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周りを見渡せばユリアシティの住人ではない者たちがチラホラと見当たった。
セントビナーの崩落を目の当たりにし、自分たちがまさか浮いていた大地の上で生活をしていただなんて、と口々に不安を漏らし表情は非常に堅い。
無理もない話だ、一足先に魔界へ訪れたことがあるサシャたちですら状況は把握しきれていない。
ふとユリアシティの無機質な通路内を足を引きずりながらも走りセントビナーの人々に声をかける少年が見えたのでサシャは足を止めた。
足を止めたサシャの視線の先をジェイドは見やり同じ様に足を止めて口を開く。


「貴女が救出した少年ですね」
「ああ、無事助かったんだね、良かった。怪我の治療は受けていないのか?」
「傷跡は見当たりません…憶測で物は言いたくないですがもしかすると心因性のモノかと。彼は私たち以外でアクゼリュス消滅の際のたった1人の生き残りですから」
「そう、か。でもジョンはこうやってセントビナーの人々を励ましている。逞しいな」
「この状況であのように励ませるのは誰もが出来ることではありませんからね。…さ、皆さん会議室の方へと向かっていきました。行きましょうサシャ」


コクリと頷いてもう一度だけジョンの姿を確認するとサシャはジェイドと共に会議室へと足を運んだ。
ユリアシティへ訪れた際サシャ自身は会議室にまで足を運んでおらず、大きな扉から部屋へと入り込み天井を見上げた
少々首を傷めてしまいそうなくらいには高い天井と奥の方まで長く続いている会議テーブルの最奥の席にテオドーロはもう既に座していた。
既に自分たち以外が会議の準備はできていた様で慌てて席に着けばテオドーロが咳払いし、ルークが口を開く。


「単刀直入に伺います。セントビナーを救う方法はありませんか」
「難しいですな…ユリアが使ったと言われるローレライの鍵があれば、或いは…と思いますが」
「ローレライの鍵?それは何ですか?聞いたことがあるようなないような…」
「ローレライの剣と宝珠のことを指してそういうんですよ。確か、プラネットストームを発生させる時に使ったものでしたね。ユリアがローレライと契約を交わした証とも聞きますが」
「そうです。ローレライの鍵は、ユリアがローレライの力を借りて作った譜術武器と言われています。ん…?どうかされましたかな。」
「…っ…!いえ、なんでもありません」


ローレライの鍵という言葉にサシャは何故だか身体がブルりと震えた。
一瞬何者とも取れないような男の声が脳裏に響き勢いよく後ろを振り向いたところでテオドーロはサシャに声をかけた。
背後には誰もおらず、声の主には全く検討もつかない。ルークも反応していないしアッシュでもないことは確かだった。
男は”解放しろ”とだけサシャに言い残したのだった。目まぐるしい日々に疲労が祟って幻聴まで聞こえる様になったのかと肩を竦めていると、話はトントン拍子で進んでゆく
セントビナーの再浮上は無謀だと語るテオドーロに一行は頭を抱えると、テオドーロは渋い顔をしたまま大地に飲み込まれない程度の抵抗はできるかもしれないと呟いた。
一つでも希望があるのならばとルークは前のめりになってテオドーロに方法を催促する。


「セフィロトはパッセージリングという装置で制御されています。パッセージリングを操作して、セフィロトツリーを復活させれば、泥の海に浮かべるくらいなら…」
「セントビナーを支えていたセフィロトはどこにあるんです?」
「シュレーの丘ですな。セントビナーの東の」
「そこに行けばセントビナーを救えるかもしれないってことか」
「そういえばタルタロスから攫われた時、連れて行かれたのはシュレーの丘でした。あのときはアルバート封咒とユリア式封咒で護られているからと、心配していなかったのですが…」
「アルバート封咒はホドとアクゼリュスのパッセージリングが消滅して消えました。しかしユリア式封咒は約束の時まで解けないはずだった」
「でも総長はそれを解いてパッセージリングを操作したってことですよね」
「そうです。どうやったのかは私たちにもわかりません」
「ヴァンの狙いはイオン様を誘拐しダアト式封咒を解咒するところから、アクゼリュスの消滅に至るまで全て計画的だった。ってことか」


サシャの言葉にイオンとルークの瞳が揺れる。
2人とも利用された被害者であることは間違いない、自分がやった行動がこうも綺麗に一つの黒幕の元で踊らされているものだった。
ユリア式封咒の解除の仕方を考え込んでもセントビナーの崩落は待ってくれないとジェイドは踏んだのか、パッセージリングの操作法をテオドーロに訊ねる。
第七音素が必須だというパッセージリングの操作にガイが今度は得意げに言って退ける


「それなら俺達の仲間には、3人も使い手がいるじゃないか」
「私とティアとルークですわね」
「あとはヴァンがパッセージリングに余計なことをしていなければ…」
「それは行ってみないとわからないわね」
「ヴァンが操作済みなのであれば或いはユリア式封咒の解除は心配いらないかもしれない。行こうみんな」
「セントビナーの東あたりなら、多分街と一緒に崩落してるよな」
「恐らく…兎に角アルビオールへ急ぎましょう」


作戦としてはほとんど行き当たりばったりになってしまうことは目に見えていたが、背に腹は変えられない事態なのは全員が重々承知だ。
アルビオールへと移動しノエルに進路を伝えると彼女はテキパキと操縦をこなしあっという間にシュレーの丘まで到着した。
辿り着いたものの、入り口が見当たらずに頭を捻ったがミュウが吐く炎が大いに入り口まで導いてくれることになる。
さすがはユリアと縁のある聖獣だ


「ミュウ、お手柄だったな」
「ミュウ!お役に立てて嬉しいですの!」
「ここです。間違いありません」
「扉が開いてるですの」
「奥へ行ってみよう」


隠されていた扉を通り抜けて真っすぐに進むとユリアシティとは段違いなまでに無機質な光を放つ音機関が目白押しだ。
ガイは目を輝かせてはすぐに曇らせる。音機関が好きとはいってもどう操作すれば良い代物なのかわからなければ下手に触ることも出来ない。
第七音素を使用して制御するにしても途方もない音機関にルークは眩暈を起してしまいそうなほど辺りを見渡している。
が、そうこうしていられるのも束の間。イオンがパッセージリングを前に険しい表情を浮かべている。


「…イオン様、どうかされましたか?」
「おかしいです。これはユリア式封咒が解咒されていません」
「どういうことでしょう。グランツ謡将はこれを操作したのでは…」
「えーここまで来て無駄足だったってことですかぁ?」
「読み違えたか…一体どうしたら」
「何か方法がある筈ですわ。調べてみましょう」


一筋縄ではいかないとは思っていたが、セフィロトの入り口にはいる同様によくよく辺りを見渡していくと仕掛けが施されている箇所がある。以前その仕掛けが突破された痕跡も見える辺りヴァンはここで何かをやったには違いなかった。
手分けをしながら仕掛けを解いてまたパッセージリングの前へと戻るが特に変わった様子はない。
根気強く辺りを探し一行は少し諦めかけていたところで、サシャは中央に設置されていた譜石を覗き込むが特になにも変化は現れない。
そのままサシャは通り過ぎ、丁度その後ろにいたティアも同じ様に通り過ぎた所でナタリアが声をあげた。


「ティア!ちょっとその譜石に近づいて下さる?」
「…?いいけど」
「ナタリア…?どうしたんだ?」


見ていればわかります。とサシャの問いにナタリアとティアを見つめていると近づいた拍子に閉じていた筈の譜石が光りだしゆっくりと開く。
その場にいた全員が驚くと、更にティアの身体に青白い光が吸い込まれていき、上空に今までにはなかった円形の操作盤らしき文様が浮かび上がった。
円形の操作盤の数は10。内5つは周りが赤く光っており更に赤字で古代イスパニア語で警告文が記されていた。
ティアに反応した理由は定かではなかったが、まずここで第一関門を突破できたことには変わりない。
ここからが本番になる訳だが一行の肩の力が一瞬緩む。
険しい顔のままのジェイドに並んでゆっくりとサシャも古代イスパニア語を解読する。


「これは…ジェイド」
「えぇ…グランツ謡将、やってくれましたね」
「兄が何かしたんですか!?」
「セフィロトツリーが再生しない様に、弁を閉じています」
「どういうことですの?」
「暗号によって操作をできないようにご丁寧に施していったってこと」


暗号の所為でセフィロトは機能しておらず、セントビナーは崩落したということになる。
この手の暗号はジェイド自身であれば解くのは可能ではあったがジェイドは第七音素は使用することはできない。
解くことの出来る頭脳があっても術がなければ意味がない。このままただセントビナーが泥の海に沈み込んで行くのを指を咥えて見ていろとヴァンは一行に言っているのと同然だった。
ルークは頭を抱え思い出したかのように1人で発生させることができる超振動を利用して暗号と弁を消す手段を提案するが、訓練をし始めたのは最近で超振動の制御がままならないことにティアが心配の声をあげる
それでもルークの意思は堅く、やらないよりマシだとティアは勿論皆が頷いた。
超振動を操作盤へと発生させ、ジェイドの誘導の通りにルークはセフィロトに施された暗号を丁寧に消していく
息をするのも忘れる瞬間とはこのことなのだろう。必死なルークを全員が見守り、息を飲む。
操作盤を囲っていた赤い光を消し終えると、ゆっくりとパッセージリングの下の方から白く光る無数の記憶粒子がわき上がっていく。
何かしらの変化があったのはルークにもわかったようだったがジェイドの口から成功だと伝えられるまでは安心できずに不安げに瞳を揺らしている
ジェイドはパッセージリングを見やり、一息ついた後に眼鏡を押し上げ口を開いた。


「…起動したようです。セフィロトから陸を浮かせる為の記憶粒子が発生しました」
「それじゃあセントビナーは、マントルに沈まないのね!」
「…やった!やったぜ!!ティア!ありがとう!」


はしゃぐルークはセントビナーの生存に大いに喜び、勢い余ってティアを力強く抱きしめた。
たじろぐティアなどお構いなしに抱きしめた後には熱く握手し礼をいう様にルーク以外は呆気にとられた


「ルーク…よかったね」
「…おや、私のことは褒めて下さらないのですか?」
「褒めるって…」
「私のことも熱く抱きしめてくれたって良いのですよ」
「そ、それはルークにお願いして…」
「おや…連れないですね」
「やっぱり大佐とサシャってぇ…! ん!?…ってイチャついてる場合じゃないですよぅ!あの文章を見て下さい!」


アニスは冷やかそうとした所で操作盤の異変に気が付き一際大声を上げた。
文章を見るにシュレーの丘のセフィロトはルグニカ平野のほぼ全域を占めていることを示し、ルグニカ平野と言われればセントビナーから避難していった住人たちも現在滞在しているエンゲーブもその中に入っている。
これはマズい。と全員が顔を顰める。
手放しで喜ぶのはまだ早い、現実はそう甘くないということなのだろう。ハードモードも大概にして欲しい所だが


「今すぐ外殻に戻ってエンゲーブの人たちも避難させる必要があるな…」
「大変ですわ!急ぎましょう!」


慌ててパッセージリングから走り出したナタリアをガイらが追いかけていると、ティアが1人動かずに俯いていた。
それに気が付いたルークはティアに声をかけており、サシャはその様子を少し遠目で見つめていた。
微かに顔色が優れないティアを労りながらルークが追いかけて来たので一先ずサシャはアルビオールへと乗り込みシュレーの丘を後にした。



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