Side:沖田



「これはどういう事ですか!」

普段から地味で大人しいコイツにしては珍しく、そんな感情を剥き出しにした怒声と共に、俺の顔面に資料の紙束がバサバサと叩き付けられた。
チクショウ山崎のくせに、てめえ後で覚えてろィ。


「返答次第では幾ら隊長とはいえ、容赦しませんからね」

一体てめえ誰に向かって口聞いてんだと、かましたくなるような台詞に、それだけ余裕がねェのかと悟る。アノヤローは随分とこの地味を手懐けやがったらしい。

「ほー、いい度胸でィ山崎。ラケットの柄折ってケツから突っ込んでやろうか?」

大好きなミントンと一体化できるぜ? と、ニタリと質の悪い笑みを顔に貼り付けて背景におどろおどろしたドSオーラを飛ばして見せてやる。
だけど、てっきり『ギャァァァァ、スンマセーン!』とか言う土下座が即座に返ってくると思ったのに、資料室の入り口で肩を怒らせる山崎が実際返した反応と言やァ、常にねェふてぶてしさで俺を睨み付けることだった。


嗚呼そうだ、いつもそうだ。この弄られ勝ちで弱気な地味野郎は、ただひとつアノヤローが絡むと途端に強気な態度で真っ向から対峙してきやがる。
全くもってあの鬼は…人を味方に惹き込むのが上手いこった……。

月を背負った『あの日』の微笑が脳裏に蘇る。
いつだってその馬鹿野郎は心底本気で糞ムカつく野郎だ。
近藤さんも姉上も山崎も原田も皆惹き込んで。なのに、俺も、って、気付いた時にはいなくなっていて。
まったく血は争えねェみてぇだ。
結局俺も姉上と同じでアンタに置いてきぼりにされた一人でィ。そりゃ確かにアンタは今もこの屯所で変わらず仕事して生活して、怒鳴って殴って笑うけど、やっぱりアンタは『ここ』にはいない。

遠い、土方さんが。
遠い、遠い。
遠くて欠片も見えねェ。
アンタの心が見えなくて、繋がらなくて。

思った瞬間ズキンと、あの日チャイナに会って決意を固めたことで、封じ込めたハズの痛みがまた内臓を締め付けた。

でも駄目だ、俺はもう立ち止まってちゃいけねェから。
なァ、そうだろィ?
内心で問いかければ、明るい春色の髪がふわりと微笑んだ。


持ち主の意思に反してじんわりと熱くなりつつある聞かん坊の目頭を叱りつけて、土方さんをからかうために身に付けた無駄なまでの演技力で『ドSな一番隊隊長』の仮面を被って笑う。
一向に悪びれた様を見せねェ俺に苛立ったのか、山崎はやけに冷静…いや、冷徹な声で言葉を紡ぐ。

「ミントンのラケットなんて幾ら折っても構いませんよ。それより俺としてはこの資料の説明をして欲しいですね」

そう吐き捨てて、口調と同じく冷たい目線をさっき投げて来た紙束に送る。
あーあーよくぞ、この土壇場で冷静になれるモンでィ。ってェか非情になれる、か?
土方さんがかつて言ってやがった『山崎ほど監察として向く性格の奴もいねェよ』のホントの意味を、なんとなく実感した気がした。

「資料の説明ィ? そんなモン見たら分かるだろが。土方コノヤローの素行調査でさァ」

「素行!? ふざけんのも大概にして下さい! 何ですかこれは! 副長が一人で外出した際の尾行記録、非番の日にした内容、書いた私信の写し、接触した人物の身元調査! 最初はまた副長の弱味でも探してるのかと……でもこれは、この資料の内容はまるで副長が……!」

「流石アノヤローの命令でスパイを炙り出すのに慣れた奴でィ、察しがいい」

「隊長……!」

否定して欲しかったんだろう、山崎の馬鹿みたいに悲痛な声がした。




「俺は土方さんの裏切りの証拠を探ってんだ」

「ッッいい加減にして下さい!」




嗚呼、その怒りに満ちた眼が哀しくて哀しくて。

向けられた瞳が映したのは驚愕ですらない非難で、かけられた言葉は『嘘でしょう!?』でも『何で副長を疑ってんですか!?』でもない、完璧に俺のした行動“だけ”を咎める言葉だった。
俺が独り道化を演じているんだと、決め付けてかかるコイツの台詞は、信頼というより盲信といった方がしっくりくる『副長への忠誠』を感じさせる。山崎は土方さんが大坂に出張した時に連れて帰って来た奴だから、正確に土方さんと山崎の間にどんなことがあったのかは誰も知らねェ。土方さんはベラベラ触れ回るような人じゃねェし、山崎は山崎で地味過ぎて、素性や事情を他人に気にさせることなく真選組に溶け込んだからだ。

だけど、だけどな山崎。
てめえの様子から、たったひとつ分かったことがあるんでィ。

俺は頭は空だけど鈍いワケじゃねェ。
てめえのことぐらい分かんだよ。
俺だって何年一緒にいると思ってんだ。

頼むからせめて、てめえぐれぇは、それが俺の自惚れだったなんて思わせないで……。


「ホントはてめえも土方さんのこと疑ってんだろ?」

俺を睨んでいた眼が、今度こそ驚愕に見開かれた。





(見えなくて、触れられなくて)