Side:沖田



「てめえ…もっかい言ってみろ」

チャイナの言っている意味が理解出来なくて、俺は怒りを噛み殺し損ねた声で低く唸った。
もともと腹の底に蓄積されていた苛立ちは、今や頂点に達していた。

「何べんでも言ってやるアル。お前は甘えてるだけヨ」

差していた日傘を1度だけくるりと回して、馬鹿にした調子の一切ない、青色の凪いだ双眸がこっちを射抜く。
まるで利かん気のないガキに言い聞かすような穏やかな諭しに、余計に神経を逆撫でされた。

「俺のどこが甘えてるってんでィ!」

思わず激情に飲まれて、らしくねェ荒れ狂った怒声になった。自分よりガキに何激昂してんだ、と呆れてみせても、一度高ぶった感情はなかなか落ち着こうとはしなかった。
だって俺は少なくとも、てめえよりは甘えたじゃねェから。てめえが万事屋の旦那の腕ん中でのうのうと暮らしてる間も、俺はたくさん人を斬って斬って、あのヤローと胸張って肩を並べてられるように頑張って頑張って。
だから、これの一体どこに『甘え』があんだ!

「そういうところアル」

なのに、チャイナは静かなくせに酷薄に聞こえる一言を、きっぱりと発した。
見えない何かに圧迫される。

「このクソガキ!」

「だってお前は何もしてないアル!」

途端に今まで凪いでいたチャイナの眼は、ぐわんと燃え上がって、焦がすような熱を宿したままに俺を睨み付けてきた。
青い瞳は温度の高い炎の色に見えた。

「お前はッ」

何が気に食わなかったのかは知らねェが、炎を宿した眼光は桃色の髪を揺らしながら、吐き捨てるように――ある種、悲鳴のような声を上げる。

「お前は、自分がするべきことを思い付かないからって、足りない脳ミソに甘えて悲劇のヒロイン気取ってるケツの青いガキアル! これ以上傷付くのが嫌で逃げてるだけのビチクソアル!
ワタシは逃げないし、諦めないし、立ち止まらない。自分で動いて戦って頑張って、絶対希望を現実にしてやるって決めてるネ!
なのに、お前がそんなんだったら、ワタシまで弱気になるヨ! 不安になるヨ! 銀ちゃんも最近そう。こっちまでジメジメするから止めるアル!」

叩き付ける烈しさを持った主張は、ただの自分勝手な押しつけでしかなく、それはとても幼稚なものだった。
そうだ、最初に言っていたじゃねェか。コイツは自分の調子が狂うから俺に元気になってもらいたくて、そして自分の努力を否定されることが怖いから俺の絶望を叱りつける。
結局すべては自分のため。
だからこそ、こっちの気持ちを無視した、幼稚な言い分を主張することが出来るんだろう。

偉ソウニ、何モ分カッテ無イクセニ。

叫んだせいで肩で息を切らしながら睨み付けてくるチャイナに、そう言い返すのは簡単なはずだった。
だが俺の口は、その言葉を放っちゃくれなかった。
チャイナのそれは、『自分のため』故に俺を傷付けるものだったけれど、『自分のため』故に俺を慮ることなく、強烈な勢いを持って俺の中に入ってきた。

所詮コイツの言うことは理想論。それこそケツの青いガキが自分の強さと能力を過信して言う夢物語。
それはコイツ自身も分かっているから、諦めている奴を見ると不安になって、必死に諦めさせまいと自分の意見を押しつける。
まったく傍迷惑なこった。

だけど、確かに俺は、諦めなかったからこそ、一介の農民のくせに武士になるっつージョークにもなりゃしねェ妄想を叶えたゴリラを1匹知っている。その人は自分は勿論、他の奴らにも誰1人として諦めることを許さなかった。
そして、その現実になった妄想を守るために、敢えて蕀の道を独り突き進んだアホなヤローも1人知っている。

だったら俺は?

自分の眼で見た『土方』の裏切り。疑惑は絶対ェなくなりゃしねェ。
でも、どう頑張っても俺は『土方さん』を敵だと割り切ることは出来ねェみてぇだから。


なぁ、だったら俺は……?

胸が押し潰されちまいそうな重苦しい期待に、俺はどうすりゃいいんでィ。

なぁ、チャイナ、


「てめえならどうすんでィ」

「『信じる』ヨ」


淡々と、当然みてェに寄越された返事に、あれほど騒いでいた感情が、スッと退いていくのを感じた。チャイナが拒絶する諦めとは違う意味での諦め――開き直りといっても良かったかも知れない。
嗚呼、結局俺がぐずぐず考えてきたことは、ただこんだけのことでしかなかったんだ。
どんなに頑張っても、ヤローを憎むことが出来ねェのは、俺がヤローをやっぱり『信じ』ちまってるからで。俺の中の『土方さん』は、偽悪ぶってるクセに最終的にはイイヤツにしかなれねェようなバカヤローで、だけどその『土方さん』が覆されたからって、簡単に切り捨てられるほど、俺は浅い想いを奴に抱いてるワケでもねェから。
つまり俺は、あの気に食わねェバカヤローを、大嫌いなくそヤローを、俺と近藤さんを裏切りやがった胸糞悪ィヤローを、それでも忘れて手放して斬り殺してやることが出来ねェとかいう、最悪の泥沼に嵌まっちまったってェワケだ。
まったく、あり得ねェ。


「なぁ、結局『信じ』ちまうならよ、もうとことん『信じる』しかねェよな?」

「そのぐらい単細胞が真っ当に生きれる世の中ネ」

「幸せになれるかどうかは別にしてか?」

「信じるヤローは救われるってイエッサー・キリギリスが言ってたアルヨ」

「いやイエス・キリストだろ。なんでキリギリスに敬意を払ってんでィ」


平淡に交わされる馬鹿みてェな軽口の応酬は、何だか漸く『日常』とやらが戻ってきた錯覚を起こさせた。
今はこの錯覚が欲しかった。だって、俺はこの『日常』以外、近藤さんがいてあのヤローが俺の隣で怒鳴って稀に阿呆な万事屋連中と騒いで、そんな『日常』以外要らねェんだから。
だったらやるしかない。
全部全部暴いてやるんだ。あのヤローが何を考えて誰を想っているのかを。
どう足掻いたって俺はあのヤローを『信じ』ちまってるみてェだから、でも俺は『日常』にいる『土方さん』しか要らねェから。

きっと俺は探さなきゃいけねェんだ。あのヤローの『本心』ってヤツを。

それが納得いく結果だったら良し。
もし違っていたら……、




――土方さん、ぶん殴って首輪に繋いででも、あんたを『日常』に引きずり戻してやりまさァ。




まだ若干無理やりながらも、ニヤリとドSじみた笑みを浮かべてみせると、チャイナが怪訝そうに見上げてきた。
何だかんだで、これは1つ借りなんだろうと思えて、ちょっとどころじゃねェほどムカついた。借りパクならよくやるが、意図せず作った借りは性に合わねェ。
まぁ、とりあえず今度会ったら酢昆布でも恵んでやらァ。勿論タバスコエキスをしっかり染み込ませたヤツだけどねィ。

そういえば、いつだったか買ったタバスコをたっぷり含ませたあのケーキ、ヤローに渡しそびれたままなんだったっけ、なんて思い出して、やっぱり俺は『日常』を想う。


そう、鬼神はただ『ここ』だけを、居場所にしていればいいのだから。





(幼くも強欲な願いを抱いて)