Side:銀時



「いつから……?」

――いつからお前と高杉は繋がっていた?


囁きに近ェ声で尋ねると、土方はクッと喉を震わせて嘲笑を漏らしてきた。

「そんな事が何か関係あんのか?」

「紅桜の時、真選組の出動は不自然に遅かった! だけど妖刀に乗っ取られた時、俺らに依頼をしてきたお前ェは……!」

あれが嘘だったのか、あの時のお前は嘘だったのか?
俺が認めたお前は嘘だったのか!?


「全部ホントで、全部ウソだよ、万事屋」

嗚呼、なんでお前ェはそこで見た事ない程艶やかに嗤うんだ……。


「伊東の件は真選組の目を幕府中央から引き離すのが第一の目的だったからな、正直あれだけ組の戦力を削れたら成功も同じなんだよ」

淡々と、妖しい色を浮かべた唇は、凛とした音で絶望的な言葉を織り成していく。

「俺があの時なした行動は“アイツと会う前の俺”があの状態に陥ったら必ず為しただろう行動だ。まだバレるワケにゃァいかなかったしな、多少アイツに不利に働いても行動しとかなきゃ誰かに気付かれてたさ」

「それは、鬼兵隊の密偵だって、真選組にバレる危険があったからって意味か?」

「アホか。“アイツの”密偵、だ。嗚呼、でも勘違いすんなよ? 紅桜の件は、ありゃァ単純に高杉派と桂派、勝手に潰し合っとけっつー漁夫の利を狙ったお上の命令だ」

そこまでを、俺が知らない笑みを履いて明かした土方は、ふと眉を寄せて不機嫌な面持ちを作った。
それは俺の今まで見てきた土方と同じ表情だったけど、流れ落ちた声は全く“土方”らしからぬ意味を持っていた。

「つーか、ンな事ァもういいだろ。俺ァちゃんと正直に答えてやった。今度はテメエが応える番だぜ? アイツの手を取るか否か」

「……そんな事を、土方の声で言うんじゃねェ。土方が穢れる」

「はっ、馬鹿馬鹿しい。てめえが俺の何を知ってる」

「少なくとも“てめえ”よりは知ってる」

なぁ、違うだろ土方。お前はそんなんじゃねェだろ。
お前は誰よりも自分に厳しくて、他人に厳しくて、だけど結局はひたすらにお人好しで、見捨てられなくて、危なっかしいほど真っ直ぐで、護りたいモノの尊さを知っている。そんな男だろ?
ギッと殺気すら込めて睨み付けても、この男はクツクツとした笑みを深めるだけで萎縮した気配を見せない。それどころか俺が殺気を見せたことに心底愉悦を湛えている。
その表情は本当にアイツそっくりだ。


――何がお前をそうした?

――何がお前をそうさせたんだ土方。


あれだけリンクしてた思考回路が噛み合わなくて、ワケの分からねェモンに変貌を遂げている。




だけど、


「だけどな土方、今更だっつってるだろ? 俺はもう大事なモンを放したりしねェよ。それを邪魔するなら例え昔の同志だろうと今の腐れ縁だろうと容赦はしねェ」

それが真実。
それだけが坂田銀時の真実。

――“土方”なら知ってるだろ?


「あぁ知ってるぜ。言ってはみたが、別にてめえが乗ってくるとは思ってねェよ。一応だ一応」

「は?」

「“戦争”なんだよ、万事屋」


唐突に前言を翻して話の繋がらねェ事を言い出した土方に、出来のいいとは言えねェ天パな頭が疑問符とタッグを組んでタップを踊った。

「戦争がなんだよ」

「あの戦争は人を狂わせた」

「はぁ?」

「攘夷戦争。ありゃァ人を鬼に変えた。自分と他人に興味を持たず、ただただ大事なモンだけに執着する。そんなモノに人を変えた」

そう言い切る土方には、何かしらの根拠があるようで。それはお前がアイツと共にいて感じたことか、と問い詰めたくなった。
万人が万人、同じ経験をしたところで同じ考えを持つとは限らない。俺にアイツを当て嵌めるな、と。同一視するな、と。
怒鳴り付けてやりたかったけど、ふと悟ってやめた。だって、ついさっき、俺は言ったんだ。

「大事なモノのためなら、昔の同志も今の腐れ縁も切り捨てられんだろ? だったら誰だか知らねェ有象無象なんざどうなってもいいじゃねェか」

土方の言う通りの言葉を……。


「桂もこの話に乗ったぜ? 紅桜で別離したアイツらを引き合わせたのァ俺だからな。勿論坂本も同意済みだ。後はてめえだけなんだよ」

「………」

「てめえの大事なモンにゃァ手は出さねェ。アイツは俺に甘いから俺が直々に掛け合ってやる。この際だ、無理に手を貸せたァ言わねェ。ただ手を出すな」

「……ひ…じかた、」

「なぁ“白夜叉”。このままじゃまた全部亡くすぞ。ガキ共も、かぶき町も、アイツに協力している桂も坂本も、アイツ自身も、それと……、」


――俺も、な。











チクショウ。


土方の囁いた最後の言葉に、心底恐怖を覚えた俺は、きっとずっと前から気付かなかっただけで、“そう”だったんだ。
だから、アイツと同一視されていたんじゃないかと思ったとき、あんなにも怒りが沸いた。

それは別に、土方が言ったように大事なモノ以外どうでもいいということの方じゃなくて。
たぶん、俺はこいつを護りたかった。
身体をじゃなくて、心をじゃなくて、全部ひっくるめて土方十四郎という人間を護りたかった。誰よりも自分に厳しくて、他人に厳しくて、だけど結局はひたすらにお人好しで、見捨てられなくて、危なっかしいほど真っ直ぐで、護りたいモノの尊さを知っている。そんな男を。

二度目の出逢いからしてお前はたったひとりで決着をつけに来た。
沖田の姉ちゃんのときだって、お前はひとりで戦いに行ってひとりで泣いていた。
伊東のときは、頼ってくれたと、少しほっとした。
お通のファンクラブのときに、他の真選組の奴らにも協力をしてもらっているのを見て、良かったと思えたけど、見廻組のとき、結局全部ひとりで請け負おうとするお前に、俺は。

何もかもひとりで抱えこんじまう馬鹿だと思った。
だから、俺がいるって言ってやりたかった。抱き締めてやりたかった。

そうだ、抱き締めてやりたかったんだよ。


きっとずっと前から気付かなかっただけで、俺は土方が好きだった。






「なのに、なんでだよ!」


万感を宿した叫びを上げて、俺は膝から崩れ落ちた。
みっともなく流れる涙を、白い指が伸びてきて、そっと拭った。

好きだった。
好きだった。
好きだった。


「好き“だった”んだよ……」

お前じゃない“お前”が、とても。




「…………悪ィ」

てっきり嘲笑されると思っていた告白だっただけに、そう返ってきたのには驚いた。
ハッと顔を上げると、哀しそうに瞳を揺らす“いつもの”土方がいた。

「ひじかた」

「悪ィ」

俺の目尻に手を添えたまま謝る土方を見ていて、唐突に悟った。
もしかしたら、お前も“そう”だったんじゃねェの? と。
だとしたら、俺がもっとはやく自覚していれば、もっとはやく抱き締めていれば、お前は“お前”で在ってくれたんじゃねェのか……?

ゆっくりと離れていく手を、握ることは俺には出来なかった。
俺はまた一番大切なモノを護ることが出来なかったんだから。

今度はそれと気付かない間に、静かに手のひらからこぼれ落ちてしまった。





(好き“だった”んだよ。お前じゃない“お前”が、とても)