夢だとは分かっていた。だけど“現実”だとも分かっていた。
これは予知夢なのだと、そして過去夢なのだと、自分に良く似た容姿の“男”が言ったことを、素直に信じたワケではないけれど、普段から鋭いと形容される第六感が、真実だと伝えてきていたから。

『俺ァどうやら死に遅れちまったらしいぜ?』

ひとつの墓を見ながら男がぽつりと自嘲をこぼした。しかしそれは、こちらに向けられた言葉なのだと知っていた。
墓石に刻まれた名は、“男”のたったひとり大切な、尊敬する“大将”のそれ。

“彼ら”の始まりは三人だったと、さも自分の記憶のように“思い出す”。
あれだけ性格も思考も全く異なる三者が、しかしただひとつの同じ夢を描いたのは、一体なんの奇跡だったのか。
意図したワケでもなく自然に――出会うべくして出会った、アンバランスなバランスを保った始まりだった。

夢を叶えるには力が要る。だけど力だけでは駄目だ、それを正しい方向へ適当な時期に使う判断を下せる頭脳も必要だ。そしてもうひとつ、人を惹き付ける力、それがなければ世間は認めてくれない。望むのは力による破壊でも、知力による支配でも、そのふたつによる恐怖政治でもないのだから。
表面上の地位として夢を叶えても、内心で蔑まれていては意味がない。誰の目から見ても眩しく、誇り高く、また思慕の対象でなければ、それは“自分達が憧れた『真の武士』になる”という夢を叶えたことにはならないのだ。
だから、剣力と智力と魅力と、それぞれに特化した三人が出逢えた奇跡を得たならば、夢を掴めと言われているようなモノだろうと思う。

そういえば、三点さえあればどんなモノでも支えられると、力学的な真理を口にしたのは誰だったか。
“男”だったのかも知れない、自分だったのかも知れない。或いは“男”の“大将”や“弟分”だったのかも知れないし、自分の大将や弟分だったのかも知れない。
とは言うものの、学も脳も足りない自分の大将や弟分では、まず有り得ないだろうとは分かっていたから、たぶん言ったのは、遠い昔の“彼ら”の内の誰かだ。

そしていつしか“三人だったモノ”次第に増えた。望んだワケもなく大勢になった。
勿論“男”も自分も、増えたことを鬱陶しいと切り捨てるほど酷薄でも、“大将”を取られたと拗ねる程子供でもないのだから、どちらかと言えば興味のないふりをしてその変化を内心喜んでいたのだったと“記憶”している。


だけど、

だけど、今はもう誰もいない。
もう、いないのだ。
“みんな”死んでしまった。或いは生死不明か、どちらにせよ。

戦場を求めて北上を続けた“男”は、やがて脇腹を撃ち抜かれて死んだ。
倒れ込んだときの地面の冷たさを、知らないくせに“思い出す”。
まるでフィルムを見るかのように客観的に――、同時に“男”の苦しみと哀しみと痛みとを主観的に感じた。

『お前ェも…いつか……』

“男”が地に倒れ伏す直前に放った言葉…いや、“自分”の内側から響いてきた言葉はある種の呪いだと思った。思ってみせた。

(分かってる、“お前ェ”はそんなつもりで言ったんじゃねェんだろ?)

本当は分かっていた、“男”が忠告として言った言葉だとくらい。

何故なら、“自分”はそういうつもりで言ったのだから……。



 *



朝日が射しているのを感じて、土方はゆるりとその白い瞼を持ち上げた。
視界が寝起きに関係なくぼやけている。それが何故かと自覚するや否や、忌々しげに舌打ちを響かせた。
泣いていたのだ自分は。
そして、いつもはとっくに冷えている筈の隣側が、人肌の温もりを保っていることに気付いて、もう一度舌打ちをした。

「なんで今日に限ってまだいるんだ、てめえは」

温もりの原因――自分の隣で共寝する隻眼の男に文句を言ってやる。呆れを装って吐き出したため息は、実際は、思ったよりも普通を装えた声に対する安堵によるものだ。
一方の高杉はそんな土方の様子を気にした風もなく、さらりと心臓に悪い答えをニヒルな笑みに乗せて返してくる。

「あんたが泣いてるから帰るに帰れなかったに決まってんだろォ?」

誰にとってか不幸なことに、それは本気で言われていた。

(嗚呼、本当にこいつァたちが悪ィ……)

くつくつと、殊勝な台詞とは裏腹に、可笑しそうに喉を鳴らす男を見やってそう思う。泣いているところを見られただけで憤死したい程に気恥ずかしいというのに、あまつさえそんな、まるで泣いている土方を放って置けなかったかのような言い回しをするなど。愛されているのだと、浅ましくも自惚れてしまいそうになるではないか。
などとは、この独白を高杉が知ったならば、俺の努力はいつ実るんだ?と、心底疲労したため息を漏らすだろう過小評価なのだが。

「…で、あんたは何泣いてたんだァ?」

勿論――互いに――そんな事を思っているとは露知らぬ高杉は、そのまま揶揄の延長のような調子で尋ねてきた。
ニヤニヤと厭らしい笑みを湛えるその隻眼を、潰してやりたい衝動に駈られる。だけどそれをしないのは、結局自分が肝心なところで甘さを捨てきれないからか、その深緑色の宝珠に自身が映らなくなることに我慢がならないからか。

(分からねェが…後者ならたいしたとこまで来ちまったモンだな……)

くっ、と。自嘲する音が喉の奥から自然と溢れた。共にいると似るのだろうか、この響きは高杉と同じに聞こえる。
そのまま「ふ、」とひとつ息を吐いた土方は、目の前の男に再び視線を合わせた。
男の常備品であるハズの包帯は今はない。昨夜、熱に任せて、縋りつこうと無様に伸ばしたこの右手が、引き裂いたのだったと覚えている。
包帯の下――彼から聞いた限りでは恐らく、痛々しく禍々しいキズアトがあるのだろう。だろう、というのは土方がそれを実際自分の目で確認したことがないからだ。
いや、あったのかも知れないが、情事の最中だったのだろう、ハッキリと思い出せない。こんな関係になれども、それは決して見慣れたモノではない。包帯を取る姿こそ見慣れたが、長く伸ばした前髪に隠れて、キズアト自体は土方の目に触れなかった。
高杉が今も強烈に執着している過去というモノがそうさせるのか。土方が唯一、どれ程努力しても――それこそ全てを擲(なげう)ったとしても――共有することの叶わない部分が。いや、或いは理由などもっとシンプルなのかも知れないが。

“あの男”もシンプルだったからな、と思い出して笑った。
そして、この男も“あの男”なのだから。




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