土方はしつこい沖田を撒いて、ひとり旅館の廊下を歩いていた。大浴場での入浴のあと着た浴衣に合わせて裸足にしたため、ぺたぺたと、どことなく幼い足音が響く。
現在、修学旅行1日目の夜であった。
半分鼻歌混じりに廊下を進み、目当ての部屋へと向かう。175号室――非常に照れ臭いのだが、まぁいわゆる『恋人』の部屋だ。
多少冷めた性格をしているとはいえ、土方もやはりただの健全な男子高校生である。夜の散歩に『恋人』を誘おうと、夕食後くらいから期待にずっとそわそわしていた。キャラではない鼻歌もそのためだ。
沖田がしつこく土方に構ってきていたのは、主にその挙動不審が原因だろう。
世間体を考えれば余りおおっぴらに公言出来ない相手ではあるが、ここは京都。地元から遠く離れたこの場所ならば、手を繋いで歩くぐらいは出来るかも知れない。
…などと、とんでもなく乙女な方向に期待を膨らまして、土方は175号室の扉をガラリと開けた。
「なぁ晋助、ちょっと散歩に……って、え?」
扉を開けた体制のまま、土方はピシリと固まった。部屋にいた4人の視線が集まる。
その内、眼帯をつけた少年が「何か用かぁ?」と訊いてくるが、土方はぽかんと開いた口を閉じることが出来ずに目を見開くだけだ。
何故なら目の前に広がる光景は、まさに惨劇。各部屋に設置してあるちゃぶ台は真っ二つに割れ、テレビの画面には何かの棒――よくよく見てみれば恐らく昼間買ったのであろう木刀だった――が刺さり、布団のシーツは破れ中身が飛び出し、枕に至っては血痕が付着している。押し入れの襖につけられた鋭利な刀傷は、異様に木刀の扱いが上手い銀髪の少年の仕業にに違いない。
(きっとそうだ幾らなんでも真剣じゃないだろ頼むから木刀であってくれ!)
最終的に若干祈りのようなモノを捧げてから、土方は多少上擦った声で、部屋にいる4人に尋ねた。
「てめえら何してんだ!?」
「「「「枕投げ」」」」
息の合ったユニゾンで返ってきた答えに、くらりと頭痛がした。
枕投げは、破壊力がないからこそ枕を投げるのだ。ならば、この惨状ななんだ。明らかに枕投げの域を越えている。
ふざけるなと憤る自分の思考こそが、正常な反応だろうと思うものの、余りにも当たり前のような顔をしている4人を見ていると自信がなくなった。
(誰だ、この4馬鹿を一緒の部屋割りにしたアホ教師は)
普段優等生――煙草は吸うが、バレてはいないのでカウント外だと思っている――の土方にしては、珍しく毒を含んだ悪態を教師につきつつ、改めて部屋のメンバーを睨み付ける。
「お前ら、どうすんだよこれ」
「大丈夫! 晋ちゃんが独りで暴れたことにすっから」
「あ"ぁ!? ふざけんな腐れ天パ、1番暴れた奴が何言ってやがる。つーか晋ちゃん言うな」
「まぁまぁ押さえろ高杉。今更貴様が停学食らったところで何も困らんだろう?」
「なんで俺が罪を被る前提で話してんだぁあ? てめえヅラなんだからついでに罪も被っとけや」
「ヅラじゃない桂だ。間違った地毛だ。いや、間違ってはない。俺は桂だ」
「何が言いたいんじゃヅラは。…で、何の用じゃ土方?」
最早カオスでしかない4馬鹿の会話に、まさか『彼氏を散歩に誘いにきました』とか言えるはずもなく、顔を覗き込むようにして尋ねてきた爆発頭から目をそらす。
その向こうから「こら辰馬てめえ抜け駆けすんな!」だの「俺の十四郎に近付くと三枚に下ろすぞ!」だの、ヤクザ並の怒声が聞こえてきて、なんだか全てに嫌気が差した。
坂田銀時、桂小太郎、坂本辰馬、そしてさっきまで土方が散歩に誘おうとしていた高杉晋助。土方に言わせればただの4馬鹿である彼らは、銀魂高校における問題児たちである。
授業はサボるわ、他校と喧嘩はするわ、平然と煙草は吸うわ――これは高杉に限ったことであるが――、机には教科書の代わりに甘味が入ってるわ――これは坂田に限ったことであるが――、学校に変なペットを連れてくるわ――これは桂に限ったことであるが――、登校にヘリを使って毎回毎回校舎に激突するわ――これは坂本に限ったことであるが――で、この修学旅行にもよくぞ来れたものだ。
土方がこの4人と最初に関わったのは、風紀委員として行った生徒指導で、だ。そして、その中の1人と付き合うまでに交流を深めたのは、入学半年くらいした頃だっただろうか、うっかり高杉に煙草を吸っているところを見られたからだった。
それ以来腐れ縁が続いている。
(嗚呼、やっぱあの時我慢してればなぁ……。でもニコチン切れたらイライラするし……)
そんな過去の悔恨に浸っていると、突然腕を引かれて部屋の中に引きずりこまれた。
「いってぇ! 坂本てめえ何しやがる!」
「土方、暇ならおんしも混ざれ」
「はぁ!?」
スマイリー全開の少年に言われて混乱していると、「おー多串くんも混ざれ混ざれー」「寧ろ暇じゃなくても混ざれや」と無責任な馬鹿共の声が追い討ちをかける。
「いや俺は……」
「はい、ってことで多串くんも参加決定な」
「いやだから俺は……」
「往生際が悪ィぜぇ十四郎」
「あのなぁ!」
俺はお前を散歩に誘いに来たんだよ! 思わず怒鳴りそうになった言葉は、かろうじて呑み込む。そんなこと、坂田たちがいる前では、こっ恥ずかしくて言えやしない。
本心を隠して、いい断り文句を探していると、突然ずいっと眼前に、割り箸くじが、真面目な表情をした桂から差し出された。
「……おい、なんだこれは」
「引け。赤い印なら王様だ」
「は、」
「なんだ貴様、修学旅行定番の王様ゲームを知らんのか?」
「定番!? 合コンじゃあるめぇし聞いたことねぇよそんな定番!どこの国の常識!? 普通定番っつったら枕投げとかだろ!?」
「あー、枕投げしたかったのか多串くん」
「誰もそんなこといってねぇよ! そんな申し訳なさそうな顔すんなイラッとするんだよ坂田ぁぁぁ!」
「ふっ、甘ぇな銀時ィ。十四郎は枕という寝室具+枕投げという夜のプレイで俺とにゃんにゃん……」
「黙れぇぇぇぇぇ!」
とりあえずアッパーを繰り出して、卑猥な妄想を語りだそうとした高杉は沈めておく。そして、ボケの宝庫と化した残り3人を鼻息荒く見渡す。
いや、坂本はボケては――土方を部屋に引きずり込んだ以外――いないのだが、やつは存在自体がボケだろう。
いかにも苛ついてますという土方の形相を見て、坂田が宥めるような声を出す。
「落ち着けって、そりゃ枕投げしたかったのは分かるけどよ」
「まだ言うかてめえ!」
「枕投げはさっきやっちまったんだって。もう飽きた」
「…って、まさかこの惨劇の原因マジで本当に枕投げなのか!?」
「だからそう言ったじゃん。これ以上暴れると流石に不味いワケよ」
「だったら次はウノとかトランプじゃね!? なんで定番が王様ゲーム!?」
「賭け事は先公に見つかると面倒だからな」
「なんでカードゲーム=賭け事だぁぁぁぁぁぁ!」