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ガイと分かれ、一行はワイヨン鏡窟へと辿り着いた。
ジメジメと身体に纏わり付く潮風はサシャを憂鬱な気分にさせた。
それはナタリアも同じだったようで代弁するように呟いた。うんうんと激しく頷くとジェイドがクスリと笑いながらイオンと待つことを提案して来たが全員がこの地に立ち寄るのは初めてだ。
ヴァンの追っ手が先回りして潜んでいても可笑しくない為ついて行くと伝えるとジェイドは肩を竦める。
辺りを見渡しながらゆっくりと微かな明かりを頼りに進んで行くと先頭の方を歩いていたナタリアがクラゲの様な魔物を発見して近づいて行ってしまった。
一見大人しそうで見物に丁度良さそうな綺麗な魔物ではあったが近づいた途端に複数のクラゲがナタリア目がけて襲いかかる


「ナタリア!」
「くっ…!」


アッシュとサシャがナタリアの元へ飛び出したのはほぼ同時で、アッシュは剣、サシャはダガーでクラゲの魔物を切り捨てる。
残りの一匹をアッシュが切り伏せた所でアニスが感心したようにキャッキャッと歓声を上げた。


「アッシュ!すっご〜い!あ、サシャもね!」
「…無事か?」
「え…ええ。大丈夫ですわ。ありがと、アッシュ…サシャも」
「無事なら良かった!ナタリア、もう少し警戒して進もう」
「ごめんなさい…また助けられてしまいましたね…」


ナタリアがしゅんと俯いたかと思えば顔を上げる際に遠慮がちに覗いたのはジェイドにクラゲの魔物について尋ねているアッシュだった。
サシャはそんなナタリアを一瞥してジェイドたちの会話に混ざる。


「この魔物一体どこから湧いてきたんだろう」
「生息地が違いますし、新種にしては妙ですね」
「プルプの割にはなんだか妙に耐久力が合った気がするよ」
「…簡単には行かないかもな。行くぞ」


この後も何度か変異種のクラゲの魔物に囲まれる場面があり、ナタリアを中心に囲む様な陣形で進みながら奥の方を目指した。
人が出入りしている分アクゼリュスの坑道よりは道は歩き易かった。
奥へと進むに連れて嗅ぎ馴れない薬品の匂いが薄らと鼻を刺激するが文句を言った所で進まないので顔を顰めながらサシャは一番後ろで回りを警戒していた。
徐々にやたらと人の手が入っている簡易の研究施設の様な開けた場所へと出たので陣形を崩してアッシュが操作し始めた演算機を覗き込んだ。
演算機をスムーズに操作するアッシュにジェイドは賞賛したが、お構いなしにアッシュは演算機と睨めっこしている。
最初に目に留まったデータはフォミクリーの効果範囲についての研究データで一体これがヴァンの目的と何が関係あるのかは定かではないが、巨大ななにかを作ろうとしていることは間違いなかった。
アッシュが更に演算機のデータを漁ると仰天した


「…なんだこいつは!?あり得ない!!」
「どうしたのですか?」
「見ろ!ヴァンたちが研究中の最大レプリカ製作範囲だ!」
「…は!?こんなもの一体…!?」
「…約三千万平方キロメートル!?このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」
「そんな大きなもの!レプリカを作っても置き場がありませんわ!」
「置き場を作る為にアクゼリュスを消滅させた…?いや…でもアクゼリュスだけではその大きさはまかなえない…」
「…採取保存したレプリカ製作情報の一覧もあります。これは…マルクト軍が廃棄した筈のデータだ」
「ディストが持ち出したものか?」
「そうでしょうね。今は消滅したホドの住民の情報です。昔、私が採取させたものですから間違いないでしょう」
「まさかと思いますが…。ホドをレプリカで復活させようとしているのでは?」
「! それならアクゼリュスを崩落させた理由は一体…?」
「…気になりますね。この情報は持ち帰りましょう」


ジェイドとアッシュが演算機の前で話し込み始めてしまったので、それを聞きながらナタリアとアニスが奥の方へと行くのをサシャは見ていた。
奥の方の檻のなかに2匹のチーグルを発見したのかアニスとナタリアは屈み込んでチーグルを見つめていた。
ミュウのように火を吐くのか気になったらしくアニスが率先して鉄格子を叩いた。その瞬間1匹のチーグルが勢いよく大きな火を吐き出し、それに驚いたアニスの悲鳴を上げたのでサシャは慌てて駆け寄った。


「アニス!大丈夫?」
「えへへ〜びっくりしたけど大丈夫!」
「この仔も同じかしら」


先程のように大きく火を吐かれては一溜まりもないというのにアニスはまた同じように鉄格子を叩くが、先程とは比べ物にならないほどに火は小さくすぐに消えてしまった。
元気がないと心配そうにチーグルを見たナタリアにサシャは口を開いた。


「レプリカは能力が劣化することが多いって聞いたことがある」
「まあ、そうなのですか!」
「おや、ご存知でしたか。その通りです、そちらがレプリカなのでしょう」
「でも大佐?ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔がオリジナルみたいですよ」
「そうですか。確かにレプリカ情報採取の時、オリジナルに悪影響が出るとも皆無ではありませんが…」
「まあ…悪影響って…」


ナタリアとアニスが立ち上がりながらジェイドのいう悪影響について興味津々だ。
十中八九ナタリアもアニスもアッシュへのフォミクリーを影響を気にしていることは間違いなかった。
最悪の場合は死に至るとジェイドが説明しその後にも言葉を続けたが、ナタリアは息を飲んで一瞬くらりと、眩暈をしたかの様に蹌踉けてしまった。それを近くにいたサシャは支えながら口を開いた。


「大丈夫、アッシュは未だにピンピンしてるんだから悪影響はなかったってことだ。ねえジェイド」
「…ええ。お2人とも心配しなくていいですよ。」
「よかったですわ…」
「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって大佐が考えた技術なんですよね?」
「…ええ、そうです。消したい過去の一つですがね。」
「……。」
「…そろそろ引き上げるぞ」


アニスの言葉に悪意がないのはわかるが、ジェイド自身の罪への認識は相当重いものだとサシャは思った。
幼い頃にフォミクリーについてジェイドの実妹であるネフリーから話を聞いたこともあったが実兄を恐れているネフリーから聞き出せるほど当時は深追いは出来なかった。
グランコクマに戻ってからは幼くしてフォミクリーの原理を解いたジェイドが気になって破棄される前にピオニーにも内緒で文献を読み漁ったことがある。
自身の身体を傷つけることも厭わずに研究をし続けたジェイドを知っている。ピオニーが酷く心配して自分の前で頽れたのを知っている。
アッシュを先頭に歩き始めたが、ジェイドが足を止めているのでサシャは止まった。
振り返るとジェイドは苦虫を噛み潰した様な表情をしており、この様な表情を見せるジェイドにサシャは驚いた。


「…幻滅していませんか」
「幻滅?そんなものしないよ」
「貴女は私の想像以上に知っていたので動揺してしまいました」
「…」
「無理もないですね、貴女には私の痴態を見せてしまっていますから…」
「痴態だなんて…!」
「…罪を受け止めていたつもりですが、好きになった相手にこうも知られていると少々堪えますね」
「ジェイド…私は…」
「皆さんを待たせてしまっています、行きましょう」


言葉が支えてしまったサシャを見てジェイドは話を切り上げた。
俯きながら後を追うサシャはジェイドにどんな言葉をかければ良いのかわからない、触られたくない過去についてサシャが知ろうとしなければジェイドはあの様な顔をサシャに見せることはなかったのだろうと思うと胸が痛む
見てしまったことも、やってしまったことも、今更どうしようもないことではあるが遣る瀬ない気持ちだ

アッシュたちと合流し鏡窟の入り口の方へと戻っているとアッシュが辺りを警戒しながら足を止めた。
剣を抜き取り岩の影になっている方を睨みつけるアッシュに遅れを取らないようにサシャたちも戦闘態勢に入ると岩の奥の方から巨大な青い魔物がのっそりと顔を出した。
ザバンと潮水が辺りに飛び散るのでどうやら岩陰の方は海に繋がっているようだった。
長い触手の様な腕に棍棒のような鋭利な岩を持ちながら襲いかかってくる。


「油断するな!来るぞ」
「…大きすぎる!」
「サシャ!下がりなさい、譜術で怯ませます!」


援護をジェイドとナタリアに任せアッシュとアニス2人と共に魔物の背後へ回って殴り伏せようとするが、触手に器用にガードされてしまう。
鏡窟は暗く整備されていても足場が悪い。巨体の割には動きの速い魔物はスルリと譜術を避ける
先程のことをまだ悶々と考えていたサシャは足を滑らせて背後を取られてしまった。


「しまったっ!」
「…っさせません!瞬迅槍!」
「あ…ありがとう」
「大丈夫ですか?戦闘中に考え事は禁物ですよ」


ジェイドがサシャの背後を取った魔物を槍で撥ね除けるとサシャの体制が立て直るまで盾になるような素振りを見せた。
全てを見透かすように一瞥するジェイドに苦笑すると気持ちを切り替える為に両頬を叩いた。
立ち上がったのを確認したジェイドは後ろへと下がって行き譜術の詠唱を始めたので、先程の挽回と言わんばかりにサシャは魔物目がけて拳を突き上げながら時間を稼ぐ。
ジェイドの放ったイラプションが決定打となったのかゆっくりと巨体を震わせて魔物が倒れる
アニスは横たわる魔物を見ながら非難している。
奥に行くに連れて薬品の匂いがやたらと強かったが、魔物からも微かに同じ香りがした。
それを肯定するようにジェイドは薬品の影響による突然変異かも知れないと唱えたのでサシャはもちろん皆納得した様な表情だった。
行きよりも格段に魔物の数が減りタルタロスに戻るのにはその後は苦労せず、タルタロスの前で待っていたイオンは一行の姿を確認すると万遍の笑みで駆け寄ってきたが、突如地面が大きく揺れた。
波打ち際にあるこの鏡窟ですら立っていられるのがやっとというほどにグラリと揺れてナタリアは絶えきれずに体制を崩してしまい、アッシュが直ぐさま背中を支えた。
2人の世界に入ってしまったの様に昔話をアッシュが切り出したが回りの目線もあったからかアッシュが直ぐさま話題をすり替えた。


「今の地震、南ルグニカ地方が崩落したのかも知れない」
「そんな!?なんで!?」
「南ルグニカ地域のセフィロトをルークが消滅させたからな。今まで他の地方のセフィロトで、辛うじて浮いていただろうがそろそろ限界の筈だ」
「他の地方への影響は…?」
「俺達が導師を攫って、セフィロトの扉を開かせたのを忘れたか?」
「それってまさか…」
「いえ…扉が開いてもパッセージリングはユリア式封咒で制御されています。誰にも使えない筈です」
「ヴァンのヤツはそれを動かしたんだよっ!」
「ヴァンはセフィロトを制御できるっていうのか?でも一体どうやって…」
「彼の目的は…更なる外殻大地の崩落ということでしょうか?」
「そうみたいだな。次はセントビナーの周辺が落ちるらしい」
「! 爺さまに知らせないと…」
「とにかくダアトに行こうよ!!」
「僕が取り合ってセントビナーの救援を援助するようにします」


セフィロトになんとか支えられてすぐに崩落することもないであろうセントビナーを救援する為に一行はダアトへと向かうことにした。


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