はじまり


中庭では小鳥が鳴き、青々とした緑と水に囲まれた帝都グランコクマの城の中
窓辺で頬杖をついて外を眺める金髪の男は陽の光に照らされてこの世の者ではないような優美さで退屈そうにため息をついていた。
額縁に納められた絵画にも一見見えてしまいそうな美しい情景に先ほど部屋へ入った女中もふう、と一息ついた。
ああ、今日も私の主は退屈そうにあの方からの手紙を待っているのだろう。と、自らの気持ちが溢れ出してしまいそうになりながらもそれに女中は蓋をして笑顔を顔に貼付けて話しかけた。

「ピオニー様」

女中の一声に頬杖をしていた手は解かずにこちらを見た金髪の男、ピオニーは女中に向き直った。

「なんだ、ヒメか。気がつかなかったぞ」
「先ほど扉の前で入っても良いかお尋ね致しましたが、お返事がなかったので不躾ながら入らせていただきました」

そんな風にするのはお前とジェイドくらいだ。と少し笑ってまた窓の外へ視線を戻してしまったピオニーに、まだ用は終わっていない。と軽く咳払いをすれば、やれやれと目線を向け直した。

「何かあったのか?」
「いえ、ピオニー様がずっとお待ちになっていたであろう物をお持ち致しました」
「何!?…それを早く言え!」

ピオニーは先ほどの退屈そうな顔から一変し、ヒメが両手で持っていた封筒を見た瞬間立ち上がり慌ててそれをヒメから受け取った。
慣れた手つきでペーパーナイフで封を切り、にやにやとなかに入っていた紙を広げれば、その場にいたままのヒメをじろりと見つめて少し不服そうに口を開いた。

「なにをしている…はずせ」
「ふふ、かしこまりました」

隣の部屋で控えている。とピオニーに伝えヒメは下がろうと一度ピオニ―へ目をやるが、自分の言葉は恐らく本人には今は届いていないのだろう。と少し寂しい顔をして部屋をあとにした。


ヒメは騎士の家系の生まれで彼女は行儀見習いが表の理由で、本来は両親たちのあわよくば王家に取り入ろうと言う無礼な理由があり帝都へ仕えることになった。
そして歳も近いので軟禁生活中の話し相手にでもなるだろう、と言うことも相まってピオニーが軟禁されていたケテルブルクの屋敷へ配属された。
ピオニーには脱走癖があり、配属されて早々当時12歳のヒメは手を焼いたが負けじと追いかけてくる彼女に関心を持ったピオニーはケテルブルクの軟禁を解かれ帝都へ戻った後も傍に置いている。
本来16にもなれば奉公を終えて社交界へ出て王家は無理でも名家と婚儀に…と両親も思い屋敷へ帰ってくる様に説得もしたが、彼女とピオニーに揃って断られてしまった。
それほどにピオニーはヒメを気に入っていたし、ヒメもピオニーに仕える女中の仕事を気に入っていた。
何よりもピオニーに気がついた頃には惹かれて10年ほど片思いをしており、思いが通ずることはなくとも傍にいたい。という気持ちが先行したからだ。

本来なら3年ほどで終わるはずだった奉公は気がつけばND2010、12年という年月が流れており、ヒメは24歳になっていた。
未だに縁談の話や、城で守りを固めている憲兵たちからの求婚もチラホラとあるがヒメは頑に断り続け、ピオニーの傍らに仕え続けている。
ピオニーもヒメの気持ちを知ってか知らずかわからないが、暇を与えることはなかった。
ピオニー自身にはケテルブルクへ置いて来たネフリーという幼馴染の恋人がいるし、気持ちに応えることはまずない。

「そういえば、中庭でお花が綺麗に咲いていたはず。摘んで来てお部屋に活けようかしら…」
「…貴女は相も変わらずに殿下にお仕えし続けるのですね」

ヒメが中庭へと足を運び独り言を漏らせば、先客が居たのだろう。中庭の中央に辿り着いてから声をかけられた。
声の主はピオニーに仕え始めてからすぐに、友人だと紹介されたネフリーの兄ジェイド・カーティスだった。
ヒメが仕える頃にはもう既にカーティス家の養子になり士官学校に入っていたため、出会ったのはしばらく後になるが、ピオニーが軟禁されている間もごくたまに帰っては、手紙の返事をよこせ、もっと帰ってこい、などよく言われていた人物だ。

「ジェイドさん…驚きました。いらっしゃったのですね」
「はい、貴女が来る数刻前に。」
「そうでしたのね。中庭で今年はこんなに綺麗にお花が咲きましたから…ピオニー様のお部屋を彩りたくて…」
「アレは派手好きですからね。喜ぶでしょう。それよりも貴女が部屋に居た方が部屋は彩ると私は思いますがねぇ」

眼鏡の位置を直しながらいたずらをする子供の様に笑うジェイドに思わず頬を赤く染めてヒメは言い返した。

「まぁ、そんなお世辞どちらで覚えられたのですか?それにピオニー様は私にそのようなことは求めていませんし…
ネフリーさんがいらっしゃいますから…」
「おや、私は元々紳士的に貴女に接しているつもりでしたが。
それにしても健気ですね。ネフリーもヒメもアレのどこがいいのやら…」

顔を見合わせてクスクスとお互いに笑えばジェイドが神妙な顔をしてヒメに向き直ったのでヒメは首を傾げた。
その後に斜め上の方にあるピオニーの部屋の方を一度見て、この様子だとまだ聞いていないのですね…。ともう一度眼鏡を押さえて俯いた。



それから何度かピオニー宛の手紙を私室へ運んで、ピオニーが部屋で取り乱す姿を見るのはそう遅くはなかった。
手紙を見つめていつもの様に笑うピオニーはおらず、手紙とナイフを握りしめて顔を歪める主にヒメは胸が痛んだ。


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