「十四郎は決して晋助から目を離さない。
「……ん、あっ、ああぁぁぁあっ」
ぐちゅりと、なんとも卑猥な――しかし最早聞き慣れた音を鳴らして温かいそこに入り込めば、十四郎は一際甲高い嬌声を上げた。
奥へ奥へと貪欲に引き込もうと収縮を繰り返す動きに、こちらの理性も持っていかれそうになる。
「…と、しろっ」
余裕のない掠れた声が、自分で聞いていて笑えた。いや、実際には笑っている暇などないのだけれど。
辺りには、脱ぎ散らかした学生服と、ゲームのコントローラーが転がっている。テレビの画面はまだチカチカと、髭を生やした配管工の兄弟が操作を待ってその場を跳ねていた。
「や、ぁぁあぁっっあん」
腰の動きを速める。荒い息づかいと十四郎の啼き声がやけに耳に響く。
ふと組み敷かれている少年の双眸に視線を向けると、やはり予想した通りばちりと目があった。
(やっぱり、か)
晋助は皮肉に口角を歪めた。
十四郎は決して晋助から目を離さない。これは別に十四郎自身から宣言された言葉ではないが、こう何度も抱き合う内に分かってきたことだ。
最中に目があうのもその証拠で、どれ程快感に酔っていようとも十四郎は目を閉じることを自身に許さない。
その理由は恐らく、彼がツヨイからだ。
ツヨイからこそ自分を抱く相手から目を離さない。まるで刻み付けるように、罪悪感を真っ向から受け止めるように、晋助を見つめる。彼は決して罪から逃げ出さない。
男同士、何の生産性もない行為だというのに、それでも十四郎は、とっくに開き直っている晋助と違い、いつだって常識という名の罪悪感を背負っている。
(嗚呼、ガキが出来るワケじゃあるめえし……)
自分の下で喘ぐ端整な少年を見る。桃色に染まった全身に鼓動が上がる。縋りつくように首に回された両腕には愛しさしか湧かない。
「ンンンッ…や、しんすけっ」
本能の命に従って、艶やかな唇に自らのそこを重ね合わせれば、結合したままの体勢が苦しかったのか、僅かに抵抗された。
だが、本気で嫌がっているのではないその行動は、晋助の眼にはただの甘えにしか映らない。それは十四郎が晋助だけに見せる、言葉よりも深いアイシテルだ。
だから強引にくちづけを続けた。
ぴちゃぴちゃくちゅくちゅと、上からか下からか当事者にも区別のつかない水音が辺りを満たす。十四郎から断続的に漏れ出す吐息に、苦しいのかと気遣って一旦唇を離すと、繋がった唾液が切れる前に、それは許さないと両腕が首に絡み付き引き寄せられた。
それは余りにもいとおしい、彼の。
(なぁ、十四郎ォ。ガキなんざ生まれやしないこの行為に『そういう繋がりを持った』男女みてぇな禁忌性はねェハズだろう?)
それなのに、これ程までに愛し合っていても、否、愛し合っているからこそ、十四郎は罪悪感を――実の兄と抱き合う関係に罪悪感を感じるのだ。
…っていう夢を見たんだが、これから正夢にしねぇか?」
「それが朝出会って一発目に言うべき言葉か、高杉」
「あぁ、オハヨウ土方」
「オハヨウ高杉」
週の始まり、月曜日。大勢の生徒が登校する校門の前で、いきなり卑猥かつ胃もたれするような気持ち悪い妄想を聞かされた土方は、眼帯の同級生に向かってげんなりと溜め息をついた。
何の因果か入学式で一目惚れされて以来、毎度毎度、高杉は土方に対して『こう』なのだ。多分に中二病を患った妄想を、べらべらべらべら、ところ構わず喋りだす。
前回は高杉が会社の社長で土方がその部下という設定の妄想だったし、前々回は互いが敵同士で愛し合っているのに相手を殺さなければならないロミジュリも真っ青な悲恋妄想だった。そして今度は、あろうことか兄弟設定。いい加減にして欲しい。
「大体ェ正夢ったって、今から兄弟になれるワケねぇだろ」
「知らねぇのか? 愛は俺(の妄想)を救うんだぜぇ」
「いや、何言ってんだお前!?」
「土方への愛についてだ」
「もうヤだ。誰かタスケテ」
果たして自分は何か悪いことでもしたのだろうか。何故いたいけな一般男子高校生が、朝からこんな気持ち悪いことに巻き込まれねばならないのか。
あまりの自らの不遇さに、不覚にも半泣きになってしまった土方は、高杉から離れようと慌てた。良い年して泣き顔を見られたくなかったというものあるが、泣き顔なんて見せたらたぶん高杉のテンションが壊れて帰ってこなくなるからだ。妄想の世界から。土方も巻き込んで。
それだけは勘弁、と踵を返せば、とにかく高杉から逃げることに意識を向けていたため不注意にも誰かとぶつかってしまった。
「っと、悪ィ」
「あいたたたたたたー! やべぇこれ腕折れたんじゃね? いや確実折れたねこれやべぇ……あ、でもパフェ食ったら治る気がする。パフェじゃなきゃ治らねぇな気がする。いやいや、むしろ土方くんがナース服着て付きっきりで看病して『銀時あーん』ってパフェを食わしてくれなきゃ治らねぇ!」
「…ってお前か坂田ァァァァァ!」
ぶつかった相手は、土方にとって大層不幸なことに、同じく同級生の坂田銀時だった。
何が不幸なのかと言えば、前述の台詞で分かる通り、坂田も高杉と同類なのだ。何の因果か入学式で一目惚れされて以来、毎度毎度、坂田も土方に対して『ああ』なのだ。多分に頭の悪いを妄想を、べらべらべらべら、ところ構わず喋りだす。
前回は坂田が『銀八』という名前の土方の担任で、生徒と先生の禁断の愛とかいう恐ろしい設定の妄想だったし、前々回は斬った張ったを繰り返しながらも本心では相手を信頼し合っているライバル同士という少年誌も真っ青な青春妄想だった。死ねばいいのに。
この学校には馬鹿しかいないのだろうか。
そんなカナシイ疑問を抱いて、ふと気付くと、土方の腕に絡み付いて「パフェ」「パフェ」煩い馬鹿に、もうひとりの馬鹿が突っかかっていた。
「おい銀時ィ、土方から離れやがれ。そいつぁ俺のだ。つーかいっそ死ね天パ」
「はぁ? いつ、お・れ・のッ土方くんがちび杉のものになったんですかー? 遂に脳ミソまで収縮し始めたのか哀れだなプププ」
「ククッ、のーみそとーぶんで出来てる白髪野郎に言われたくねェなぁ。それともそらぁ若年性アルツの印か何かか?」
胸ぐらを掴み合って、額をぐりぐり突き合わせているふたりを生温い視線で眺める土方は、寧ろお前らのが気ィ合ってんじゃねーの的な感想を抱く。
そうだ、そのままふたりで喧嘩して、土方に構わなくなればいいのだ。第一、自分は別に高杉のでもなければ坂田のでもない。
「つーか、そもそも兄弟設定とか古い古い、古臭いよたぁかすぅぎくーん」
「あぁ!? 自分が考えつかなかったからって羨んでんのか? 俺と土方のラブラブ具合に羨んでんのか? 恨むなら糖分で死滅した自分の脳細胞を恨むんだなぁ」
「いやいやいや、銀さんちっとも羨ましくなんかないからね。中二病にかかった哀れなチビの妄想なんかにこれっぽっちも心動かされてないからね。逆に俺なんか
埃臭い体育マットの上で、土方は泣いていた。
「あ、…ぎん…もう……」
懇願する声は喘ぎ過ぎたせいで嗄れている。朱に縁取られた目尻からは、透明な雫が止めどなく流れ落ちる。
しかしそれは銀時の嗜虐心を煽ることにしかならなくて、弄り過ぎて真っ赤に熟れた胸の飾りを遠慮なく、ぐりっと押し潰した。
「ひぁぁぁ!」
瞬間、土方の身体が水を求める魚のように跳ねた。
嗚呼、達したのかと、こちらも多大に熱に浮かされた脳ミソでぼんやり思った。
「は、胸だけでイっちゃうんだ。土方くんヤーラーシー」
クックッと揶揄するように喉の奥で笑えば、途端に目の前の綺麗な顔が歪められる。その屈辱にまみれた表情が男を煽るのだと、何度繰り返しても彼は学習しない。
だから、騙されるんだよ、と。先程の出来事を思い出して、銀時は嫉妬心に胸を焦がした。