最近、江戸の住民が毎回楽しみにしているラジオ番組がある。高杉晋助率いる鬼兵隊がパーソナリティーを勤めるローカル番組だ。
それが放送されてからというもの、土方は町行く人々によく声をかけられるようになった。外の空気が吸えるからと、書類整理より格段に好きだった見廻りが、ひどく憂鬱になった。いや、声がかかること自体に問題はない。ただ、かけられる言葉の方に問題があるのだ。

「やぁ副長さん、今日も旦那さん絶好調だったねぃ!」

にこにこと邪気のない笑顔でそう言われては、チンピラ警官と揶揄される土方とて、一般人を怒鳴り付けるなど出来るはずもない。
ただ、ひきつりまくった愛想笑いで、誤魔化すように会釈をするのだった。

ことの発端は、先月起きた鬼兵隊のラジオ塔ジャック事件にある。江戸近辺のみに電波を飛ばすローカルラジオ局が、突如高杉晋助らに占拠されたのだ。
その手際は鮮やかというより他なかった。土方も、これが攘夷戦争を生き抜いた男の作り上げた組織かと、自らも組織を立ち上げた立場ゆえに、少しの羨望を覚えたものだった。
だが、その羨望はすぐさま掻き消えることとなる。
ラジオ局の占拠が完了した鬼兵隊が、その電波を使ってまずしたことは、告白だった。それも、凶悪テロリスト高杉晋助による愛の告白だった。
ザザッとノイズが聞こえて、犯行声明でも流れるのかと思いきや、実際にスピーカーから発せられたのは「土方ァ、愛してんぜェェェェェ!」だったりした。土方はその夜ひとり自室で泣いた。からくりの暴走した祭りやら、紅桜による騒ぎやら、伊東の反乱やらを思い出して、やるせなさに男泣きをした。当然の反応だろう。
翌朝は起き抜けに、沖田から「おはようごぜぇますホモ方さん。ホモがうつるんでさっさと寿退職してくれませんかィ」と蔑まれ、近藤から「トシ! お前と高杉か、俺とお妙さんか、どっちが先にゴールインするか競争な!」と、どちらの意味でもあり得ない勝負を持ちかけられ、隊士たちには「俺らの副長が嫁に…!」と色々ツッコミどころ満載な悔し泣きをされ、見廻りに行けば万事屋を営むドSコンビの片割れに「俺も土方くんの尻狙ってたんだけど、晋ちゃんには勝てそうにないから諦めるわ」とワケノワカラナイ心情を吐露された。なんか死にたくなった。坂田に至っては、何故わざわざ呼び止めてまで言ってきたのか分からない。寧ろ精神衛生上、胸に秘めておいてくれた方が何万倍も良かった。
なんで言ったし。
土方がその日を境に、かぶき町を見廻らなくなったのは言うまでもない。


「そう言えば、なんでテレビ局じゃなくてラジオだったんスか?」

今日もラジオから、暢気さ爆発の鬼兵隊幹部の声が流れる。なんやかんやで、土方への告白から始まったラジオ番組は、誕生から丸1ヶ月経とうとしていた。
たまにテロ予告も番組を通じてされるため、土方は毎日律儀に書類整理がてら耳を傾けている。テロ予告さえ放送されなければ、江戸中の受信機を破壊して平穏を取り戻せるというのに。たぶんそうさせないようにするのが目的で、テロ予告を紛れ込ませてくるのだろう。無駄に頭が回る輩だ。馬鹿のくせに。
一時期、いっそこの腐った世界をぶっ壊そうかとも考えた。もちろん直ぐに自己嫌悪に沈んだ。沖田から『夫婦は思考が似てくるもんでさァ』と真顔で頷かれたとき、今なら笑いながら身投げ出来ると思った。

「テレビじゃ顔が映っちまうだろ」

先程の質問に答える低い声は、今や耳に馴染んでしまった高杉のものだ。

「俺の笑顔は土方専用だからなァ」

「あぁ、確かに晋助様って土方のこと話すとき、スッゴイ柔らかい表情してるっス!」

「まぁな。あと俺の顔が売れてファンが増えたら、土方が嫉妬しちまうだろう?」

「流石っス! 嫁への気遣いを忘れない晋助様流石っス!」

ぱたり、と土方は握っていたペンを放り出して、後ろへと倒れ込んだ。
最早ただの公害でしかないラジオを聞いていたら、やる気が消失してしまった。もしかしたら、そういうテロなのかもしれない。そうであってほしい。
嗚呼、一体どうして、環境省はこの騒音公害を取り締まらないのだろうか。
かつては、テロリストの声を聞こうものなら、起こるであろう斬り合いにワクワクした。だが今はテロリストの声を聞くと、無性に田舎に帰りたくなる。住んでいるときはド田舎としか思えなかった、しかし確実にラジオの電波が届かない武州という楽園に。
今度、番組の相談コーナー宛にファックスを送ってみようかなと思う。テロリストが新手のテロを仕掛けてきます。人を鬱にさせる陰険なテロです。どうしたらいいですか?
虚ろな目で見上げる屯所の天井は、なんの感慨も抱かせなかった。


「土方ァ愛してんぜェ! 今俺が潜伏している旅籠屋は、3丁目の…」

しばらく仰向けでぼんやりとしていると、番組も終わりに近づいたのか、お決まりの高杉の台詞が流れ出した。ちなみに、このあと『飯と風呂を用意して待ってるから残業すんなよ』と続くか、『今夜は寝かせないぜ』と続くかは日によって違う。
とりあえず今日も土方は、今夜旅籠屋に踏み込む編成を義務のように考えて、やっぱり鬱になるのだった。




 ̄ ̄
うちの高土の原点を探ってたらこうなった。何故だ。





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