ギラギラと怒りを内包しつつも、口角だけは愉しげに吊り上げて見せる男が、哀しく、また愛おしく思えた。
首筋に食い込んだ刄が震えている気がした。

「…なァ、お前なら分かるだろ、土方。『あの人』や『あいつら』や、『俺』が報われるためにも、本物の美しい緋の輝きってモンを魅せてやるべきだろう?」

狂った理論を高らかに言い放つ男は、からからと泣いた。いや、実際は多大な愉悦を浮かべて笑っているのだが、土方には何故か泣いているように感じた。
自分こそが泣きたいからかも知れない。
結局、一番この男の心を支配しているのは、今は亡き師と過去の部下であって自分ではない。
だが既に一度涙を落としたこの顔で『泣きたい』などとは馬鹿らしいと思い直して頭(かぶり)を振った。

「……そうだな」

ややあって、ぽつりと土方はそうこぼした。

「あ?」

すぐ眼前から不快感の滲む声が聞こえた。
自身の予想を越えて楽しませてくれるモノは好むのに、自身が分からないモノは嫌うのだ。この唯我独尊を地でいく男は。

「俺もこの世界は汚ねェと思う。きっとてめえの言うように綺麗な緋で塗り潰してやるぐれェしねェと、侍にとってずっとここは腐敗した世界でしかねェ」

足元の死体に冷たい視線を向けて続けると、言っている言葉が自分の意見に賛成を示すモノだと理解したのか、高杉は僅かに動揺した…気がした。
首にめり込まされている刀が、ほんの少し緩んだようにも感じる。
それも当然の反応だろう。
対テロ専門の武装警察副長がテロリストの理屈に同意し、あまつさえテロを推奨すると取れるような内容を口にしたのだから。

土方とて本当は分かっているのだ。現在自分が仕えている幕府の腐り具合を。
いや、幕府に仕えているからこそ内側の腐敗した部分が取り繕われることなく晒されると言った方が的確か。

喉元に刄を突きつけてくるこの隻眼の男が望むのは破壊だ。
男自身がそこまで考えているのかどうかは別にして、破壊の後にあるのは再生だ。
唯一世界を憎むことだけを目的に生きる彼にとって、破壊したその先は最早興味のないモノかも知れないが、それでも、破壊の後にあるのは再生なのだ。
そして人は学ぶ。
前例の示す愚かな振る舞いは次の世では決してしない。勿論、人は忘れるイキモノでもあるから、いずれは繰り返すだろう。けれども、とにかく人は学ぶのだ。
民衆から嫌われた犬公方の『生類憐みの令』は次代の将軍になった途端に廃止された。賄賂政治で失脚した多沼意次に代わって立った老中の末平定信は清廉潔白な政治を貫いた。
前任の愚かさを覚えている内は、人はそれとは違う道を進もうとし、より良い方向を志す。
だから土方には、男の成す破壊のその後には、武士道を歩く自分たちにとってよっぽど住みよく心地好い世界が広がっているのだろうと信じられた。
それ程までに今の世界は腐っている。
侍の矜持を護るための戦いであった攘夷戦争を経験した、かつての英雄たちには耐えられない程に。英雄たちに申し訳ない程に。

「だから、俺たちがいるんだ……」

胸から押し上げられるように唇から零れ落ちた言葉は、目の前の男に言ったというよりは自分に言い聞かすようなモノになった。
或いは、そのどちらの意味も含んでいたのかも知れない。

「だから、俺たちはお前らを斬るんだよ、高杉」

不様なほどに涙が混じった声音で、土方は刀を構える男を、距離を更に詰めて抱き締めた。
少しでも自分の体温が、男の心に空いた空虚な穴を埋められればいいと思う。

「ひじかた……」

男の口から漏れた己の名に、酷く満ち足りた気持ちになる。
きつく抱き締め返されて、まるで縋るようだと思った。しかし『抱き着かれている』とは思わなかった。あくまでも男は土方を慈しむように、その腕で包んでいた。
刀を手放さないのは武士の習性か。だけど無防備な自分の背中を護るみたいに回される硬質な金属の感触はどこか愛しい。

「俺たちがいるんだ……だから俺が……」

上手く言葉に出来ないもどかしさにこそ、もどかしさを覚えながら、何度も同じ意味を持った台詞を紡ぐ。

突き詰めればきっと、ある意味では攘夷志士の『ため』に真選組はいるのだろう。
それは犯罪者がいるから警察があるということと同じニュアンスではない。攘夷志士の『せい』で真選組がいる、と言うと、何かしらの語弊を感じてならない。
かつての英雄たちを、国を護ろうと立ち上がった本物の侍たちを、たかだか犯罪者に貶めたくないから真選組はいるのだ。
護るための戦いをした彼らが無差別にテロに興じる姿を見たくはなく、またそんなところに堕ちる前に斬ることが手向けだと思った。幼い頃憧れた侍たちが侍でなくなってしまうぐらいなら、せめて侍を名乗る自分たちが侍として彼らを死なせてあげたかった。
重火器は使えども、最後は刀を持って我が身一本で戦いに身を投じるのは、あくまでも侍同士の命のやり取りをするためだ。
天人が持ち込んだ技術で、相手を『悪者』として機械的に捩じ伏せるなどしたくなかった。

だから真選組は攘夷志士を『斬る』のだ。
自分たちが憧れた彼らに敬意を払って、行き場のない彼らの想いを背負って、重い刀を振りかざして進まなければならない。腐っている世界だと分かっているから、それを憂いる彼らを裁く自分たちは、何よりも潔白であらねばならない。
だから、自分は幕府の狗と罵られながらも、英雄たちを斬れるのだ。

「なァ高杉、さっきてめえは何も護れねェって言ったが、てめえは護ってくれたじゃねェか」

寝起きだったために、裸足で踏み締める羽目になった血溜まりを意識しながら語りかける。
この死体は誰なのだろう。真選組副長を狙った攘夷浪士か、扱いにくい真選組を邪魔に思う幕僚の差し向けた刺客か。分からないが、ここは土方の私宅で、高杉との仲は極秘で、だからこれは土方を狙ったものだというのは間違いない。
いや、高杉が世界の腐敗を詰っていたことから、やっぱり幕僚の仕業かも知れない。味方の位置に属していようが、自分の利益にならないと思えば、暗殺を試みる。けれども、その手を直接は汚そうとしない。腹立たしいにも程がある。

「でも、てめえが護ってくれたんだろ?」

勿論、土方とて馬鹿ではないから、自分で対処出来たと言えば出来たのだろう。決して護られなければならない弱い人間ではないし、護られるような関係でもなければ、護られる立場に甘んじる性格でもない。
それでも、ウレシイと思うことは罪だろうか。大切な人に大切にされていると、ヨロコブことは背徳だろうか。
感謝していると、どう頑張っても思ってしまう心は、やはり裏切りだろうか。

「てめえは、まだ全部なくしたワケじゃねェだろ」

だったらせめて、一度だけだから、今だけだから、この言葉を告げるのを赦してほしい。


「俺がいる」


きっぱりと告げた。

「馬鹿にすんな。じゃあ俺は何だってんだよ」

思わず拗ねたような響きを持った呟きが聞こえてか、抱き締めてくる腕に、より力がこめられたのは、気のせいではないだろう。
締め殺されそうな勢いが、心地よかった。




土方は分かっている。高杉を狂気から救い上げられるのは、きっと自分ではないことを。
救い上げるには自分は男と『同じ』過ぎる。偉そうなことを思う割に、近藤や真選組を理不尽に奪われれば自分とて憎しみにとり憑かれるのは目に見えている。
だから救い上げる役目を担える者は、大切なモノを奪われながらも日の当たる道で護ることを続けるあの銀色のような男だろう。それは酷く悔しい。

だけど、いつか高杉が耐えられなくなったなら、解放してやるのは自分だ。
それだけは譲れない。
憎しみから抜け出る前に、膨れ上がった負の感情に高杉が潰れてしまいそうになったその時は、この手で解放してやるのだと。
そんな日が来なければいいと祈りつつも、土方は男の肩に顔を埋めた。
別に悲劇の主人公気取りでも何でもない。ただの幼稚な独占欲のようなものだ。哀しみは湧かない。

あとそれからもうひとつ。

煙管と男自身の甘い薫りで鼻腔を満たしながら、嗚呼やっぱりこのぬくもりも譲れないと、穏やかに微笑んだ。





(影に隠れているだけで本当は満月だから)




 ̄ ̄
最早だれおま状態orz

イメージソングはa/r/pの満/月です。
歌詞は銀土の銀さん独白っぽいけど、曲や雰囲気は高土っぽいこともないこともない。←どっちだ




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