「……何? なんでこんなことになってんだァ?」

目の前には、俺の取り落とした煙管を嬉々として加えながら、恍惚とさえ呼べる表情をした漆黒の男。
俺はテロだァなんだァと無茶苦茶しているが、一応常識とかは――先生に教えられて――持っているわけで。
だから今のこの状況に、まったく頭がついていかねェ。



 *



遡ること3時間。俺は近々起こそうと思ってるテロの下見に江戸まで来ていた。
正直テロなんざ起こしたくはねェ。だってアレだ、はっきり言って面倒だからだ。一発ド派手な花火――ヤバイ方のだ――を打ち上げて綺麗さっぱりさせるのにゃァ賛成だが、小規模なチマチマしたテロなんざ御免被る。
だが、どうせテロするならいっそ地球爆破させた方が愉しいだろ、と言ったら万斉に『それはテロとかいう話じゃない』とか諌められたし、鬼兵隊はあいつの稼ぎで活動資金やりくりしてるようなもんだしなァ。

そんなこんなで、俺は多少苛つき気味に江戸をフラフラ歩いていた。
すると、不意に漆黒の男が視界を掠めた。
髪の色も着てるものも、全部が真っ暗で真っ黒な男。そのくせ肌だけは透けるような白。加え煙草に鋭い目付き、その上、美人で華奢とくりゃァ……。

「真選組の鬼副長サンじゃねェか」

まさかこんなところで、こんなうっかり会ってしまうとは思ってなかった相手の登場に、少し驚いて呟きを漏らした。
いや、確かに小煩ェ真選組は目障りだが、わざわざ警戒してやるほど厄介な組織でもねェ――と、俺は思っている。
苛つき発散にゃ丁度いい相手だ。
散々揶揄ってズタボロに傷付けて殺しちまうのだっていいし、途中で飽きたり興醒めしたら適当に放り出しときゃあいい。
つまりは、遊び心と加虐心を織り混ぜた、しかしほんの軽い気持ちで、俺は奴を路地裏に誘い出し、後ろから犯人が人質にするように羽交い締めにして、細い喉元に刀を当てた。

「よォ真選組副長サン? 鬼と呼ばれる男も案外容易いモンだなァ」

思わずクツクツと嘲笑がもれた。

「ここで俺に潔く殺られるか、それとも命乞いして不様に永らえるか、どっちがいい」

非常に頭が切れ、剣客としても一流。幕府なんぞに飼われてやがるくせに、誇りだけは人一倍。人形と見紛う程に完璧美をたたえた外見。
そんな男だと聞いてきた。
俺自身は歯牙にもかけちゃいなかったものの、他の攘夷派連中が最も警戒するこの鬼を捕らえたことに、柄にもなく高揚していたらしい。
気付いたら肉体的だけではなく精神的にもいたぶる気満々で、奴の耳元でそんな2択を突き付けていた。
するとそいつは震える唇で言葉を返した。……俺のまったく予想だにしなかった言葉を。









「お前、俺のこと好きなのか」


「……はぁ?」




え、今なんつったコイツ。確か『オマエ、オレノコトスキナノカ。』だったか? いやいや何が? すいません、それどういう意味ですか?
普段は冷静を通り越して冷酷だと言われる俺も、流石にパニクった。だって急に目の前の黒い鬼が、人外の言語を話しやがったから。テロの裏工作とかで天人と色々やり合ってきた俺でも、流石に日本語以外は習得してねェんだ。悪いな。

「つーわけで副長サン、さっきの言葉、日本語に訳してもっぺん言ってくれ」

「あ? てめえ馬鹿だろ。今のァ立派な日本語だ」

「そうか、じゃあ俺の聞き間違えか。今度はちゃんと聞き取るからさっきのもっぺん言ってくれ」

「だから『お前、俺のこと好きなのか。』っつった」

あー、聞き間違えじゃなかったかー。しかも最後の『か』の文字の発音、上がり調子じゃねェんだな疑問系じゃねェんだな。下がり調子だもんな断定または確認のニュアンスだもんなソレ。
俺の脳は完全に現実逃避を始めた。

「まったく大胆だなてめえは。仮にも敵方に愛の告白かよコラ」

「は、いや……え?」

しかし、逃避に忙しかった俺も、鬼が俺に刀を当てられたまま器用にくるりと向きを変え、向かい合わせになってきた所で現実に帰らざるをえなかった。いや、帰らされた。ちょっと死にたくなった。
なんせ、俺の唯一残ったひとつの眼に、ニヤリと不敵な笑いを浮かべ……ながらも頬を薄紅に染めた真選組副長が映り込んじまったんだから。
ああああなんつーモンを見せてくれんだよ俺もう眼ェ一個しかねェから替えきかねェんだけど腐り落ちたらどうしよう盲目キャラは似蔵と被るってのによォ。
いやいや待て待て、また現実逃避に勤しんでる場合なんかじゃねェ。とにかくこの目の前のコイツをなんとかしねェと……。
俺は決意を固めて副長サンに尋ねる。

「なんでそんな結論に辿り着いた」

「そんな結論?」

「なんで俺がてめえを好きだなんて思ったんだっつってんだよ!」

怒りで噛み締めた歯は、煙管の加え口に歯形を付け、キチリと嫌な音が咥内で響いた。

「照れんなよ晋助」

「照れてねェ! つーか何気安く俺の名前呼んでんだァ!?」

「恋人同士当然だ」

「いつから!? 俺らまともに喋ったんコレが初めてだろォ!? 今の流れのどこに恋人になる要素があったよ!?」

「恋に時間は関係ねェ!」

「言いたいのァそこじゃねェよ! いつから俺らは恋人なんぞになっちまったんだっつってんだよ!」

「チッこのツンデレが。たまにゃァデレも発動しやがれ」

「質問に答えろォォォォォ!」

なんでだ!? なんでこんなに会話が噛み合わねェんだ!?
大体『たまにゃァ』って、そんなに接点ねェんだから、たまにもクソもあっかよ!?

「……晋助、まさか俺に飽きたのか?」

「あ?」

「だってさっきからなんか冷てェし…」

「はぁ?」

「てめえが俺のこと好きだって言うからほだされてやったのに……!」

「ちょっと待てェェェェ!」

今こいつ何言った? 今こいつ何言った!?
俺の耳がイカれてねェなら、なんか凄ェ台詞を吐かれたような気がしたんだが。

「てめえが余りにも真剣だったから俺はッ、てめえになら近藤さんに秘め事を作って付き合っても、抱き締められても、唇を許しても、足ィ開いても、突っ込まれても、朝から●●●●で●●な●●●プレイで●●しながら●●●が●●●●●を●●●されたって構わねェと……!」

「ギャァァァァァァ何ほざいてんだてめえェェェェ!」

コイツは何真顔で伏せ字だらけの恐ろしい台詞を口走りやがんだよキモチワリィ! そもそもコイツがここまで勘違いする要素がどこにあったよ!?
刀当ててデッドorアライブの2択突き付けただけだよな俺!?

だが、俺のそんな常識的反論は、黒い鬼……いや、ヅラ以上の電波ヤローにはヒトカケラも通じなかったみてェで。

「だっててめえが告白して来たんじゃねェかよ! 俺もそれを受け入れようと思った。だから俺とてめえは恋人同士じゃねェか!」

「だから『いつ』『どこで』『だれが』『だれに』告白なんぞしたんだァァァァ!」

「てめえが俺に言ったんだろが!『ここで俺に潔く殺られるか、それとも命乞いして不様に永らえるか、どっちがいい。』って抱き締めながらよ! つまり『俺のモンにならねェなら死んでくれ十四郎。それとも俺と離れて淋しく生き永らえる方がいいか?』って意味だろ!?」

「………!」

あとから思えば、俺はここで即座に否定しておくべきだったんだろう。だが、このときの俺は、余りにもアレ過ぎる電波の思考回路に絶句しちまっていた。
その沈黙は最悪な結果を招いた。

「ほら、図星じゃねェか」

電波ヤローは沈黙を肯定ととらえていた。


「我慢出来なくて抱きついてきたくせに」

いや、だからアレは犯人が人質を取る時にやる有名な体勢でな……。

「告白したくせに」

あれを告白と解釈するお前の脳ミソ、中身見てみてェんだけど。

「あれだけ玩んどいて飽きたらポイか」

玩んでねェし、なんもしてねェし。それともこの電波ん中じゃ俺ァ既に色々やっちまった事に捏造されてんのか?
あり得るな、こいつぶっ飛び具合が半端ねェし。おいおい俺にぶっ飛んでるなんて思われたら相当イカれてんぞ。

「晋助の、浮気者……」

いつの間にか浮気したことになっちまってるし、ナチュラルに晋助呼びが定着してるし、なんか泣いてるし。
どうしよう殺したら解放されっかな? あ、でも化けて出そうだしな。なら実体のねェ霊を相手するより生身にしといた方が安全か?

「はぁ…」

ため息と共に、今の今まで電波の首に突き付けていた愛刀を、ブラリと降ろす。
とにかくこの理解不能な生物から逃げようと、踵を返しかけた途端、ガシリと電波に抱きつかれ阻まれた。

「ギャァァァァァァ! 放せ電波!」

「やっぱりツンデレでも晋助は俺が好きなんだな、敵である俺を斬らねェなんざこれ以上ねェ愛の印だ!」

「違うわボケェェェ!」

「安心しろ『ほだされた』なんて言ったが、ちゃんと俺もてめえに惚れている!」

「頼むから精神科医か脳内科医か耳鼻科医もしくは全部にかかってくれ! つーか寧ろ全部にかかれェ!」

「知らねェのか? 恋の病は治せねェんだぜ?」

「そうか分かった。馬鹿は死ななきゃ治んねェんだった。つーわけで死ね土方十四郎」

「! あの照れ屋な晋助が俺の名前を呼んで……!」

「ポジティブシンキングにも程があんだろが! 俺ァ死ねって言ってんだよ!」

「あぁ、腹上死? これが鬼畜界で流行りの『犯り殺す』ってやつか」

「……死ね、俺の視界に入らねェところで死ね」

「見たら耐えられなくて晋助泣くもんな」

「嬉し泣きでなァ」

「そうだな、立場が立場だし向こうじゃねェと一緒になれねェからな」

「クソッ、誰かこいつのピンク色のフィルターを外してやってくれ!」

ヅラで電波なヤローの扱いは慣れてると思ってたが、それの上を行くこいつにはお手上げだ。喋ること喋ること全部キモチワリィ方向に変換された日にゃ、寧ろこっちが死にたくならァな。
まさか高名な真選組の鬼副長様がこんな電波ヤローだったなんて、世の中どうかしてんだろ。攘夷派の一番の天敵として警戒される土方十四郎がこんな電波ヤローだったなんて、攘夷派もっと頑張った方がいい。情報収集とか。
伊東をけしかけて真選組を潰そうと色々策まで練った俺が情けなく感じる。虚しい。
未だに俺の腰にギュウギュウ抱きついてやがる電波ヤローを、もうどうする気も起きやしねェ。
あ? なんだァ? 前が霞んで見えねェや。
脱力した右手で辛うじて、ぷらーんと刀を提げて、軽く空を見上げて――つか明後日の方を見つめて――呆然と立ってるだけで、今はただ精一杯だった。



 *



それからどのぐれェ経ったのか。力の抜けた唇から、カランと煙管が滑り落ちた所で俺はふと我に返った。
あ、日が暮れてやがる。
電波によって疲れさせられた脳は、一体ェどれだけの休息を欲していたのだか。
だがこの、俺が抵抗せずに抱きつかれてた間に、こいつの中でどんな妄想が繰り広げられてたかを思うと恐ろしい。
落とした煙管を拾って「晋助と間接キス」なんてハァハァしながら加えてる鬼の皮を被った電波ヤローをうっかり見つけちまって。

とりあえず真選組管轄内でのテロは当分やめておく方向で行こうと思った。




 ̄ ̄
こうして、とーしろ君は江戸の平和に一役買いましたとさ。←ぇ





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