寸分の隙間なくきっちり閉まった厳つい門を見るたびに、開け放しということも多い真選組の方が親しみやすいんじゃねェかと思えてくる。
顰めっ面で周囲を睨め付けて警戒しているようで、その実、ただ立ってるだけの門番に、うちだったら扱き直しだなと内心評価を下す。門番なら侵入者だけじゃなく、通行人にも気を配れってんだ。
入口からして息苦しいここ――奉行所は、やはり性に合わないと思った。



 *



「はぁ!?」

アポなしだったために随分と待たされて、ようやく奉行所の所長とお目通りが叶ったかと思えば、そこで告げられた内容はあまりにも信じがたいものだった。
大きなデスクが大きな窓を背景に堂々とした存在感を醸し出し、ふわふわした 臙脂色のカーペットとご立派――たぶん――な観葉植物が出迎える。
そんないかにもお偉いさんの部屋といった没個性的な所長室で、重役用のオフィスチェアに身を沈める奉行所所長を、思わず立場も忘れて睨み付けた。

「だ、だから、とにかく近藤君を解放するわけにはいかないんだよ」

おどおどと、いかにも温室育ちといった様子でそう繰り返す男に、いっそ総悟に任せりゃ良かったと物騒な考えがよぎる。あいつなら簡単に近藤さんを引き取る許可を取り付けて来れるだろう。
もちろん、そんな下手すりゃ死人の山が築きあげられそうな手段、本当にするわけにはいかないが。
予想外の奉行所の対応に苛立ちをぶつけるように、所長の胸ぐらを掴みあげて「どういう意味だ」と凄めば、「上からの命令で……」と答えになっているようでなってない回答が返る。
上というのは幕府だ。
なぜかは分からないが、幕府としては少なくとも今は近藤さんを返す気はないらしい。奉行所から引き取りの要請がなかったのはだからか。

「どういうつもりなん、ですか」

ふと立場の違い――あくまでも俺は副長だ――を思い出して、落ち着け落ち着けと、無理やり敬語に切り替えて尋ねる。が、別に答えは期待していない。単に冷静さを取り戻すためのツナギとしての質問だった。
上の命令だと言うのなら、意向を知らされていない可能性が高いからだ。政権を握る幕府というものは、いつの時代も総じて秘密主義だ。

「それは…我々にもよく……」

寄越された返答は予想通り、要領を得ない曖昧なものだった。真選組の局長を目的も分からないまま拘束し続けるまずさは向こうも理解しているのか、こちらと同様いささか戸惑っているように見えた。
いつもと変わらないストーキングが、まさかの厄介ごとを引き起こしてくれたらしい。
とりあえずこのままここにいても事態が好転することはなさそうだと見切りをつけて、掴んでいたままだった胸ぐらを放す。
脱力してズルズルと壁伝いに座り込む男に、「すみませんでした」と取り乱したことをお座成りに謝罪して退出した。これじゃあ総悟に無礼だなんだと叱れねェと自嘲しつつも、いや、奴なら建物半壊させてたなと思い直す。


車に戻ると、運転席の原田から気遣わしげな視線を向けられた。
嗚呼、なんだ。そんなに酷い顔でもしてるか、俺は。
相手に対してか自分に対してか判断はつかないが、幾分嘲りの混じった苦々しい気持ちで口角を吊り上げた。

「どうかしたんですか?」

「どうかしたように見えるか?」

「気分転換に屯所まで遠回りして戻ろうかと迷うぐれぇには」

「はっ、いらねェ世話だな。寧ろ一刻も早く屯所に戻せ」

「事件で?」

「分からねェ。とにかく監察方を動かしてェ」

近藤さんが解放されない。
そりゃ確かに犯罪行為で拘束されたわけだし、全面的にこっちに非があることも重々承知している。
だが、府に落ちねェというか、何かが不自然というか、なんとなく第六感と呼ばれるのだろう部分がざわついていた。
だって今までなら、被害届が出されていないことを幸いと、厳重注意で仕舞ェだったじゃねェか。まぁ流石にそろそろ罰金とか処罰がくだる頃合いだとは薄々感じていたが、だからといって面通しさえも出来ねェもんか? 同じ警察官の、しかも副長でも?

「……確か今日山崎が内勤だったよな?」

「知りませんよ、あんたじゃあるまいし、自分の隊以外の奴らの勤務日程なんて。特に山崎はマジで副長以外把握してないんじゃないんですか?」

あいつってほら真選組隊士ってより副長の部下って感じですし、と馬鹿正直な子犬を愛でるような声音で原田がケラケラからかう。
それもそうかと納得すると同時に、それじゃあ困るんだがなとも思う。

「もし俺がいなくなったらどうすんだよ」

溜め息とともに零した言葉は、ただの軽口のつもりだった。
少なくとも、この時点では確かに紛れもないジョークでしかなかった。
だから、俺の口調に真剣味が感じられなかったからか、原田も世間話の延長のように明るく笑った。

「ああ、そういえば武州にいた頃は沖田隊長よりもサボリ癖がひどかったもんなァあんた。実践練はともかく、基礎練の時間になるたびにいなくなる土方さんを捜して捜索網が……」

「や、め、ろ」

耳の痛い過去に頭を抱えて唸ると、昔馴染みの気安さで爆笑された。
こいつ後でぶっ殺す。
そんな会話をしていたためか、近藤さんについて一抹の不安を抱きながらも、車は比較的和やかな空気のまま、いつの間にか屯所に到着していた。

事態が大きく動いたのは、その直ぐ翌日のことだった。