Side:沖田



最近見廻りは俺一人ですることが多くなっていた。俺の言い分を信じねェ奴らと一緒にいると、どうしょうもねェ焦燥に襲われるし、何より『土方』といることはズキズキして耐えられやしねェ。
嗚呼、ヤローのことは大嫌ェだったハズなのに、いつの間にヤローのことをこんなにも信頼しちまってたんだろう。
裏切られたことに『裏切られた』と悲しんじまうぐれェ。




……暗ェ。

ふと空を見ると、明るさの欠片もない見事な曇天だった。泣き出しそうな空に俺は顔をしかめる。
鳥が一匹飛んでいる。周りにゃ誰もいなくて力尽きるのを待っている。このままじゃ墜ちるしかねェのに、どうすりゃいいのか分からなくて、ただ今まで通りひたすら飛び続けている。
そうだ、分からねェんだ。
『土方』を野放しにしていていいわけがねェ。だけど足りない頭じゃ解決策なんて思い浮かばないし、誰も『土方』が裏切ったことを信じねェから他人の意見も聞けもしねェ。

動けねェんでさァ、土方さん。
まだ何かの作戦じゃねェかって馬鹿げたことを、それでも頑なに願ってる俺じゃァ……。




「オイ、いつまで道のど真ん中で突っ立ってる気ィアルか。ケーサツが市民のメーワクになってるんじゃないネ」

突然後ろから、そんなムカつく声と共に脛に衝撃が走った。
たぶんこりゃァ蹴られたんだな、なんて他人事のように思う。。

「……なんでィ、チャイナか」

いつもなら倍返しにしてやるけど、今はそんな気分にさえもなれなくて。失せろと言外に匂わせて睨んでやった。

「そんな死にかけの目で睨まれても怖くないネ。こちとら銀ちゃんで死んだ目には耐性ありありヨ!」

フフン、とたいして自慢にもならねェことを大見栄きって、桃色の髪をふわりと揺らす。
そして、その勢いのままに、「だから何があったか教えろヨ!」と、高圧的に言い放ってきた。

「何が『だから』でィ。話が繋がってねェじゃねェか」

「…やっぱオカシイネ。お前はそんなマヨラみたいな常識的ツッコミをするキャラじゃないはずヨ。お前バカにしてストレス発散しよーと思ったのにそれじゃ調子狂うアル」


だから言え、とでも言いたいのか。
意図せず、チャイナのツンと尖らせた唇から出てきた『あのヤロー』を指す代名詞に、どきりとした。




「ストレス発散なら他当たれ」

「嫌ヨ、なんでお前の意見聞かなきゃならないアルか」

「だったらなんでこっちもテメエのストレス発散に付き合わなきゃなんねェんでィ」

「うるさいネ! お前が元気なかったらなんか嫌アル! ワタシのためにもさっさと元気になるヨロシ!」

チャイナは俺に指を突き付けて、そう宣言してくる。
馬鹿馬鹿しい。ガキ臭過ぎて嫌になるぜィ。
身長が俺より低いから自然と上目遣いで「おいサド?」なんて小首を傾げてきやがる。その視線が純粋過ぎて真っ直ぐ過ぎて、どこか『あのヤロー』を思い出させた。勿論『あのヤロー』に関しちゃソレも演技という偽りだったに違ェねェんだろうがねィ。




「だったら、お前は」

――もし旦那が夜兎の力目当てにお前を養ってると知ったら…どうすんでィ?


だからだ。目の前のチャイナ娘が余りにも『土方さん』と同じ眼差しをしてたから、思わずそう尋ねてしまった。
純粋で真っ直ぐでお人好しで、なのに意地っ張りで偽悪ぶって。俺の知らねェ『土方』じゃない、俺の知ってる『土方さん』の心の内をコイツなら教えてくれる気がした。

「おいチャイナ」

もしお前の大事な奴がテメエを裏切ってたのだとしたら?
最も自分が傷付く裏切りをしてたのだとしたら?

嗚呼ホント、笑えてくらァ。
あんだけ散々嫌っておいて、『土方さん』がいなくなった途端『大事』だの『傷付いている』だの自覚するとはねィ。




問いかけた声は情けねェぐれェ震えていて、俺を見上げるチャイナの眼も痛そうに揺れていた。

「……銀ちゃんは、そんなことしない」


その時、脳裏に蘇ったのは、俺の悪戯にムキになりながらも最後にゃ仕方ねェと苦笑いする『土方さん』と、あの日艶やかで残酷な微笑を浮かべて俺を切り刻んだ『土方』と。
鬼と呼ばれるヤローと、鬼神と感じたヤローと。

ずっと一緒にいたつもりだった。ずっと近くにいたつもりだった。
結局ヤローと俺は、誰よりも同じ想いを持った同志のハズだった。護りたいモノは、たったひとり、たったひとつ、同じのハズだった。
同じ想いを、そのハズだったのに……。


なぁ、

今あんたは何を想ってるんですか?





(誰に尋ねたら答えてくれますか?)