離れずに ピオニーが深夜に部屋で取り乱している。 それを片時も離れずに胸の前で手を握りしめてヒメは見守っていた。 ああ、遂にネフリーから真実を伝えられてしまうときが来てしまったのか…と何とも言えない思いを胸に抱えていた。 先日の中庭でのジェイドとの会話には続きがあった。 それはヒメにとっても衝撃的な内容で ピオニーにはきっとネフリーが直接伝えるだろうから内密に、と念を押されたその内容は、ネフリーとケテルブルクの知事との結婚だった。 ジェイド自身もそれを知ったのはネフリーの今年の誕生日から一年の預言を授かってからすぐのことだった。 ネフリーとピオニーは恋仲だと言うのに、2人の恋路は2人の気持ちとは反比例に、いとも簡単に預言によって壊されてしまうのだ。 なんと残酷な話なのだろう。それを自分の仕える主にバレぬように笑顔を貼付け接し続け、そしてこの時が来てしまった。 いくら慕い続けた人物が遂に恋人と終わりを迎えることになったとしても両手を挙げて喜ぶ気には毛頭なれないし、それの弱みに付け込もうなんて打算的な考えは持ち合わせていなかった。 「くそっ!!!」 「…ピオニー様…」 「何故こんなことに…!!」 テーブルに拳を叩き付け思い切り私室の扉を蹴破ったピオニーに近くまで駆け寄れば、扉の外の方からこの惨状を予測していたであろう人物の声が聞こえて来た。 「そんな調子では城内すべての人間が目覚めてしまいますよ」 じろりとジェイドを睨みつけるピオニーに身震うこともなく淡々と言葉を発するジェイドはヒメにも目線を送り頷いた。 ピオニーが蹴破った物音で城内の何人かが起きてしまったのだろう、バタバタと部屋目がけて近づいてくる足音があることに焦りを感じればジェイドが口を開いた。 「私が時間を作りましょう」 「すまない!!」 「ヒメ。ピオニーを、殿下をお願いします」 「…承知しました!」 ピオニーが向かう先はきっとケテルブルクだ。と身に纏うコートや簡単な衣服を自分の分とピオニーの分をまとめて見繕い慌てて港まで走った。 ピオニーは今までにも深夜に城を抜け出してケテルブルクへ行くことが多く、港には専用の船と操舵師がいる。 長年の世話役としてヒメも着いて行くことが多かったので慣れた手つきで手配を済ませた。 今日も夜中の出航か。とまだ寝ぼけている操舵師と乗組員を宥めて、迅速に出航準備を済ませ終えたので 部屋に籠ってしまったであろうピオニーにドア越しに声をかけた。 「ピオニー様、出航の準備が整いました。船を出しますがよろしいですか」 「…ああ、頼む」 覇気のない声に思わず肩を落としてしまいそうになるが、その時間が惜しい。 操舵師と乗組員に出航の合図をして、ヒメは乗組員たちに夜食とピオニーへ暖かいお茶を提供するべく簡易のキッチンへ向かった。 △△△ 「ピオニー様、お茶をお持ちしました。」 「入れ」 相も変わらず覇気のない声に今度こそ肩どころか眉根まで落としてしまいそうになりながら、ヒメは中へ入り椅子へ座り頭を抱えたピオニーの元へ近づく。 「お前は知っていたのか?」 「え…」 図星をつかれ黙り込んでしまうと、やはりそうだったんだな。と肯定として受け取られてしまった。 「申し訳ありません…」 「最近、ヒメに元気がないのも気がついていないとでも思ったか? それにさっきだってジェイドと目配せしていただろう」 「気がついておられたのですね…」 取り乱した中でもピオニーは次の皇帝になるべく教育され洞察力に長けており焦燥に駆られながらも冷静だったようで、付き合いも長いヒメやジェイドの態度で更に察しがついてしまったのだろう。 黙り込んでしまったヒメに一瞬目をやって口を開いた。 「俺はもしかしたら選択を誤るかもしれない。着いて来てしまってから言うのもなんだが、いいのか?」 ピオニーの言う選択とは確実に国のことを巻き込んでのことになるのはすぐに察しがついたがヒメは間髪入れずに返事をした。 「私はずっと貴方の御側に居ます」 「…そうか」 すまない。と小さく言葉をこぼしたピオニーは手を払って、独りにしてくれと態度で示したので何も言わずにヒメは一礼してその場を離れた。 △△△ ケテルブルクについすぐ、ピオニーにコートを手渡せば港に船を接岸し終わっていないと言うのに駆け出してしまった。 到着するのを今か今かと待ちわびていたピオニーの背中を見送って乗組員たちを労い、荷物を持ってケテルブルクの町へヒメも急いだ。 ピオニーの軟禁されていた屋敷の裏口を開けてすぐに蝋燭に火を灯し、暖炉に薪を焼べて屋敷を暖める。 ネフリーに会いに行ったであろう主の帰りを一睡もせずに待っていれば朝日がカーテンの隙間から零れていた。 ギギと音を立てて裏口の扉が開いたのがわかったので、慌てて立ち上がり迎え出た。 肩と頭に雪を被って片手にナイフを持った主がぼーっと立っていた。 「お帰りなさいませ」 「…あぁ」 泣いたのだろうかそれとも霜焼けてしまったのか、目元が少し赤くなっていたピオニーの手を少し引いて暖炉の前へ座らせた。 「…俺はこの国を捨てる覚悟が出来ていたはずだったんだがな」 「…」 「俺は優しい人だから、国は捨てれても国に住む人々は捨てられないだろう。って言われてしまった」 「…そう、でしたか」 船に乗ったとき以上に覇気を失ってしまった主を見て胸が締め付けられた。 皇帝になる使命のあるピオニーと預言によって結婚が言い渡されてしまったネフリー2人の大恋愛は本当に幕を閉じてしまったのだ。 「こんなことになるなら、無理を言ってでもグランコクマに戻る時にネフリーを連れて行ってしまえば良かった」 暖炉の前で踞ってしまった主はいつぞやネフリーにペーパーナイフとして渡していたであろうナイフを握りしめて更に小さくなってしまった。 ヒメは居ても立ってもいられなくなってしまい、毛布を両手に広げて後ろからピオニーを包み抱きしめた。 「…大変無礼なことをしてしまっているのは承知しております…今だけ…!今だけお許しください…」 「…ヒメッ…」 ピオニーは後ろから強く抱きしめる腕を一度剥がして向き直り、お互いを慰め合う様に抱きしめ合った。 「…私はずっと、ずっと貴方の御側に離れずに居ます…」 ▽▽▽ |