笑顔の裏側 中庭からジェイドとヒメは2人でピオニーのいる私室へと足を踏み入れた。 書類に目を通していたピオニーは2人が入って来たのを確認すれば書類の積まれた机から、談話用のソファへと移動した。 ヒメはジェイドを中まで通して紅茶の準備を始める。 テキパキと準備を済ませて2人の前に紅茶を置いて一礼し後ろへ下がるとそれを合図にか和平の計画案の話が切り出された。 やはりダアトで導師の協力を仰ぎたい、が以前ジェイドがダアトへ視察しに行った際は導師には謁見出来ず、導師守護役には忙しいので面会は…と突っぱねられてしまったのだ。 前導師エベノスが亡くなり、現導師は齢8歳でその位についたばかりにケセドニア戦争があり中立を構えていたはずの教団も戦争へ介入してしまったが故に戦時の後始末に追われているのは言うまでもなかった。 もう少し間を置いて行動に移すしかないのか…と頭を抱えるピオニーにジェイドは致し方ないでしょう。と進言した。 一刻も早くに和平を結び国民を安心させてやりたいと逸る気持ちはジェイドもわかっていたし同じ気持ちだった。 堅い話を終えて先ほどまでの皇帝とその右腕の顔から砕けた話をする友人の顔に変わって来た頃にジェイドが口を開いた。 「そう言えば陛下。以前の婚約の話でいたが」 「お、なんだ?お前誰かを見初めたのか?この間は嫌がってただろう」 「ええ。私も良い歳ではありますし、万が一また戦争が起こってしまった時に私もどうなるかわかりませんからね」 「よく言うぜ。お前は殺しても死なんだろ」 ジェイド自ら婚約の話を持ち出したのが意外だったピオニーは興味津々に話を催促する。 先ほどの中庭での出来事を思い出し思わずヒメは動揺しそうになったが、押し黙りながら紅茶のおかわりを注いだ。 特に打ち合わせなどしていないのだ、こんなに早急に計画を遂行しようとする笑顔のジェイドに思わず目線を合わせると失敗はしないと念を押されるように更に微笑まれた。 「やはり家で帰りを待ってくれている誰かがいれば私もきっと今まで以上に成果を上げられるかもしれませんしね、そう思うと気が変わりました。」 「ほう…それで?その相手はどうするんだ」 「ああ、もちろんこちらで見繕っていますよ。合意も得ました。」 「トントンと進んでるんだな…知らなかったぞ」 「ええ、それでですね。カーティス家ではなく私は別に家を間借りしていますし、一度一緒に暮らしてみようかと考えているんです」 スラスラと言葉を生み出すジェイドに思わずヒメは関心してしまった。 あまりこのご時世に結婚前の男女が2人で暮らす。などと言う風習はないがあえてジェイドは籍を入れる前から暮らし始めたいと申し出たのだった。 ピオニーは何の疑いもなく興味津々に話を聞いて早くその相手を知りたそうにジェイドの方に身を乗り出していた。 「ま、いいんじゃないか?その令嬢もいいと言っているなら。それより誰なんだ?お前と一緒に暮らしたいって言ってくれた酔狂な女は!」 「酔狂だなんて、失礼な方ですね…。貴方もよく知っているヒメですよ。」 は?と気の抜けた声が部屋にこだました。 状況が掴めていないピオニーは思わずジェイドとヒメに目線を行ったり来たりして忙しそうだ。 以前自分が2人をくっつけようとした時2人は腹を立てていたと言うのにこれは何かの冗談なんかじゃないだろうか。と、どこでパズルのピースが搗ち合ったのかピオニーにはわからなかった。 「…何かの冗談だろ?」 「いえ、本気です」 「本当なのか?ヒメ」 「…はい。」 気まずそうに返事をするヒメにいよいよピオニーは頭を抱えた。 ヒメは自分に仕えるのが幸せだと言っていたはずなのに何故こうなったのかイマイチ理解がつかず、そんなピオニーを見て見ぬ振りしてジェイドは話を進めて行く。 「と、言うことなので。ヒメを連れて帰りますね。ヒメ準備を。」 「あ…はい!」 ニヤリと笑うジェイドに恨めしそうな視線を思わず向けたピオニーは胸がモヤモヤする感覚に追われていた。 「お前、何を考えている…?」 「なんのことでしょうか?」 「ヒメのこと幸せに出来るのか?」 「努力はしますが、保証は出来かねますね。」 「そんなんじゃヒメはやれんぞ…!」 「おや、お忘れですか?貴方が私たちを引き合わせたのを」 ガチャリと扉が開く音がしてちょうどヒメが入って来たかと思えばピオニーの返答を待つことなく、ジェイドはこれ見よがしに肩を抱き部屋からヒメを連れ去って行ってしまった。 何が起こっているのか理解が出来ずただヒメが嫌がる素振りすら見せずに出て行ったことにも衝撃を受けていた。 明日から一体どうなると言うのだと、ピオニーはヒメが入れてくれた紅茶に写る酷い顔をした自分を見つめた。 △△△ ヒメがジェイドの元で生活するようになってから1週間が経った。 急遽の話だったと言うのにジェイドは先に手を回していたのであろう、メイド長がピオニーの傍付きを買って出ていた。 ピオニーの生活は不便かと言われれば、そう悪くはないがいつも飲んでいた紅茶は味気なく感じていた。 何処かぽっかりと穴が開いてしまったかのような生活にため息が漏れ出て仕事にも手がつかないと感じて気分転換の為に中庭へ出てみようと足を運んだ。 久しぶりに足を運んだ中庭にはどうやら先客が居たようで、奥の方で男女の声が聞こえた。 真っ昼間だと言うのに職務を放棄してイチャついている人物を見てやろう。と覗けばこともあろうか婚約者としてヒメを連れて行ったジェイドと若い女中だった。 抱き合って唇を女の額に落とす男とそれを受け入れる女をただただ目を見張って覗いていれば、少し前のめりになった際に植木に足がぶつかり物音を立ててしまった。 しまった!と息を飲むと驚いた女は裏の方へ走って逃げて行った。 ジェイドは物音がした方を睨みながらわかりやすくため息を付いていた。 「趣味が悪いですねぇ、覗きなんて」 「…お前が言えたことか?」 「おや、私にも1人や2人愛人くらいいますよ」 「…ヒメがいるだろう…?」 「ああ、家で大人しくしてもらっていますよ」 万遍の笑みで笑う幼馴染にここまで腹立たしく思ったのは、フォミクリーの実験で大怪我をしたとき以来だった。 その時よりもなにか違う感情が渦巻いているのにも、その感情がなんなのかもピオニーは気がついていた。 ▽▽▽ |