「てめえは“また”隠すんだな…」

「はぁ?」

脈絡のない言葉に、流石の高杉も意味が掴めなかったらしい。盛大な顰めっ面で「それが泣いた理由か?」なんて的の外れたことを訊いてきた。

「違ェ。包帯の下の話だ」

「まったく、俺の質問はどこいったんだかなァ…」

芝居がかった動作で――つまり余裕の笑みを崩さずに――大仰に肩を竦めてみせた高杉は、しかし然して気にした風でもない口調で言った。
次いで、土方の言葉に思い出したしたかのように、新たな包帯をどこからか取り出して手際よく巻き付け出す。くるくると左眼を隠していく仕草は手慣れていて、今までも決して他人に巻かせてこなかったことが知れる。

「…待てよ」

そう思ったら、何故か耐えきれなくなって、咄嗟に諫めた。

「つけんなよ」

「なんだァ? 見てェのか?」

心底愉快そうに…なのに包帯を巻く手は止めずに。それだけのことが今日に限って酷く苛ついた。
きっと夢見が悪かったのだ。いつもならこんな、幼児のような、癇癪を起こしたりしない。

「つけんなっつってんだろ!」

ガツンと嫌な音が響いた。

「土方……?」

突然、いつもは自分が押し倒している男に押し倒されたことに驚いたのか、ここでようやく余裕を見せ続けていた深緑が見開かれた。が、それも一瞬で、すぐに再び可笑しそうに細められた。

「掘られんのは趣味じゃねェが…あんたが珍しくヤる気なら悪くはねェなァ」

「馬鹿言ってんな」

「いんや? 至極真面目だが」

「なら余計に馬鹿だ」

そうだ、こいつは果てしなくどうしようもない馬鹿なのだ。変わらずにずっとずっと。昔から、この世で“高杉晋助”として生を受ける前から馬鹿だと。
そして、それを“自分”は識っていた。

「俺ァてめえの包帯の下が嫌いじゃない」

やがて、ぽそりと口から落ちた呟きは、掠れてほとんど消えそうだった。
情事の名残、なんて理由だけではないだろう。

「なんで隠すんだよ…」

やっぱり俺じゃァてめえは心を許してくれねェのか。
そう続けようとしたけれど、肯定が怖くてやめた。

「……何を勘違いしてるか知らねェが、別に俺ァこのキズアト自体に特別な思い入れはないぜェ?」

「嘘つけ」

「嘘じゃねェさ」

「隠すくせに」

「カッコ悪ィからなァ」

何でもないように放たれた言葉にハッとした。
意地の悪いこの男にしては珍しく、高杉は慈しむように微笑んで見せると、両腕を伸ばして土方の頬を包み込んだ。一方はそのまま熟れた唇をなぞり、もう一方は瞼の上をゆっくり這ったあと、さらりと黒髪をすいた。
擽ったくて、気恥ずかしくて、居心地悪さに身じろぎすると、いつの間にか首の後ろまで回っていた手に力が込められ、ぐいっと引き寄せられる。ちゅ、と軽いリップ音を立てただけで離れていったそれに、理由もなく満たされた。

(嗚呼、そういうことか)

声に出さず思う。
そういうことなのか、と。この男も自分と同じ負けず嫌いだということを忘れていた。
キズアトを隠していたことに、土方が穿った深い理由などなく、ただ、カッコ悪いからなのだ。かつての自身の力量不足で片眼を失ってしまったことが、矜持にかけてカッコ悪いからなのだ。
だから、だからこそ恋人である土方にキズアトを見られることを嫌う。
凶悪テロリストのレッテルを貼られる男も、世間一般の例に漏れず、恋人の前では完全無欠のかっこよさを保っていたかっただけなのだ。

「なんだよ、それ」

「あんただってそうだろ?」

泣いてるとこを隠した、と高杉は今度は瞼に軽いくちづけを落とした。
心底愉しそうなその表情(かお)には、どこか“見覚え”があった。

(そうだった。“てめえ”は“昔”っからそうだ。すぐ“俺”に隠し事をしやがる)

しかも、敵方とか味方とか以前のどうでもいい部分で、だ。
苛立ちとはまた違う、いっそ呆れのような感情に包まれて土方は思った。
“かつて”“男”がむきになって隠したのは――倒幕の計画やそれに準じるモノではなく――たかだか天然痘の痕、つまりは痘痕(あばた)だった。

『あんたの綺麗な肌見ちょると普段気にせんモノも隠したくなるんじゃ』

拗ねた調子の長州弁で口を滑らせた“男”に、ずいぶん笑わせてもらったと“記憶”している。
むくれたまま俯くモノだから、元々“土方”の目線より下にある頭は、更に小さく見えた。普段は“自分”を組敷く“男”も、このときばかりは可愛く思えたものだった。

(嗚呼、そうだ)

「相変わらず俺より身長低いなてめえ」

「喧嘩売ってんのか、あ"ぁ!?」

この男は、変わらない。数え切れない時を越えて、それでも男は変わらないのだ。
“あの頃”の“男”は“自分”より年下だったから、もう少し経てば身長など直ぐに追い越すさ、という言い訳が――といっても成長期をとうに終えた立派な成人男性だったのだが――通用したけれども。
その生き方も信念も、男を構成する根っこの部分は何ひとつ変わってはいない。

そして、立場すらも。

“かつて”別れたあのとき、互いに、来世では、と望んだ割には何も変わってくれてはいなかった。
でもそれは、或いは悲観すべきことではないのかも知れない。今回も結局自分は彼と廻り合い、想いを通じ合わせることが出来たのだから。
本来ノーマルな自分達が男同士で、敵同士で。そんな奇跡を“二度”も起こすことが出来たのだから。

変わらない。
ここまで“同じ”なのだから、きっとこれから男は労咳を病んで命を燃やし尽くすのだろう。そして自分も大切な人達を喪い、ひとり北上して戦場に倒れるのだろう。
だけど、“男”は微笑んで死ねたと聞いた。武士として戦いの中で死ねた“自分”もきっと笑えていたに違いない。ならば、そこまで満足して送れた人生を、再び繰り返すことに何の不足があるだろう。大切な人を護りきれなかったのは悲しいけれど、確かにそれは満ち足りた人生だった。きっと。

時は巡る。
繰り返す。
だけどそれは哀しみではない。
寧ろ、もう一度愛しい男に出逢えたことを、喜ぶべきなのだと気付いた。

喜びを表すならやはり笑みだろうと微笑んで見せると、視界がぐるりと回転して、気づけば下にいたはずの男に押し倒されていた。
近付いてきた唇を受け止めて、それを次第に深く強く絡めていく。それは酷く熱い。先ほどと明らかに違うのに、先ほどと何ら変わりなく満たされた。


(繰り返すというならば……)

溶けかけた思考の中で思う。

(もし、もしも武士も戦争も何もない“時代”が来て、もしもそこに生まれたとしたら、)

いったい自分達はどういう人生を送るのだろうか?
敵も味方もない世界で、日の当たる往来でも馬鹿みたいに笑い合えるのだろうか?

ひどく気になったが、武士も戦争も何もない“時代”というものを想像するには自分の想像力は貧困だった。その上堪え性もまったく足りない。
終いには考えることを放棄して、目の前の男が与える熱に意識を集中させた。



 *



屋上で青く澄んだ空を見上げながら、揃いの黒い制服を来たふたりの少年が、煙草をくわえて笑いあっていた。

授業をサボった自分達に、銀髪の教師が怒鳴り込んでくるまで、きっとあと数十秒。





(そこに笑顔があれば、きっとそれが僕の)




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