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サシャは先に城から出て行ったであろうルークたちと合流するべく城を飛び出した。
自分が置いて行かれるなどと言うことはまずない筈なので街の何処かにいる彼らを捜す。といっても居場所には検討が付いていた
宿屋の前に見張り役としてついて行っていた兵士が待機している。サシャが近づいてくることに気が付いたのか敬礼をして、ルークたちが中にいることを伝えた。
ガチャリと扉を開けると生憎の戦争騒ぎで閑古鳥が今にも鳴き出しそうなほど静かで宿屋の店主はやる気のなさそうに宿屋入り口の近くにある部屋を指差した。
指を指された部屋からは話し声が微かに聞こえ、そこにルークたちもいるのだろうと気持ち程度のチップを店主に渡して中へと入る。
サシャが入って来たのもあってか一度は注目を浴びたが、ガイが自分の生まれについて話している所ですぐに視線はガイへと戻った。
ホドの生まれだと自白したガイは自分の5歳の誕生日に親戚が大勢集まったなかで戦争が始まったと物悲しそうに語る
ホドを攻め入ったのはルークの父であるファブレ公爵だ。史実に残されている
ガイは一族もろとも嘲笑しながら惨殺したファブレ公爵に復讐を誓った、そのつもりだった。と言葉が途切れた。
頃合いを見図っていたのかジェイドが前へと歩み出て口を開いた。


「貴方が公爵家に入り込んだのは、復讐のため、ですか?ガルディオス伯爵家ガイラルディア・ガラン」
「…うぉっと、ご存知だったって訳か」
「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。貴方の剣術はホド独特の盾を持たない剣術、アルバート流でしたからね」
「…なら、やっぱりガイは俺の傍なんて嫌なんじゃねぇか?俺はレプリカとは言え、フファブレ家の…」


ルークが言葉を尻窄みにしながらもガイに訴えている。レプリカであるルークはホド戦争で父が起こした出来事を知らない。知る由もない訳だがレプリカだとしても7年間ファブレ家の子として育てられて来たのは事実でガイからすればオリジナルもレプリカも関係ないのではと考えに至ったのだろう。
レプリカであるはずのルークに対してもガイの復讐心が反応したのを気にしているのだろうが、それはルークの杞憂に終わった。
全くわだかまりがない訳ではないが共に旅に行くと言う意思表示をしたガイの表情はすっきりとしたものだった。
サシャは遠慮気に笑い合うルークとガイを後ろの方で見守っていると、イオンが全員の気持ちを代弁する様に安堵を漏らす
元通りとは言えないが落ち着きを取り戻した一行はセントビナーへと向かう方向で話を進め始めたが、アニスはイオンとともにグランコクマに残ると言った。が、イオンは自分を連れて行って欲しいというのでヴァンたちに利用されてしまうくらいならイオンは連れて行ってしまおうとアニスを置いてけぼりにまとまった。
アニスはあからさまに納得いっていない態度だったが、イオンが行くと決めたら自分では止められないと思ったのか文句を言いつつも観念したようだ


「ガイもイオン様も身体に負担をかけることになりますが…陸路でセントビナーでいいんだね?」
「ああ、俺は構わないさ」
「僕も迷惑をかけないようにします」
「それでは行きましょうか」


宿屋の店主に礼を伝えてグランコクマを発とうとした所で、慌てて走って来たピオニーの身辺を警護している兵士に呼び止められた。
忘れ物を届ける様にと命じられて慌てて飛び出して来たのだろう。肩上下して息をした兵士は小ぶりな荷物をサシャへと手渡した。
広げてみれば、グミや装飾品がゴソっと入っており、このぐらいしかしてやれず悪い。と走り書きのピオニーのメモが添えられていた。
やっぱり気が変わってお前は城に戻れなどというお達しではないことにサシャが安堵していると荷物を後ろから覗き込んでいたジェイドがため息をついた。


「貴女を連れ戻しに来たのかと思いました」
「まあ、引き止められはしたけど」
「やはりサシャにもでしたか〜」
「ピオニーに一体何を話したの?」
「いえ、詳細は特には。陛下の脳内で私が貴女に良からぬことを仕出かしている可能性は拭えませんが」


やれやれ、と安堵の混じったため息をまた一つ漏らしたジェイドに対してサシャはやれやれなのはこっちだと、思ったのは言うまでもなかった。
どうせなら決して破廉恥紛いなことまでは至っていないことや恋人同士ではないと断言してくれれば良いモノなのに。
今後は小煩くピオニーから鳩が飛んでくる様な気がしてならなかった。
はあ、と深いため息をついたサシャにジェイド以外は怪訝な顔つきをしたが、説明するほどのことではないのでセントビナーへと歩を黙々と進める
崩落間近を知らせる頻繁な地震に逸る気持ちはあるがルークもナタリアも陣形を乱すこともなければ、イオンやガイを気遣っている姿が目に留まる。
セントビナーまで後数刻だ


△△△


セントビナーに到着しバタバタとマルクト軍基地へと足を運ぶとマクガヴァン親子が言い合っている声が聞こえた
ルークを先頭に扉を開けるがこちらが訪れたことには見向きもせずに口論している。
どうやらキムラスカの軍勢はカイツールを既に突破している様で、セントビナーから離れずに守りを固める必要があると訴えるグレン・マクガヴァンと、地盤沈下に伴ってアクゼリュスの二の舞になるのを恐れ民間人を逃す為に人手を割くのを訴える老マクガヴァンだ
割って入る様にルークがピオニーの意向を伝えると、グレンはジェイドへ目線をやり生きていたことに驚きを隠せずにいた。一方、老マクガヴァンはジェイドやサシャがそう簡単に死ぬ筈がないと踏んでいたのか驚きを見せることもなく、ピオニーの意向を催促する


「して、陛下はなんと?」
「民間人をエンゲーブ方面へ避難させる様にとのことです」
「しかしそれではこの街の守りが…」
「マクガヴァン将軍、陛下は民間人を優先する様にと仰せですよ。その中には貴方や爺さまも含まれているでしょう」
「この辺、崩落が始まってんだろ!」
「街道の途中で私の軍が民間人の輸送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後、西へ進み、東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」
「了解した。…セントビナーは放棄するということだな」
「やむを得ません…迅速なご理解感謝します」


グレンが確認する様にセントビナーの放棄を口にする表情にサシャは眉を下げて答える。
セントビナーを手放す判断は苦渋の決断であることには違いないが、老マクガヴァンは何よりも民間人の安全の保証を願ってか直ぐさま知らせるべく軍基地を飛び出した。年齢を感じさせない軽やかさに圧倒されるがティアやルークは老マクガヴァンに習って民間人への声がけえと走り回る。
慌ただしくセントビナーの民らが街を駆け回り、手配された軍が迅速に街の外へと誘導していたが、上空で何やら怪しい閃光がこちら目がけて墜落してくることを確認したジェイドとサシャは同時に逃げる様に叫んだ。
墜落して来た衝撃をジェイドが防ぎ身重な女性をサシャが抱えて飛び退く
砂埃が消え去った所で墜落して来たモノの正体に目を見張ったのは言うまでもない。趣味の悪い譜業だ
以前似た様な歪な譜業を相手に戦闘を繰り広げた記憶が蘇り、ジェイドは嫌悪のため息を吐く
得体の知れない譜業に恐怖で腰を抜かした少年をルークが庇う様に背に抱える
今にも襲いかかって来そうな譜業に全員が武器を取り出すと、上空から高らかに笑い声が響いた


「ハーッハッハッハッ。ようやく見つけましたよ、ジェイド」
「この忙しい時に…。昔から貴方は空気が読めませんでしたよね」
「なんとでも言いなさい!それより導師イオンを渡していただきます」
「断ります。それよりそこをどきなさい」
「へぇ?こんな虫けら共を助けようと思うんですか?ネビリム先生のことは諦めた癖に」
「…お前はまだそんな馬鹿なことを!」
「さっさと音をあげた貴方にそんなことを言う資格はないっ!さあ導師を渡しなさい!」


空気の読めないディストに辟易しながら襲い来るカイザーディストを破壊する為にサシャを除いた全員が立ち向かう。
ディストは自分の可愛いカイザーディストがジェイドを打ちのめすのを想像しているいるのかニヤニヤとしながら見下していたが、キョロキョロと辺りを見渡して椅子の肘掛けを掴んで前屈みになった。


「おや…?確かいたはずですが、サシャがいませんね」
「…呼んだ?」
「えっ?」


ディストが背後へ振り向くか否やで、背後に回って飛び上がったサシャはディスト目がけて渾身の拳を頬に打込んだ。
椅子から振り落とされまいとしがみついていたのか、椅子ごと吹っ飛ぶディストは体制を立て直した後に殴られて赤みを帯びた頬を撫でながらサシャを睨みつけて叫ぶ


「キーっ!痛いじゃないですか!私の美しい顔に野蛮な!!!」
「あーうるさいうるさい」
「なっ!私に向かって無礼ですよ!」
「無礼なのはサフィールだってーのっ!…っと!」


屋根の上に着地したサシャはもう一度ディストに殴り掛かろうと飛び込んだが寸での所で避けられてしまい、地面に着地してキッとディストを睨みつけた。
カイザーディストを壊せば戦う手段が譜業なディストは逃走するので放っておいても良かったが、あわよくば気絶させて捕縛しようとサシャは試みていた。
結果は失敗に終わり、殴られたことに警戒心を持ったディストは更に上空へと自分を移動させる。
攻撃を防いだつもりで高らかに笑うディストを無視してカイザーディストと戦っているルークたちの加勢にサシャは回る。空中で地団駄を踏むディストなど今度こそ構っている暇ではない
徐々に破壊が進んでいるカイザーディストの手足にあたる間接部を前回同様殴る蹴るするが、そこでもディストは得意げに笑う


「フン!貴女の小賢しい攻撃はカイザーディストにはもう効きませんよ!」
「っ…!」


単純に衝撃への耐久度をましているようで、以前よりも耐水も兼ね備えたようだ。
同じ轍を踏まないのは自分たちだけではなくディストもだったようで、サシャが負けじとカイザーディストを殴ると骨にジンと衝撃が響く。
カイザーディストが以前にもましてふんだんに鋼鉄を使っている所為か、攻撃する度にビリビリと電気が走った。
衝撃で震える手足を庇って体制を立て直し、ダガーでめぼしい所を傷つけて翻弄させるために走り回る。
援護役を担うティアとナタリアが一歩引いた所で強化技や回復を順番に唱えてくれており、徐々にこちらが優勢へと変わる。
結合部から白い煙が薄らと見え始めた所ですかさずジェイドがスプラッシュを発動し、怯んだカイザーディスト目がけてサシャは飛び上がる
頭の上に登り垂直に両手を振り下ろす


「双撞掌底破!」
「だーかーら!効きません!」
「…どうかな?」


ディストが得意げに嘲笑うのを小馬鹿にするようにサシャが笑う
カイザーディストは頭に乗ったサシャを攻撃しようとドリルや鋏のようなものがついた手を高らかに掲げる
そして二本の手をサシャ目がけて振り落としたが、ギリギリの所でサシャはカイザーディストの上から飛び降りる
一瞬のことにカイザーディストは対応しきれずに自らの頭をドリルで攻撃してしまい、頭頂にポッカリと機関部をむき出しに穴を開けてしまった
好機と見計らってスプラッシュをジェイドが放ち、それが致命傷となってかカイザーディストは手をダラリと地面について火花を散らしながら崩れた。
砂埃が立ち、機体を地面に打ち付けた衝撃で運悪くセントビナーの入り口の門がガラガラと崩れて行く
ディストは崩れたカイザーディストを見て悔しそうに捨て台詞を一行に浴びせながら飛び去って行ってしまい、ジェイドは念のために追跡を部下に命じた。
崩落を見計らったかの様にディストが過ぎ去ってすぐにグラグラと地面が大きく揺れ始め、遂にセントビナーの地面のいたる所に亀裂が入り互い違いに地面が隆起と沈降し始めた。なかなか止まらない地震の影響で更に地面は大きく割れ、門の前にいた一行は慌てて振り返ると広場との距離がかなり空いてしまっていた。
ディストとの戦闘の所為で広場に取り残されていた複数の住民とマクガヴァン親子が一行を見上げていた。
地面に身を乗り出し伸ばしても届かない腕を老マクガヴァンへとサシャが伸ばすと、奈落に落ちてしまいそうなサシャを見かねてルークが駆け寄り身体を支えた。
今にも2人は崩落を始めたセントビナーよりも先に奈落へと落ちてしまいそうな勢いだ


「爺さまぁ!!」
「くそ!マクガヴァンさんたちが!」
「待ってサシャ、ルーク!それなら私が飛び降りて譜歌を詠えば…」
「待ちなさい。まだ相当数の住人が取り残されています。貴女の譜歌で全員を護るのは流石に厳しい。確実な方法を考えましょう」
「確実な方法って言ったって…爺さまたちが…!」


地面に這いつくばったままのサシャを落ち着かせるように、立ち上がらせると見かねた老マクガヴァンは自分らのことよりも街の外に先に避難をした住民を優先するように叫んでいる。
頭を抱えたサシャとルークにアニスは空を飛べたらとたらればを呟く
ガイが思い出したかの様にシェリダンの街で行われている飛行実験について続いて呟いた。


「飛行実験?空を飛べるってこと!?」
「確か教団が発掘したって言う大昔の浮力機関らしいぜ。ユリアの頃は、それを乗り物につけて空を飛んでたんだってさ。音機関好きの間でちょっと話題になってた」
「確かにキムラスカに技術協力するという話に、了承印を押しました。飛行実験は始まっている筈です」


それだ!とルークは僅かな希望の光が見えた様にサシャと顔を見合わせた。
取り急ぎシェリダンへと向かい浮力機関を借りてくる作戦だ。
ジェイドはアクゼリュスとは状況が違えど崩落が始まってしまっているセントビナーの大地を見やりながら、救出に間に合うかどうか尻込みをした。前例がない崩落騒ぎともなれば迂闊に行動は出来ない


「兄の話ではホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後、急速に落下速度が上がるとか…」
「それなら、急いでシェリダンへ行って借りてくれば間に合うかもしれない?」
「やれるだけやってみよう!何もしないよりマシだろ!」


ルークの声に全員が頷いた。
キムラスカ領にあるシェリダンへ行く先々で警戒したキムラスカ兵と出会す可能性はあるが、一つの希望に賭けるしかない今は背に腹は変えられない。
サシャたちははゆっくりと下降していく地面にいる老マクガヴァンたちに声をかけてローテルロー橋にあるタルタロスへと急いだ。


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