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堂々となかへと潜り込んだはいいが声をひそめて作戦を練る。
巡回をしているオラクル兵全員がイオンやナタリアを軟禁している事を把握しているという訳でもないだろうがローレライ教団は2つの派閥、導師派と大詠師派に大きく分かれているため自分たちの会話がもしも聞かれてしまってはどちらにしろ騒ぎになってしまう恐れがあった。とは言ってもティアのように中立を訴える者も少なくはないが聞かれない事に越した事はない
軟禁された場所までは特定できなかったアニスはしらみつぶしに捜すしかないと訴えるので、もしも自分たちの素性を知っている者が現れればそちらは一行を刺し違えてでも止めに入ってくる。息の根を止めなくてはならずルークが項垂れるように口を開いた。


「…気が重いな」
「仕方ない。ぐずぐずしていれば本当に戦争が始まる。そしたら…もっと人が死ぬ」
「ルーク、気落ちすることはない…自分が正しいと思う方へ進むのが先決だ、迷ったら今度はしっかり相談して。その時は一緒に考えるから」
「…サシャ…ありがとな」
「さあ、話はまとまりましたね。慎重且つ迅速にイオン様たちを救出しますよ」


本調子には戻るに戻れないルークは暗い顔をしていたがジェイドに向かって頷き返すとやたらと警備兵が巡回している方へと進んで行った。
モースの息がかかっている者であれば軟禁している部屋の近くには警備を命じられている者が少なくともいるはずだからだ
キョロリと辺りを見渡すがあくまで証人として来ているという素振りを見せてティアを先頭に歩いて行く
徐々に険しい顔をした兵士が増えていきドアがやたらと多い通路に出た。
こちらを不審に思ったのか遠目にいた兵士が徐々に近づいてきて剣を抜いて突如襲いかかって来る。
確実にイオンたちはフロアの何処かにいると察した一行は一見捨て身にも見える3名の兵士を前に臨戦態勢へ切り替えたが、後ろの方で控えていたサシャが走り出したことでジェイド以外が意表を付かれて立ち尽くす。


「…御免!」
「ぐぁあっ…!」


静かにサシャが兵士たちへ向けて口を開いたとほぼ同時に1人の兵士の断末魔が廊下に響く。
サシャの顔には兵士の首をダガーで斬りつけた際に返り飛んだ血がかかるが拭っている暇はない。新手を呼ばれまいと抜き身のダガーで兵士と向かい合い1人には裏拳を顔面に食らわせ怯んだ隙にもう1人の首を掻き切った。
怯んでいた兵士が叫びながら剣を振り下ろしてサシャへと向かって行くが無駄に大きく動き回るので懐へとスルリと潜り込み拳で剣を握りしめている手を殴り剣を弾き飛ばしたと同時に首にダガーを思い切り差し込み引き抜く。
廊下に血をドロリと垂れ流しながらゆっくりと最後の兵士が小さく呻いて倒れるのを見届けてサシャは目を閉じた。
一瞬の出来事に呆気にとられていたルークたちは我に帰ったのかサシャに近づく、人を殺す事に恐れを抱いているルークに返り血を見せまいと即座にサシャは袖で顔を拭った。


「お、おい…!大丈夫か!?」
「驚いたな…キミは暗殺の心得でもあるのか…?」
「騒ぎを起こすのは面倒だろ?…兵には申し訳ないが迅速に片付けさせて貰った。」
「生憎この騒ぎに乗じて駆け込んでくる新手はいませんね、お見事です」
「うはー…サシャってもしかして凄い軍人なんじゃ…」
「この人たちはあの部屋をやたらと警戒しているように見えたわ、多分イオン様たちはあそこに軟禁されているんじゃないかしら」

ティアが差す部屋の方へと足を運びドアノブをルークが回すが鍵がかけられているのか開かない。
わざわざ鍵までかけているのだからこの部屋で間違いないだろう

「鍵がかかってるな…どうする?」
「壊すしかないんじゃないか?」
「サシャ〜?出し惜しみとはいけませんねぇ」
「ほぇ、どゆこと?」
「ジェイドには見られてたか…まだまだ甘いなぁ」
「反省する所か!?」


最初に首を掻き切った兵士の腰に鍵が括り付けられているのをサシャは見ており、ジェイドには見破られてしまっていたが即座にその男の腰から鍵を奪っていた。
鍵を懐から取り出して見せるとガイは以前、漆黒の翼の財布を掏り返しているサシャを思い出したのか呆れ半分感心した様子を見せる。
いくつかの鍵を差し込んで開けられるか試しているうちに鍵がカチリと外れる音が聞こえ、ルークは扉を開け放った。
なかを覗けばイオンとナタリアが驚いた様な素振りを見せながらこちらを見ておりルークに続いてゾロゾロと部屋のなかへと入る。


「イオン!ナタリア!無事か!?」
「…ルーク…ですわよね?」


救出しに来てくれた事にイオンもナタリアも顔を綻ばせてはいたが、怪訝な顔でルークを見るナタリアにルークがふて腐れたように口を尖らせる。
ナタリアはそんなルークに言い返しはするが心なしか残念そうな表情が漏れていることにサシャは苦笑するが、2人が無事だった事に一先ず安堵した。
イオンの話によると六神将は未だにイオンにダアト式封咒を解除させようと連れ出そうと試みていたようだったがモースに一蹴されてしまったらしい。
モースがイオンを連れ出す事を許さなかったということは、ヴァンとモースは目的が一緒の様で少し異なっていることには間違いないが自分らの手中にイオンを納めておきたい事には変わりない。
早い所この場から2人を連れ出しヴァンやモースのの手の届かない場所まで行かなければならず一行は即座に部屋を飛び出して第四石碑のある丘まで急いだ。


△△△


なんとか丘を越えて一行はダアト港に停泊させているタルタロスへと乗り込んだ。
第四石碑の丘で追っ手が来ない事を悟り、今後どう動くか話になったがバチカルに行くにしてもモースと対峙する事になる。
ナタリアの無事を知らせるにはインゴベルトに謁見するのが確実ではあるが、モースを信頼し切っているインゴベルトに訴えた所でモースがそれを許さないだろう。
謁見する前に捕われてしまうか、何かしら丸め込まれてしまい戦争を確実に回避できるとは限らない。
戦争も勿論だがセントビナーが崩落するという話も懸念材料に加わり、頭が痛い。
どっちつかずで頭を悩ませているとイオンの提案によりまずはグランコクマへ向かいピオニーに力を借りることが先決となった。


「ピオニー…大丈夫かな」
「そうか、サシャは皇帝の補佐官なんだっけか?」
「そうだよ。と、言っても補佐というか…」
「陛下はサシャを実の妹のように可愛がられていますよ」
「まあ…否定はしない…」

ジェイドが口ごもったサシャの変わりに答えると少し鬱陶しそうな表情をサシャは見せた。
何故そんな表情をサシャがするのかルークは検討もつかずに首を傾げていると、沈黙していたガイが口を開いた。

「…ちょっと気になってたんだが、確かグランコクマは戦時中に要塞になるよな。港に入れるのか?」
「よくご存知ですねぇ。そうなんです」
「でも今はまだ開戦してませんよ?」
「んー、多分警戒して侵入経路は封鎖してある筈だ。タルタロスで行くのは難しい」
「そうなのか?ジェイドとサシャの名前を出せば平気なんじゃねーの?」
「今は逆効果でしょう。アクゼリュス消滅以来、行方不明の軍人が、部下を全て死なせた挙げ句、何者かに拿捕された筈の陸艦で登場。―攻撃されてもおかしくない」
「現に私たちは身元を証明できなくてピオニーに鳩1つ飛ばせられていないからな…正攻法ではグランコクマには向かえない」
「どこかに接岸して、陸から進んではどうでしょう。丸腰で行けば、あるいは…」
「ローテルロー橋がまだ工事中ですよね。あそこなら接岸できると思います。」
「…それしかなさそうですね」


自分たちの国へ帰るにも帰る事が出来ない歯痒さがあったが陸路で向かう事に一同が賛成の意を表した。…とは言ってもアニスは歩くことに少し文句を垂らした
ローテルロー橋に舵を即座に取るが暫く海を滑った所でタルタロスが大きく揺れた。崩落間際の地震かと思われた揺れは地震ではなく、艦橋にタルタロスの異常を知らせるサイレンが響き渡る。
揺れに絶えられずにナタリアがよろけると、それを助けるようにサシャはナタリアに駆け寄った。
機関部へとガイとジェイドが様子を見に行っているなか、海のど真ん中で沈んでしまうのではと不安が拭えない。
ルークが沈んだりしないとミュウを励ましていると伝声管からジェイドとガイの声が聞こえ、サイレンの音が収まった。
なんとか応急処置をして少しの間であれば動くタルタロスを修理しなければとガイが訴えると、ティアがケテルブルク港へ行くことを提案した。


「ケテルブルク…」
「じゃあ、そこへ行こう。いいだろジェイド」
「…まあ…」


いつになく歯切れの悪いジェイドの意図を察する事が出来たのはサシャのみ
一刻を争う事態ではあるがジェイドとは裏腹にサシャは久しぶりに相見える事が出来るであろう、懐かしい姉の存在に少しだけ顔を綻ばせた。



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