変わりゆく日々


ネフリーとピオニーが破局してから、景色は色もなく早送りの様に時が過ぎて行った。
破局して間もなく、風の噂でネフリーが知事と婚約し、婚儀を終えた事を聞いた。
兄であるジェイドは親族として参列したようだったが、元々位の違う者同士でもあるがピオニーがそこに参列する事は決してなかった。
以来自分の主は取り乱すような事はないがたまに悲しそうな、憎悪の含まれるような表情をすることにヒメは気がついていた。
その表情を垣間みる時は大体預言の話が出る時で、その度に少し胸が痛んだ。
皇帝になるべく、国のために預言を蔑ろには出来ない主はこの数年で個人としてはすっかり預言嫌いになってしまっていた。
そして、明日遂にピオニーはマルクト皇帝ピオニー九世として即位する。
当の本人は皇帝の権力を手に入れるのとは裏腹に中庭の芝の上で朝から寝転がっていた。

「ピオニー様」
「ん、どうしたヒメ」
「いよいよ明日が戴冠式ですのであまりずっと外にいられるとお身体に障りますよ。」
「あまり堅い事を言うな。明日から好きに外にも出れなくなってしまうんだぞ」

今まででもピオニーは軟禁されていたりで自由な生活とはかけ離れていた。
確かに脱走癖はあったが今後はもっと外へ出る事が赦されなくなっていく。
ずっと見て来たヒメはそこを突つかれると上手く返答できない。

「そう言えばヒメ、お前はいくつになった?」
「まぁ、女性に年齢を尋ねるのですか?」
「まあそういうな付き合いももう随分になるだろう」
「28、になります」
「そうか。もうお前が俺の傍付きになってから16年も経つのか…」

俺も30代になるわけだ。とクスリと笑って座れ。と自分が横になっている隣の地面を叩いた。
ヒメは少し戸惑ったが、決めた事には一直線の主は頑としてでも自分が座るまで言い続けるだろうと思い大人しく隣に座った。
ピオニーは仰向けになっていた身体をヒメの方へ向けて近くにあった手の上に自分の手を重ねた。
重ねた手をすくいあげて手のひらや指先を弄ぶピオニーに、恋心の感情は未だ薄れないヒメは更に戸惑いを隠せなかったがピオニーにされるがままを許した。

「お前ももうそろそろ家庭に入ったらどうなんだ?元々は行儀見習いで城へ入ったのであろう。
俺の給仕の世話ばかりで年頃の娘の手ではなくなってしまっているぞ」
「…私は…ピオニー様がお幸せになられた後であれば考えます」
「ばあやのようなことを言うんじゃない」

ばあやとは王宮のメイド長で、ピオニーが婚儀を取りなすまでは死んでも死に切れないと豪語している人だ。
未だに手を弄びながら飽きれた様にピオニーは目線は上げた。
目線がかち合えば、ピオニーはヒメが自らに向ける優しい眼差しに少し驚いてしまった。

「…俺は下手したらずっと独身かもしれんぞ」
「まぁ、それは困りましたね。それでも私は、」

すくりとピオニーの手を擦り抜けて立ち上がったヒメをピオニーは目で追えばニコリと笑って口を開いた。

「それでも私はずっとピオニー様にお仕えし続けますよ」

そろそろお部屋のお掃除に行って参ります。と一言付け加えて丁寧に礼をしてヒメはピオニーの前から立ち去った。
ピオニーは先ほどまで触っていた手の感触を思い出すかの様に自らの手を見つめてポソリと独り言を零した。

「…お前はいつまでも預言ではなく俺に縛られていたいと言うのか…」

ヒメは預言通りであれば本来、一昨年奉公からあがり婚儀をする事になっていた。と一度聞いた事があった。
ネフリーを失い、もぬけの殻になってしまった自分を放っておくまいと自分の事は二の次で預言になど耳を貸さなかった変わり者。とも呼ばれていた。
ここ数年の間にピオニーは実はヒメから齎される無常の愛に気がついていたしそれに甘んじている自分もいた。
預言を嫌う自分を受け入れ、自らに与えられる預言に耳を貸さず自分の傍にいる事が一番だと豪語する彼女が嫌いには無論なれず、むしろ好きなくらいだった。
それでも一線を越えるべきか否かはいつもネフリーが頭をチラついてその先の言葉まで出せずにいたのはピオニーだった。

気軽に、「俺の嫁になるか?」と言ってしまえば簡単なのだろうか。
それとも言った所で彼女はそれを素直に受け入れてくれるのだろうか。
ピオニーはわからなかった。
考えるのをやめてしまおうと思考に蓋をしてもう一度空に向かって寝転がり目を閉じた。


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