afternoon tea 結婚式はつつがなく進行してゆく 参列者には大勢の親族や貴族が呼ばれ、グランコクマ一大きく煌びやかなチャペルでは楽団がより一層それを際立たせる。 遂にこの日が来たのかと、ヒメの母は参列席の最前列でもう既に啜り泣いていたが、それを馬鹿にする様な、ヒメを妬む様な声は勿論上がらなかった。 ピオニーの御前で妃であるヒメの家族を侮辱する様な声を上げてしまえば、それは妃に対しての冒涜。 不敬罪として問われても可笑しくはないのだ。アルタイル家伯爵や夫人、そして娘は僅かに下唇を噛みながらも微笑みを忘れずに黙って後ろの方で参列している。 楽団が奏でる音楽がフィナーレへと向かおうとした所で、ついにピオニーの登場だ 「参列者はご起立願います。ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下のご入場です」 その声に布を掏り合わせた音が微かに音楽に紛れて聞こえ、参列者たちは入場してくるであろう背後の扉の方へと目線を移した。 ゆっくりと扉が開き、仕来りである結婚装束に身を包んだピオニーが現れる 一斉にその場で頭を垂れる参列者たちを横目に窮屈そうに首元を引っ張りながら普段通り気取らない足取りで神父役である導師イオンが立つ譜石台の前へと歩いていった。 まだ幼い印象の残る導師イオンは少し表情は緊張気味だ。そんな彼を見かねたのかピオニーはクスリと笑いながら口を開いた。 「この度はご足労感謝するぞ、導師」 「い、いえ。ぼく…私にこのような大役をありがとうございます」 「まあそんなに緊張しないでくれ、俺にも移っちまう」 ケラりと笑うピオニーからはその様な表情は見受けられずに、イオンは小首を傾げた。 ピオニーとイオンの会話が済んだ所で進行役であるゼーゼマンは咳払いをしてから、第一王妃様のご入場です。と唱えた。 するとみるみるピオニーの表情が強ばっていく一瞬眉間に皺を寄せた後に緊張感漂う表情のまま入場扉へと目線をやった。どうやらピオニーの緊張というのはヒメの姿を見ることらしい 音楽がまたフィナーレへと辿り着いた頃に扉が開かれ、騎士として軍に仕えるヒメの父と真っ白な花嫁装束に身を包んだヒメが腕を組んでゆっくりと前へと進み出た。 ベールを被ったヒメの表情はわからないが、なかなか嫁がなかった娘を横に歩いている父は緊張の所為で怖い顔をしている。 ピオニーの時の様に頭を垂れた参列者たちはヒメたちが通り過ぎていった後に順番に頭を上げ、ゆっくりと向き直りながらそれを見送る。 感嘆の声が漏れたのは言うまでもなく、ピオニーも目を奪われた。 醜女だと嫉妬の声を上げていたアルタイル家の人間たちですらうっとりとそれを見つめるのだ。それほどにヒメの姿は美しく、周りの風景など消え失せてしまいそうなほどだ。 「参ったな…」 長いドレスを引きずりながら一歩ずつ進んでくるヒメに思わずピオニーは声を漏らした。 綺麗に整えられた前髪を片手でくしゃりと崩して頭を抱える 目の前に現れた花嫁を父から引き渡されピオニーはヒメと向かい合った。 「お前、本当にヒメか…?」 「まあ…私の顔をお忘れになってしまったのですか?」 「いや、ベールで隠れているが…声も背丈も間違いなくヒメだな」 「ピオニー様、素敵ですわ…私には勿体ないくらいに」 「それを言うならヒメもだぞ、女神が現れたのかと…」 「…オホン…」 お互いしか見えていない2人を見かねてかゼーゼマンが咳払いをする。 ふと我に返った2人はクスクスと笑いながらイオンの前へと向き直り、やっと賛美歌を斉唱することとなった。 厳粛に進んでいく挙式に思わず欠伸を漏らしてしまいそうになるピオニーを肘でヒメは小突いて見せると嬉しそうにピオニーが笑う なんとも微笑ましい空気…もとい、甘ったるい雰囲気にゼーゼマンは呆れた調子でため息をつくと、今度はイオンの出番だ。 「それでは、導師!誓いの言葉を…」 「は、はい!ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下、第一王妃ヒメ様、健やかなる時も、病める時も互いを愛し、互いをなぐさめ、命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」 「誓いますわ」 「誓う…んだが。なぁ…一言いいか?」 「は、はい?」 「…ピオニー様?」 ピオニーがここで口を挟むなどと誰もが思わなかった。 格式高い儀式だ。ピオニー自身初めて挙げる挙式ではあるが、参列する立場に置いて口を挟んだ者を見たことが無い。 それでも訂正したいことがあり、堪忍袋の緒が切れた。というところだった。 「ゼーゼマンが言っていた時から気になってたんだが。その第一王妃って言うのいらないな。と思ってな」 「…と、言いますと…?」 「俺は、未来永劫ヒメしか娶るつもりはない。だから王妃はただ1人って訳だ。父上の様に側室はいらん」 ザワザワとチャペル内で声が漏れ始める 全皇帝である8世は多感な人間で正妃以外にも4名の側室がいたが、異母兄姉たちは世継ぎ争いで死亡している。 幽閉された過去を持ち合わせているピオニーからすれば、身内で無駄に争いごとを起こすことほど難儀なものではなかった。それも預言で詠まれていたともなれば尚更だ。 さぁ、進めてくれ導師。と進行する権利をピオニーが乗っ取ったところで、いや待てよ。とニヤリとピオニーは笑う。 ここで嫌な予感がしたのはヒメだけではない。 「ヒメ、ここにとっととサインしてしまおう」 「は、はあ。わかりましたわ」 「陛下!まだ誓約書を書く段取りではございませんぞ!」 「仕来りも大事なんだろうが、俺はとっととヒメの顔にかかった煩わしいベールをはぎ取って2人きりでゆっくりしたいんだが。ダメなのか?」 「ダメも何も…無茶なことをおっしゃる」 「参列してくれた諸君もわざわざ悪いな、解散して後日の披露宴で騒ごうじゃないか!今日はこれで終いだ」 「ピオニー様…?我が侭をここでおっしゃってはなりませんわ」 「だが…。…せめてお前の顔が早くみたいんだ」 結果的にピオニーの手によってつつがなく進んでいた式は途中で愉快な挙式へと変異した。 所々で笑いが漏れる様な挙式はある意味肩肘が張っていないものだった 賑やかな挙式を終えてやっとこさピオニーは私室へとヒメを連れて戻ってくることができた。 「これで晴れて夫婦って訳だな」 「もう、私あんな挙式は初めて見ましたわ」 「俺もだ!」 他人事の様に呟くお互いに思わず同時に噴き出すと、ピオニーは首元にぴっしりと結ばれたネクタイを解いた。 ドカリとソファに座り、隣に座る様にヒメを手招きする。 しおらしく隣へと座ったヒメのベールをはぎ取り頬を手で撫でる 少し赤らんだ頬を指でなぞりそのまま唇を奪い取ればうっとりとした表情のヒメと目が合う 「マズいな」 「…どうか、いたしましたか?」 「このままじゃ、今度こそベッドに連れ込みたくなる」 「まあ…。以前はお断りしましたが、もう私たちは夫婦ですわ。もう私は拒む術はありません」 「そう言ってくれるな…。俺だってムードは大事だと思ってる。そうだ、茶を淹れてくれないか」 「えぇ。かしこまりました!…折角の花嫁衣装を汚してはいけません。着替えてからでもよろしいですか?」 「…いや。だめだ」 「? 何故でしょう」 「ソレを脱がすのは俺の役目だからだ」 「! で、では今すぐあなた様にお茶を…」 「ああ。とびきり美味いのを頼む」 ピオニーが意味有りげに笑うと見なかったフリをしてヒメは紅茶を花嫁装束のまま淹れ始めた。 ▽ 紅茶を入れるのはこれから先も私の役目 ▽▽ |