Side:沖田



「…あのヤロ、何してやがんでィ」

俺がソイツを見つけたのは、全くの偶然だった。


仕事をサボり、たまたま出会った万事屋の旦那と色々話していたら、いつの間にかすっかり夜だった。
え? そんなに何を話してたかって? パンピーは知らない方が身のためでィ。

俺が私服の土方さんを見かけたのは、屯所に向かってる途中だった。何かあった時のためにと、アノヤローが夜中に屯所の外を彷徨くのは珍しい。
俺はそんなヤローが気になって、とりあえず面白半分に後をつけてみることにした。
まぁどうせスーパーにマヨ買いに行ったというオチがせいぜいだろうがねィ。

土方さんは建物の影で立ち止まった。つけ始めて5分。どうやらここが奴の目的地らしい。
ヤローはかなり辺りを警戒していたから、大してつけなくても良かったのは幸運だった。癪だが俺でも悟られずに尾行するのは正直キツかった。
俺も物陰に身を潜めて気配を殺した。
真夜中に野郎をつけて酔狂な、と自分自身を思わないでもないけど、やっぱり俺にとっての優勢事項は土方さんを弄るネタを掴み、苛め、脅し、延いては副長の座を頂くことだから。


「よォ土方。待ったかァ?」

少しして俺の耳に楽しげな笑いを含んだ男の声が聞こえてきた。
……誰でィ?
瞬時に記憶を辿ったけど、聞いたことない声だ。

「あぁ、待ったさ。時間指定したのァてめえだろ」

「くっくっ、こっちも忙しいんだ」

「馬鹿言うな。俺だって朝から晩まで攘夷浪士の取り締まりで忙しさなら負けちゃいねェよ」

そう言うが、土方さんの声もどこか笑いを含んでいる。
チッ、野郎同士の逢い引きかよ。つまんねェモンに時間を無駄にしちまったぜィ。
まぁ、逢い引きと言っても、どうせあの仕事馬鹿のことだから、ちょいと表にゃ出れねェような情報屋とかなんとかと会ってるんだろう。まったく、勤務時間外労働も甚だしいってモンでィ。

興が削がれて、帰ろうとしかけた俺に、男のとんでもない台詞が飛び込んで来た。


「その攘夷浪士共を上手く逃がしてる奴が何言ってやがる」




……え?


驚愕する俺に土方さんの声が追い討ちをかける。

「それをバレねェようにするのが難しいんだよ。俺ァかなり頑張ってる方だと思うぜ? なぁ、高杉?」

たかすぎ? 高杉晋助!?

いくら職務怠慢な俺でもその名は知っている。
よく見てみれば確かに男の格好は高杉の手配書の特徴と一致している。

まさか土方さんアンタは……!

俺の心の悲鳴なんざ無視して、土方さんが高杉の首に両腕を回した。

「ん……そういや今日は中谷っつー攘夷浪士…パクった。あいつァ雑魚だから……いいだろ? スパイがバレねェいい目眩ましになる」

「バレたら…抜けりゃあいいっつってん……だろォが。万斉の野郎は…俺よりてめえの立てる作戦の方…信用してやがるし、ヅラは土方にスパイをさせる事を…説教に来やがるし……。つか土方てめえ…ヅラに俺への報告、伝言させんじゃ…ねェよ。あの馬鹿『今日も土方と喋ったぞ』って自慢してきて…ウゼェんだよ」

「あ? だっててめえと…会うのァ月1がやっと…だし、万斉は……てめえの立てる作戦が過激すぎんのが…悪ィんだろ」

奴らは抱き合ったまま唇を掠め合って話している。嗚呼もうこりゃあ『確実』だ、なんてぼんやりと思った。
それは諦めにも脱力にも似た何かだった。目の前の光景になんの感情も湧いて来ない。
頭が痛ェ。
耳を塞いでも奴らの会話は耳に届く。頭ん中で反響してガンガンする。
気持ち悪い。

「あ? 土方お前ここちょっと焦げてんぞ。一番隊のガキか?」

高杉が土方さんの襟元を指差す。

「ああ総悟がバズーカをな……。少し前のことだが」

「おいおい、てめえはそんなモンじゃ掠り傷も負わねェだろ。つか前からなら着流し代えろや。それとも俺に選んで欲しかったか?」

「それァ死んでもねェよ派手男。いざ奴らと剣を交える時にあんまり手の内バレてても困んだろが。じゃれあい程度の総悟の攻撃ぐれぇは適度に受けた方がいんだよ」

くだらねェことで本気晒してどうすんだ、と嗤う男を俺は知らない。
冷徹を装う傍らで、俺の悪戯にはいつもムキになって突っかかってくる、真っ直ぐな人しか俺は知らない。

「は、わざととかマゾかてめえ」

「ぴったりだろ、お前に」

クスクス、クスクス、奴らの笑い声に、麻痺していた心から、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。
イラつく。
気持ち悪い。
こんなのは違う。
気持ち悪い。
気持ち悪い!

あんたはいつもそんな風に思ってたんですかィ!?




「……さん」

思わず呟いた言葉に気付いた2人が俺の方を振り返る。だけどもうどうでもいい。『土方』は見たことない酷薄な笑みを俺に向かって浮かべた。
それはまさしく鬼の顔。よく人外の者は美しいと言うけれどそんなモンじゃない。月を背負った艶やかな鬼神……。
俺はそんな考えを振り払って腰の愛刀を抜いた。高杉なんざ目に入らない。俺の意識の矛先はたった1人。
嗚呼、イラつく。

「土方十四郎、局中法度に則って粛清しまさァ」

ヤローが作った法度に則ってヤローを粛清するなんて、滑稽にも程がある。
だけどイラつくから。その表情がどうしようもなく。


「これで副長の座は俺のモンでィ」

目から雫が落ちたけど、これはヤローとのニセモノの絆が溶けて溢れた証。
その雫を見て、鬼神はただ嗤う。





(葬送曲、何かが壊れる音がした)