高杉side


今日はとても気分のいい日になるはずだった。あぁそうさ、なんせ数ヵ月ぶりに恋人の家に行ける日だったんだから。

つい最近まで春雨のアホ臭ぇ内部抗争に巻き込まれて――いや、本気で嫌なら口先でなんとでも回避のしようはあったから、正確には巻き込まれてやった、だ――ずっと宇宙にいた。宇宙ってのは難儀なもんで、ケータイは圏外だし手紙を出そうにも飛脚なんぞいやしねェ。つまり恋人と連絡がとれねェんだ!
漸く地上に降り立って、アンテナが3本立ったときには心が歓喜で震えた。思わずそのままのテンションでケータイに3回くちづけしたら万斉が汚物でも見るような目付きで睨んできた。
まぁこの俺が汚物なんて有り得ねェからたぶん俺の横にいた武市を見てたんだろうな。

とまぁ、とにかくテンションMAXだった俺はその足で自宅――正しくは俺の嫁の自宅だが些細な違いだ――に向かった。
鼻唄混じりにスキップしていたからか、いつも贔屓にしてる団子屋のババァに「何かいいことあったのかい?」と聞かれた。

「長期出張が漸く終わってなァ」

笑みを浮かべて、やっと嫁に逢えるんだ、と答えてやれば、「嫁さんと二人で食べとくれ」とみたらし団子を1パックもらった。常日頃からの近所付き合いって大事だ。

団子の軒先には、何の因果か銀時が座っておはぎを貪っていたが、俺だと分からなかったのか頑なに目を合わせようとしない。
今度会ったらぶった斬るんじゃなかったのか、会っても俺だと気づかねェじゃ意味ねェよなぁ。
ちょっとからかってやるか、それにあいつは俺の嫁と懇意にしてるっつー噂だからな、牽制ついでに俺と俺の嫁とのめくるめく純愛エロチック物語でも聞かせておいてやろう、と思い銀時に近寄ると、奴は俊敏な――本当に白夜叉が再降臨したんじゃねぇかってぐらい俊敏な――動きで立ち上がり、踵を返して去っていった。
何だあれ。最近のヅラと同じ反応だ。
以前は俺の恋愛相談――と思っているのは本人ばかりで、桂からしてみれば迷惑なのろけ以外の何物でもなかった――に乗ってくれていたヅラも今では開口一番から『お引き取りください』としか言いやがらねぇ。相談する間もなく怒涛の『お引き取りください』ラッシュだ。
そりゃヅラとは紅桜んときに縁を切ったからその対応は当然っちゃあ当然なんだが、ヅラのくせに気に入らねェ。

一応大通りを避け、遠回りを繰り返していたために、自宅に辿り着く頃にはもらったみたらし団子はすっかり冷めて、辺りは暗くなってしまっていた。
自宅の明かりは消えている。
それはワーカーホリックな嫁が定時に帰らなかったことを意味する。また、定時に帰らなかったということは、今までの経験からして、きっと屯所で寝泊まりしてくるに違いない。願ったり叶ったりだ。
俺はほくそ笑んでピッキングして玄関の鍵を開ける。本当はピッキングなんてせこいマネはしたくないが、合鍵を持ってない以上背に腹は代えられぬという奴だ。
空き巣に入られても困るから扉を斬るのはやめておいた。俺は愛妻家なのだ。

帰路の途中で立ち寄ったスーパーで買った食材を台所で選り分けながら、夕食の準備に取りかかる。
厚めにカットした牛肉にしっかりと塩コショウや味醂、料理酒で味付けするのは、十中八九投下されることになるだろうマヨネーズに負けないようにだ。……今のところ全敗中だが。というより、あんなもんに勝てる味付けなんぞ存在するのか?
解決出来そうにもない課題に頭を捻りつつ、シャカシャカと米を洗う。
本当は水に30分くらい浸して米に水分を吸わせてから炊きたかったのだが、タイムリミットが迫ってるため早炊きで我慢した。夜明け前に帰って来いと万斉に言われたんだ。なんせ俺は指名手配犯だからな、流石に明るくなってからの行動は慎め、とのことらしい。うぜぇ。

そして俺は、炊飯器に頑張ってもらっている間に、レタスを毟ってサラダを作った。
実はレタスはそれほど食物繊維が多くない。だけど、色合いを考えると緑があったほうが映える。真ん中に丸く盛り付けたポテトサラダが、時間がなかったせいで出来合いものなのが悔しい。
横に並べた2個のウサギ型りんごは塩水に浸してちゃんと変色防止加工をしておいた。切っている間に一瞬、ウサギじゃなくてゴリラのほうがあいつは喜ぶか? とも思ったが、不愉快極まりない想像でしかなかったのでそんな発想は即座に頭から消去した。
ついでにりんごの身の部分に爪楊枝で『はにーすきだよ、夫より』と彫っておいた。時がたてばそこだけ茶色く変色して文字が浮かび上がるという作戦だ。因みに『はにー』と『夫』が混在するのはただ単にそういう気分だったからであって、別に『妻』とか『だーりん』が画数多くて書けなかったワケじゃない。違うからなマジで。

あとは下ごしらえが済んだ牛肉どもを強火力で一気に焼くだけだ。肉中に旨味成分である肉汁を閉じ込めるこの過程は、集中しなければ即座に失敗する。
焦げない且つ瞬時に肉の表面をこんがり焼く火加減、火から肉を上げるタイミング、上手く焼けた時の達成感。
厨房は戦場とはよく言ったものだと思う。
規模は違えど料理はどこか剣の応酬に似ていた。

じゅわじゅわと肉の焼ける音が響く。

だから恥ずかしい話、俺は気づけなかった。
数ヶ月ぶりの妻の家ということで多少――いや、ここは正直になろう。『多少』ではなく『多々』だ――浮かれていた事実は認めよう。それでもこれはちょっと自分でも有り得ないような失敗だった。
俺は、じゅわじゅわという音に気をとられ過ぎて、愛しの土方が帰宅した気配を察知出来なかったのだ!


「……た、高杉晋助?」

明らかに困惑しきった声が背後から聞こえてきて、俺はハッと振り返った。
そこには俺の嫁である漆黒のエロチックエンジェルが呆然と立っていた。
ぱっちりと瞠目した表情は土方を幼く見せていて可愛らしいことこの上ないが、今はそれどころではない。高杉晋助、最大のピンチだ。冷や汗がダラダラ流れ落ちる。

「よ、よぉ、土方おかえり」

俺は敢えて明るく――笑顔がひきつっていた自覚はあるが――朗らかに片手を挙げて当たり障りのない挨拶を返した。

「あ、ただいま……じゃねェ! 何でてめえがここにいる高杉ぃぃぃぃぃ!」

「うぉ馬鹿、室内で抜刀すんなや。つーか火ィ使ってるときにちょっかいかけんじゃねェって常識だろ」

「なぁにが常識だ! 人ん家に不法侵入かまして勝手に台所物色しやがって! 何で指名手配犯が警察の私宅で無許可で晩飯作ってんだよ!?」

「何を今更。まぁ晩飯作ったのぁ今回が初めてだが……」

「今更!? 今更ってこたぁ何か!? まさか今まで知らない内に家が掃除されてたり、ゴミ捨てがしてあったり、シャンプーが詰め替えてあったり、服が洗濯されてたりクリーニングに出されたり……まぁ実害がねェからって放っといた俺も俺だが、それもこれも全部全部……」

あばばばば、とプチパニックを起こして頭をかかえる愛しのまいはにーは兵器級に可愛かった。もうこいつさえいれば春雨の援護要らないんじゃね? ってくらい破壊力に満ち溢れていた。
江戸なんてきっと簡単に燃え散らす……いや、萌え散らすことができるに違ぇねェ。
あぁ、今度万斉に相談してみるか。地球にも人にも優しいクリーンエネルギー使用の『土方で幕府の馬鹿ども骨抜き大作戦』、エコテロでありながら且つエロテロだ。なんかすげくね?

って、そんなこたぁどうでもいい。テロの作戦はあとでじっくり妄想……じゃねェや、構想を練るとして、目下の問題は俺の存在が土方に『バレてしまった』ことなのだ。




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