見知らぬ男達に強姦されそうになっている自らの恋人を見付けたのは、まだたった数時間前のことだったりする。
虫の知らせとしか言い様のないものを感じて、何となく体育館倉庫に向かってみれば、「ぎん、ぎん!」と悲痛な叫びが微かに聞こえてきて。慌てて倉庫の扉を蹴り開けると、そこには大柄な生徒に細い肢体を組み敷かれ、それでも必死に銀時の方に手を伸ばす土方がいた。
涙でぐちゃぐちゃに濡れたその頬を認めた瞬間、何がなんだか分からなくなり、次に気付けばいつの間にか強姦犯はいなくなり、自分は土方をきつく抱き締めキスを施していた。

「…ん、ぎん、ごめっ」

不意に喘ぎとは明らかに異なる、か細い声が鼓膜を揺らし、ハッと回想を切り上げて眼前の恋人に意識を戻す。
と、彼はぼろぼろと涙をこぼしながら呂律の回らない舌で謝罪を繰り返していた。

「なにが…?」

「だっ、ぎん怒ってる」

「怒ってないよ」

いや、確かに何度言い聞かせても迂闊で純粋な土方に、全く怒ってないと言えば嘘になる。しかし、真に怒っているのは、大事で大切なたったひとりの愛しい人に、未遂とはいえ酷く怖い思いをさせてしまった自分自身にだ。
悔しさから下唇を噛み締めると、土方の白い細腕がゆっくりと銀時の背へと回される。

「ぎん…俺、嫌だったんだ。解ってたハズだったけどちゃんとはっきり判ってなかった。知ってたハズだけど悟ってなくて、でも今はちゃんと判ったから」

目の内いっぱいに雫を溜めて、だけど土方は綺麗に笑って魅せた。

「なぁぎん、俺はさ、ぎん以外は『嫌』なん……ンンッッ」

ぎゅっと銀時の背中を掻き抱き、まるで空が青いとでも言うように極々気負いなく、しかし虹が七色だと言うようにありありとした感銘を持って告げられた言葉に、我慢が出来なくなる。衝動のままに、性急にくちづければ、鼻に抜けた甘い声が聞こえてきた。
愛しさでいっぱいだった。
だって、今のは銀時しかイラナイという意味で、銀時は土方にとっての唯一無二だという告白だ。
クチュクチュと唾液が混ざる音がやけに響く。上手く息が継げないのか、時折漏れる吐息に肌が粟立った。縋りついてくちづけを受ける土方を宥めるように舌を強く絡めた。
暫くして、ちゅっと軽い音を立てて長く重ねていた唇を離しても、銀糸がツゥとふたりを繋げていた。

「…ぎん、俺を…あいつらの感触を…忘れるぐれェ…強く、もっと、めちゃくちゃにしてくれ」

息も切れ切れに土方が懇願する。

「……オーケイ、我が命に代えても」

少し臭かったかな、と思いつつも、銀時は再びその壮絶な色香を放つ唇へと顔を近付けた。




…っていう夢を見れたら良かったのにな」

「長ェェェェ! つか見てねェのかよ!?」

「そんなワケで土方くん、これから正夢にしませんか?」

「俺の台詞堂々とパクんなや、このクソ天パがァァァァ! なぁ土方ァ、土方はこんなキャラ崩壊甚だしい阿呆妄想より、兄弟設定な俺とニャンニャンする方が好きだろぉ? 寧ろ俺が好きだろ」

「さりげに最後断定してんじゃねェよチービ! てかニャンニャンって古! 歴史的価値がつくぐらい古!」

誰かァァァ身内に骨董品店営んでいらっしゃる方はおりませんかァァァァ!?と騒がしく叫ぶ坂田と、俺ァ既に土方家に婿入り決定売約済みだ、とか間違ったツッコミを返す高杉は、当然のことながら周りからかなり浮いていた。
通学ラッシュの校門だというのに、彼らの半径5m以内に人っ子ひとりいないとは如何なものだろうか。
因みに、生徒間で広まっている噂に、早退したくば例の3人に近付け、というものがある。どんなに精神力が強い者も、直ちに吐き気を催せるからだ。
どちらかと言わずとも惑うことなく被害者である土方は、自分がそんな不名誉極まりない噂の一員だか一因だかにされているカワイソウな事実に心底学校を辞めたかった。

「……おい坂田、高杉。そろそろSHRが始まるぞ」

それでも、無自覚ながらも底抜けにお人好しな土方は、ちらりと時計に目をやり溜め息をつきつつも、放っておくことも出来ずにふたりの変態に声をかけた。
担任の松平はそれ程厳しい教師ではないのだが、ただひとつ、遅刻――というか自分を待たせた生徒――は絶対に許さない。何の躊躇もなく、銃をぶっ放してくる。銃刀法違反もいいところだ。
それは幾らこの馬鹿共でも勘弁して欲しいだろうと、散々迷惑をかけられているにも関わらず行(おこな)った、そんな寛大にして菩薩のような土方の気遣いを、しかし無に帰すのが馬鹿が馬鹿たる所以だというのか。

「おいコラ土方ァ、てめ何銀時の名前の方を先ィ呼んでんだ? あ"ぁ!?」

本当に些細でどうでもいいことに高杉が突っかかってくる。
面倒なことになるのが目に見えているから、身長と同じで度量も小せェな、とは流石に言ってやらないが。

「そりゃあ銀さんのことが好きだからだよね土方くん」

そして、止せば平和だというのに坂田もそんなことを返すものだから。

「いや、画数が少ない順だ」

「「なんで画数ゥゥゥ!?」」

普通そこは五十音順だろ高杉の『た』ーだろぉが、だの、でも名前なら晋ちゃんの『し』よりも銀さんの『ぎ』の方が早いもんね、だの、ンだとてめえ晋ちゃん呼びはベッド限定で土方が呼んでくれるトクベツなあれなんだ気安く口にするな、だの、うわ痛い痛い何が痛いかって発言の全てが妄想だってことがなんか哀れな程痛ぁぁい、だの、逆に言い争いが激化してしまった。
気付けば現在校門にいるのは自分達だけだった。他の生徒はとっくに教室で友達と談笑したり、1限目の予習をしたり、はたまた仕上げ忘れていた今日提出の課題をこなしたり、穏やかな時間を穏やかに過ごしているに違いない。

キーンコーンカーンコーン

SHR開始のチャイムが辺りに鳴り響いた。坂田と高杉は未だ口論に夢中だ。
銃を構える松平をリアルにイメージしてしまった土方には、それは処刑を告げる鐘の音にしか聞こえなかった。

「俺、転校しようかな」





(とても常識的な僕なのに。嗚呼、変態がまとわりついて同一視)




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