ドッカァァァンッッ!

真選組屯所に破壊音が響き渡る。といっても砲撃の音ではなく、何かの崩れた音だったから、犯人はたぶん総悟じゃあ、ない。
俺は深いため息をついて、屯所を破壊した馬鹿共を諫めに向かった。

「だぁぁぁぁッッ! だからてめえに、んなこと言われたくねェっつってんだろヅラァ!」

「ヅラじゃない桂だ。俺とて貴様にそんなことを語られたくはないわ!」

中庭では銀髪天パの馬鹿と黒髪長髪のアホが、口論を繰り広げていた。近所迷惑甚だしい。
何勝手に屯所に侵入してやがんだとか、そもそも1人はテロリストじゃねェかとか、言いたいことは沢山あったが、とりあえず俺が今言うべき台詞はたった1つだ。

「ガタガタ騒いでんじゃねェ! 絶交すんぞテメエらァァァァ!」

「「土方!」」

妙に息のあったタイミングで、バッとこちらを振り向くふたりに、出るのは溜め息ばかりだ。
こいつらを始めとする馬鹿共の、何が原因かもよく分からねない喧嘩を止めるのが俺、土方十四郎の日課だった。

いつからこれが日課になったのか。それは俺自身、正確には覚えていない。
ただ、気が付いたら、奴らは毎日屯所の前――あるいは中――で喧嘩していた。そして、それを止めるには何故か俺の『絶交すんぞ』の一言が効くらしい。
そうなれば、奴らの仲裁係に任命されるのは当然なわけで。不本意ながら俺は毎回毎回、これ以上喧嘩がヒートアップしないように奴らを止めに走るのだ。はっきり言って、近藤さんに頼まれてなければ、近所にどれだけ迷惑がかかろうがシカトしている。
最近に至っては、困ったことに、真選組の連中まで騒動に参加する始末だ。

「例え旦那だろうと害虫は駆除でさァ!」

「真選組のアイドルに手ェ出すなァァァ!」

「沖田君はともかく、そこの禿げ誰!? ろくに出番もないようなモブが銀さんの恋路の邪魔しないでくれる!?」

まぁ、言ってる内容は全く持って、俺には理解不能なのだが。
とにかく奴らはどっかのアイドルのファンで、そのアイドルに好かれてるのは誰かで喧嘩しているらしい。
総悟までアイドルに興味あったとは意外だが、関係ない俺にとっては単に迷惑なだけだ。


…と、思っていた。あの日までずっと。
知らない方が幸せとは、正にこのことだった。

そう、これまでの日々は、これから始まる悪夢のほんの序の口に過ぎなかったのだから。



 *



運命のあの日、俺はたまたま……本当にたまたま、夜中に目ェ覚めて、なんの意図もなく本当に気紛れで夜の散歩を決め込んだ。
夜の江戸もオツだなァ……なんて、不逞浪士にいつ出会すかも分からないというのに、そんな暢気なことを考えながら、ブラブラ歩いた。
空も白み始め、そろそろ帰ろうとしていると、ふと屯所の門の前に銀髪の――毎回俺の頭を悩ます内の一人、万事屋が立っているのを見つけた。俺と奴は所謂『犬猿の仲』とかいうやつで――少なくとも俺はその時はまだそう思ってたわけで――関わりたくはなかったが、万事屋は門の前にいるため、屯所に帰るには側を通る必要があった。
俺がしばらく考えあぐねていると、向こうから見覚えのある黒髪――これまた毎回俺の頭を悩ます内の一人、桂がやって来た。

「……何、ヅラお前また来たわけぇ?」

「貴様のような狼を野放しにしては置けんからな、銀時」

どちらも第一声からして喧嘩腰だ。
俺はなんだか急に面倒になって、そこでは直ぐに諫めずに、喧嘩がそろそろ止めねばヤバイところに来るまでは放って置こうと思った。とにかく、果てしなく面倒臭かったのだ。こんな早朝だし、俺が止めずとも、しばらく口論していれば自然鎮火する可能性だってある。
と言っても、別に他人の喧嘩内容を立ち聞きする趣味もなく、俺は裏門から屯所に入ろうと踵を返した。
そして、その時のことだ。そのまま帰っちまえば良かったのに、俺は聞こえてきた万事屋の言葉に足を止めてしまった。

「てめえはもう土方に会いに来んのやめろよ」

普段は比較的感情の読みにくい万事屋の、珍しく不機嫌な声だった。なんだかんだで基本スペックはお人好しなあいつが、桂――かつての盟友――を、本気で邪険に扱う態度は少し意外に思えた。
っていうか、俺に…なんだって?

「人に言う時は己が先にやめたらどうだ、銀時」

「土方が迷惑してんの分かんねェの? 立場考えろよ」

「貴様だって土方に十分迷惑そうな顔をさせている」

「あれはいいの。照れ屋な土方の照れ隠しだから」

いやいやいや、なんの話だ? なんでそこで俺の名前が出てくんだよ。しかもなんか俺について喧嘩してねェか? つーか、照れ隠しじゃねェから! 本気で迷惑してんだから!
混乱する俺を他所に、奴らの会話は熱を上げていく。

「大体てめえは土方の対象外ってのが分かんないわけ!? ヅラって名前すら覚えられてないねきっと!」

「はッ、それは自分の経験からの推測か? 貴様こそ土方に『万事屋』としか呼ばれてないではないか。因みに俺は会う度に土方に『桂ァァァァ!』と、愛を叫ばれる」

叫んでねェよ! どんな勘違いしてんだ、あのアホ!
俺は盛大にツッコんで、頭沸いた馬鹿共を殴り付けてやりたかったが、今出ていけば厄介なことになるのは必至だ。我慢してその場で息を殺す。
俺のことで言い争っているみてぇだから、万一にも俺がここにいると気づかれちゃいけねェ。だって絶対なんか色々絡まれる。朝っぱらから面倒は御免だ。


「土方さん? あんた何やってんですかィ」

「うわ!? 総悟!?」

馬鹿ふたりの意味不明な会話に気をとられていたからか、突然後ろからかけられた声に、思わず飛び上がって叫んだ。
声の主は、振り向かなくても分かる。総悟だ。

「「え、土方!?」」

さっきの声でか、俺の存在に気付いた万事屋達が、同時に勢いよくこっちを見た。

「ひ、土方、今の話……」

桂が恐る恐るといった様子で問いかけてくる。

「あーぁ、聞かれてたよ確実。ヅラが声でけェから」

「ヅラじゃない桂だ! そして人のせいにするな、貴様も十分大きかったろう!」

「おいテメエら、一体なんの話を……」

また喧嘩に発展しそうな勢いだったふたりを止めようと、俺は声をかけた。
すると、万事屋がにんまりという擬音がピッタリな笑いを浮かべて近寄ってきた。正直キモイ。

「ねぇ土方くん、『なんの話』ってどういうこと?」

「は? テメエらがしてた話の内容を訊いてんに決まってんだろ。あんだけ散々自分の名前が出てきてたら、気になるっつーの普通」

「だからさァ、それ本気で言ってんの? それとも認めたくないから分からないフリしてるだけ?」

「何が…?」

言ってる意味が分からねェ。
困惑しているのが分かっているだろうに、それでも万事屋は、そのキモチワルイ笑みのままで、ワケノワカラナイ言葉を吐き続ける。

「そーだよね、土方は長年一緒にいた沖田君の気持ちにすら全く気付いてない鈍感さんだもんね」

「旦那! それは契約違反でさァ!」

総悟の珍しく焦った声が遠くに聞こえる。
いつの間にかもう日は昇り、そろそろ辺りの人々も起き出す頃だろう。朝から男四人で井戸端会議してるとこなんざ見られたら、さぞや滑稽に映るだろうな…と、やや逃避めいたことを思った。
だって仕方ねェだろ? こいつらの言ってることが、何ひとつ綺麗さっぱり分からねェんだから。
総悟の『気持ち』に『契約違反』ってなんだ?

「銀時! 土方が混乱せんように、土方が自然と想うようになるまで待とうと、皆で決めたではないか!」

「うっせェ、ヅラ! 恋はイケイケで押さねェと手に入んねェだっつーか限界なんだよ!」

未だ全く意味不明ながらも、最後の叫びこそが本音なんだろうことが理解出来た。
万事屋はその勢いのまま俺の両肩をガスッと掴み、いざという時の煌めいた目で見つめてきた。


「土方が好きだ」

「………は?」


はぃぃぃぃぃぃぃ!?




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -