(……で、なんで俺ァちゃっかり王様ゲームしてんだよ)

土方は過労死寸前、或いは重度のノイローゼの人間が吐き出すような溜め息を長々と吐き出して頭をかかえた。
生来律儀な性格ゆえに、必死にツッコミを入れている内に、あれよあれよとくじを引かされ、復活した高杉もとい馬鹿杉――いや、本名が高杉だろうか? 最早どうでもいい――も交え、気付けば4馬鹿の輪に参加していた。若干泣きたい。というか死にたい。いやいやいっそ死ね。
もう一度溜め息を吐き出した瞬間、「ぎゃはははは!」といういかにも馬鹿っぽい馬鹿笑いが響いた。完全ローテンションな土方に対して、4馬鹿は非常に盛り上がっているらしい。

「つーワケで銀…じゃなくて1番、てめえの目ぇてめえで潰せ」

「はぁぁぁぁ!? 何言っちゃってんの晋ちゃん頭イっちゃってんの!? ここは普通1番と4番キスしろとか言うラブコメ的な展開だろうが! いやこんな男だらけのむさ苦しいラブコメ嫌だけどぉ!? つーか1番って俺だし! そもそも1回お前銀時って言いかけてたし! 俺の番号覗いただろてめえ!」

「じゃあ2番は王様にキスしろ」

「……俺かよ」

「なんじゃあ、2番は土方か。やっぱり金時の言う通り、番号見ちょるじゃろ。卑怯ぜよ」

「黙れ黒モジャ。見てねぇよ。ただ俺の眼帯の下にゃあ写輪眼が……」

「「あいたたたた」」

フォローのしようがない堂々たる中ニ病発言に、ありありと同情を宿した視線が集まる。
一見喧嘩をしているようだが、何だかんだで仲がいいらしい。4馬鹿の仲がいいなんて、周囲には気苦労と気疲れしか与えないが。

(まだ1日目なんだよな……修学旅行)

早くもホームシックかも知れねぇよ母さん、と、真顔で思いを馳せた土方も、やはり過労のためか、どこか壊れかけている。

「つか桂。何でてめえはさっきから俺の手を握ってんだ」

「王様だからだ」

「いや答えになってねぇよ」

騒ぐ馬鹿3匹を他所に、隙を見ていそいそと手を握ってきた桂に、どうしたものかと内心で舌打ちをした。ついでに実際にも盛大な舌打ちをかましておいた。
そもそも王様は高杉のハズだ。不審に思って――不思議に思ったワケではない――尋ねてみれば、「奪った」などと相変わらずの真剣な表情で返された。王様ゲームは『王様』の権利を奪い合うゲームではなかったと記憶していたが、いつの間にルールが変わったのだろうか。
高杉を見ると、坂田と絶賛喧嘩中で『王様』を奪われたことに気付いてなさそうだ。もやっとした感情が胸中を過る。
いや、これは別に、俺がいるのに坂田と仲良くやってんじゃねぇよ恋人より坂田の方に夢中かコラ、ということではない。二人して土産屋で買ったのだろう木刀を持ち出す姿は滑稽でしかなく、仲間内の喧嘩で得物を使うなと呆れただけだ。断じてそれだけだ。

「おい桂、あれがヒートアップしねぇ内に止めなきゃいけねぇから、さっさと命令するならしろよ」

何故か穏やかに手を握り続ける――本当にただ握るだけだ。隙あらば押し倒そうとしてくる坂田や高杉にも見習わせたい――長髪の生真面目な少年に、風紀委員としての義務を告げる。
すると、どこまでも生真面目な少年は「そうだな」と納得して手を離した。坂田や高杉に爪の垢を煎じて飲ませたい。まぁ食中毒になりそうだが。

「では命令するぞ土方」

「あぁ、って待て。なんで俺の方ガン見してんだよ? 言っとくがちゃんと指名は番号で……」

嫌な予感がした土方が釘を刺しきる前に――というより釘を刺されない内に――桂はそれはもう部屋中に響き渡る大声で土方に、土方『限定』に、叫んだ。

「お付き合いを前提に結婚してください!」

「いや、色々ぐちゃぐちゃだな!」

何がぐちゃぐちゃかと言えば全てである。全てがぐちゃぐちゃである。
恐ろしいことは、土方の全力のツッコミを受けても桂はキョトンとしていることだ。言い間違いに気付いていないのか、はたまた――考えたくはないが――言い間違いではないのか。

(まぁ返事は……しなくていいな)

あれだけ大声で残念な告白をしたのだから、と土方は冷めきった視線で桂を眺める。
予想通り、次の瞬間には喧嘩を中断した高杉と坂田の飛び蹴りを食らい、桂は土方の視界から吹っ飛んで消え去った。

「全く甘ぇなヅラも」

蹴り飛ばす瞬間に、ちゃっかり桂から『王様』の印のついた割り箸を拝借した坂田が、顔の横でフリフリと見せびらかしながら得意顔をする。
だから王様ゲームってそういうゲームじゃねェだろちゃんとくじ引けくじを、というツッコミは誰も聞かないだろうなと、土方の胸の奥にしまい込まれた。

「やっぱ言うならこうだろ。多串くん」

「あ?」

「結婚を前提に俺と一発お願いします!」

「とりあえず原始時代に帰れや!」

「そうだぜ銀時。俺の十四郎に何言ってやがる」

「じゃあ晋ちゃんはもっといい口説き文句が言えるってのかなぁ?」

「当たりめぇだろが」

ふんっと傲岸に鼻を鳴らす高杉に、だったらやってみろとばかりに坂田は『王様』の割り箸を差し出す。
この辺まで来ると土方も、もしかして王様ゲームの認識間違ってるの俺の方なのか? と心配になってくる。
だがそんな心配も、高杉が両肩をガッと掴み、正面に向かい合う体勢になったところで吹き飛んだ。

「十四郎」

「し、しん……」

いつになく真剣な眼差しをした隻眼に、知らず知らず引き込まれた。頬が勝手に紅潮する。
忘れかけていたが、土方と高杉は恋人同士である。忘れていたが、そもそも土方は高杉を散歩に誘いにここへ来たのである。

(そうだ俺ァ結局こいつのことが……)

ドクンと心臓が波立って痛い。それが惚れた相手からのモノであるならば、例えお付き合いを前提としたプロポーズという現代人とは思えない告白であっても、結婚を前提とした一発という原始人としか思えない口説き文句であっても、それは間違いなく心を揺さぶるに決まっている。

「十四郎、色々悩んだんだが……」

「晋助……」




「やっぱりガキは一姫二太郎三茄子がいい」


「……って、おぃぃぃぃ! 原始人以下かてめえは!? 保健体育やり直せぇぇぇ!」

「確かにどっちができるかは運次第だが、十四郎ならできる俺は信じてる頑張れ」

「そっちじゃねぇよ! 産めねぇっつってんだよ! つーか三茄子ってなんだぁぁぁぁ!? 完璧、一富士二鷹と混ざってんじゃねぇか! 無理して難しい表現使うから墓穴掘んだよこの馬ー鹿! 馬ー鹿馬ー鹿馬ー鹿!」

「あ? あれじゃねぇのかぁ? 3人目は流石にいらねぇから、ちんこぶっ込む代わりに茄子プレイを……」

「どんな解釈ぅぅぅぅ!? そんでもっとオブラートに包め変態!」

「俺ァ粉薬は嫌ぇだ」

「ボケっ倒すのもいい加減にしとけやぁぁぁぁぁぁ!」


と、土方の渾身の叫びに呼応するように、スパーンッと部屋の扉が開いた。

「うるさいぞ静かにしろこの5馬鹿ァァァァ!」

「「「「「すみまっせーん!」」」」」

怒鳴り声と共に顔を出した教師には、直ぐ様ピタリと揃った土下座で謝罪を返す。
5馬鹿、とは不本意甚だしい言い回しだったが、なんやかんやで自分も他人からしてみれば同類なのかもしれない、と土方は思った。頭を下げているため、思わず涙がほろりと落ちた。
そんな土方を慰めるように、どこかで犬がウォーンと鳴いた。

このあと、教師に部屋の惨状を目撃され、通称5馬鹿が強制送還になったことは言うまでもない。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -