限りなく嫌であると思った。
しかし、よもや全国指名手配犯が――1万歩譲って警察官の私宅というのを抜きにしても――人前で熟睡するなどあって良いのだろうか。思わずそう呟くと、高杉はにっこり笑って――いっそニヤリと笑ってくれた方が100倍ましだった――ベラベラベラベラ、「確かに俺は普段は黒い獣が呻いて寝られやしねェ」だの「だがそれを鎮め、俺に安らぎをくれるのぁ土方、お前ェだけなんだぜ?」だの、ノンストップで語り出してしまった。死ね。
しかもその後も、口を挟む隙もなくそのままのテンションで小一時間語られた。なんでこいつ生きてるんだろう、とかなり真剣に悩んだ。

「…つーワケで、京でいいか土方」

「何が!?」

実も益もないどころか逆に害しかない馬鹿の話に対して、スルーという最も効果的なスキルを発動して心の平穏を守っていた土方は、急に同意を求められて驚いた。
馬鹿でも他人の意見を訊けるのだということに驚いた。

「おいおい聞いてなかったのかァ? だから俺が江戸に住むかお前が京に住むか……っつーか亭主の話ぐれぇ耳を傾けるのが良妻のたしなみだろぉ? まぁ今回はお仕置きだけで勘弁してやるけどな、ククッ閨では覚悟しとけや」

「って、お前この前それで鼻血噴いて気絶したじゃねェか!」

「大丈夫だ。今日はちゃんと血ィ抜いてから来た」

「何が大丈夫ゥゥゥ!?」

「あぁ、俺の聖血(ホーリーブラッド)は一滴も無駄にならねェよう献血カーに寄贈してきたぜ!」

「そんなこと訊いてねェ! つーか聖血(ホーリーブラッド)ってなんだ!」

「説明しよう。聖血(ホーリーブラッド)とは、いにしえより伝わる聖なる泉の…」

「うぜぇぇぇぇ! うぜぇよ訊いてねェよつーかうぜぇよォォォ! もうお前のあだ名ウザ杉とかそんなんだろ絶対!」

「な、なんで俺の鬼兵隊でのあだ名を知ってるんだァ!? 密偵でも潜ませてんのか!?」

「マジでウザ杉なのかよ!? つーかそれイジメじゃね? 鬼兵隊のトップ仲間内からイジメられてね?」

そんな奴を指名手配してる世の中とか終わっていると思う。
言った瞬間、急におとなしくなった高杉が気になって、ちらりと様子を窺うと、「別にイジメられてねェし。あ、でもこの間下駄箱に画鋲入れられて……いや、けどありゃあたぶん部下からのプレゼントだし、俺誕生日だったし」と、ぶつぶつ必死に己を励ましていた。

(つか、まず下駄箱ってなんだ)

鬼兵隊のアジトの全容が――警察だとか云々以前に――真剣に気になった。別に尋ねる気はないが。寧ろ尋ねて教えてくれたら、正直そんな敵など嫌だ。教えてくれる可能性が高いだけに尋ねたくなどなかった。

土方がそんなことを考えている間にも、完璧にイジメられているらしい高杉は、それはもう見ていて罪悪感が湧くほど哀しみにうちひしがれていった。
イジメを思い出しては必死にそれを――ありゃあイジメじゃねェ。ちょっと不器用な奴らのお茶目な愛情表現だからな。俺が土方の話をしようとすると皆一斉にチッって舌打ちするのもただの悋気だし、江戸に行くって言うとペッとかケッとかされるのも過度な心配の裏返しだ。あぁそうに決まってらァ、と――否定する。その姿はかなり痛々しい。
遂には膝を抱え込んでしまったから余計だ。

どうやら自分は言ってはならないことを言ってしまったようだ。
まぁ確かに誕生日に画鋲は悲惨だな、と僅かばかり同情する。
そして実際問題、本当に世の中は終わっていたらしいと、こんな世界に生きている自分に同情した。




「……まぁ、なんだ? 強く生きろよ?」

相談ぐれぇなら乗ってやるから、とずぶ濡れの捨て猫を見るような眼差しで、土方はポンと高杉の肩に手を置いた。



 *



「…で、それが何でござるか」

「だから俺と土方の馴れ初めだ」

「………………」

向かい合う男の口から、ぷかりと煙管の煙が吐き出される。
さも、空は青いと答えるようなさらりとした口調で返答を寄越した高杉に、その紫煙を目で追いながら万斉は首をひねった。
果たしてそんなもの、一体誰が教えてくれと請うただろうか。
自分の行動を遡ってみたが、当然のことながら馴れ初めをきかせて欲しいなど漏らした覚えがない。そもそも興味の欠片もないのだから言うはずがない。
何故こうなった。今の万斉の正直な気持ちである。

「俺をイジメてたのも土方に同情させるためのてめえの作戦だったんだろぉ? 今更だがこの期だ、改めて礼を言うぜ万斉」

黒い獣はどうしたと問いたくなるほど朗らかに笑う高杉の薬指には、きらきらとしたプラチナのエンゲージリングが輝いている。
初めて高杉が土方の布団に潜り込んだ運命のあの日から、今日で既に丸3年が経過しようとしていた。

そして、今日も相変わらず世界は平和だった。




「ところでお主、本気でイジメられていたのに気付いてないのでござるか?」

「え…?」




 ̄ ̄
なんかくっついた(爆笑)





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