すれ違う心


ピオニーが即位して1年が経った。
マルクトと他国キムラスカとの関係性は悪化し、ケセドニア戦争が始まった。
軍と政治の対応に追われる主の疲れをせめて気休め程度にも緩和できる様にいつも以上にヒメはピオニーの世話に励んだ。
ピオニーは戦場に取り残されてしまった民の無事や、軍を率いる幼馴染が無事に帰ると信じつつも一瞬の油断も許されない。そんな顔をしていた。
暫くして、ケセドニア戦争が終結といっても休戦に持ち込まれた。
ふう。と肩の荷が下りたと言葉が聞こえて来そうなくらいに椅子から脱力したピオニーを見てヒメはやっと安堵した。

「ピオニー様、ご公務お疲れさまです。お茶お入れしましょうか?」
「ああ、頼む。ヒメにも迷惑をかけたな」
「いえ、私はピオニー様にお仕えするのが最優先事項ですので」
「…あぁ、そうだったな」

ニコリと微笑むヒメにピオニーはニヤリと笑い返してお茶を入れヒメの後ろ姿を盗み見た。

「ジェイドも無事帰還できるらしい」
「まあ、それは何よりですわ。さすが大佐、ですね」
「アイツも大佐の地位にいるような人間ではないんだがな、どうも出世を拒む」
「それもまたジェイドさんらしいですわ」

クスクスと笑いながらお茶を差し出されたので、口元までティーカップを運びまず香りを楽しんだ。
長年ヒメの入れたお茶をのみ続けているピオニーはふと普段と違う口当たりに少し顔を顰めた。

「入れ方を変えたか?」
「お気づきになられました?ピオニー様のせめてもの癒しになればと少し前から入れ方を工夫するようにしておりました。
茶葉もヒーリング効果のあるものを選別してお入れしたのですが…お気に召しませんか?」
「いや、悪くない。」

顔を顰めたピオニーに少し眉根を下げて不安そうにヒメはお茶の感想を聞いたが、悪くない。といいつつも少し不服そうにカップを見つめるピオニーは入れ方にすぐに気がつけなかった自分が気に食わなかったらしい。
それほどまでに自分がここ最近張りつめていたことと、何も言わずともさりげなく支え続けてくれるヒメに対して時間遅れで笑みがこぼれた。

「お前はいい嫁になるな」
「…そうでしょうか?私も夫になる人にはもしかしたらここまで尽くさないかも知れませんよ?」

自分に向けられた褒め言葉に少し沈黙しつつも戯けた様に笑うヒメとの空間がなんとも居心地のいいものだとピオニーは思いながら残りのお茶を飲み干した。


△△△


戦場から軍を率いてジェイドが帝都へ帰還した。
謁見の間で大臣らを交えて戦場での報告を行った後にピオニーはジェイドに話があると急ぎではないが後ほど自分の私室へ来る様に促した。
ジェイドは二つ返事で返し戦場の報告会は速やかに終わった。

「陛下、それで話と言うのは?」
「ジェイド、まあ座れ」

私室の扉からノックが聞こえジェイドを部屋に通したヒメは後ろの方で控えて2人の会話を聞いていた。
ピオニーから手で合図をされコクリと頷きすぐさま準備していたお茶を配膳できる様に動く。
カップを2つトレイに並べてピオニー、ジェイドの順番で提供した。

「私も戦場から帰ってまだ報告書や他の仕事が残っているので手短にお願い致しますよ」
「そう水臭い事を言うな。それに俺の話に付き合うのも立派な公務だろう?」
「またそのようなことを…」

ジェイドは眼鏡を押さえながら思わずため息をついた。
それもそうだ、1、2日空けただけでも自分の机の上には書類が山積みになっていると言うのに、戦場から戻ってみればその量は比べ物にならないほどだった。
職権乱用、と言われても可笑しくはない目の前にいる君主はニヤニヤとジェイドがため息を付くのを面白そうに見ていた。

「用がないのであれば顔は出しましたし、よろしいですね?」
「せっかくヒメが茶を入れてくれたんだ。飲んで行け、最近コイツの茶は入れ方を変えてまた旨くなったんだぞ」
「…ふむ、仕方ありません」

やれやれと眼鏡を押さえて肩をすくめる行動はいつも通りのジェイドのルーティーンで大人しく座ったジェイドを見て戦場から帰ってまだ間もない友人の普段通りの行動に心なしかピオニーもほっとした。
それで、とお茶を一口飲み終えてから一度カップを覗き込んだジェイドはピオニーに目線を寄せた。
どうやらジェイドもヒメの紅茶の味を気に入ったらしい。

「そう急ぐな、と言いたい所だが。お前はじいさんたちからも口うるさく言われている事だろうが、そろそろ昇進したいと思わんのか?」
「…またその話ですか」

カーティス家へ養子として入り、士官学校時代からのジェイドの功績は誰もが認めるものであり譜術の分野のみならずにその名は世界へ轟いている。
もちろんいい噂だけではないのはもちろんだが、ピオニー自身もジェイドの成果を評価して昇進させたいと言うのは事実だった。
その話はうんざりだ。と眉間に皺を寄せながらも紅茶をひと飲みすると顔色を変えずに口を開いた。

「私としては大佐という位階でも身に余ると何度も言っているはずです。お断りしますよ」
「俺自身もお前の好きにやれ。と言いたい所だがそう言わせてくれないのがじいさん達なんだ。それで、だ!」

なにか良からぬ提案をしようとしているのはジェイドはすぐに察知した。
予測がつかない行動や斜め上を行く発送を堂々と言い放つ幼馴染のことは十分理解していたつもりで、良からぬ提案をされる前に早々に話を切り上げて自分の執務室へ戻りたい。と切に思った。

「お前、嫁を貰ったらどうだ?」

ジェイドは一瞬絶句した。
目の前にいる人物は自信満々に何を言い出すのだろうか。自分も即位してまだ1年余りしか経っておらず、皇帝である自分は側室や愛人はおろか恋人すらいないと言うのに。

「私が陛下を差し置いて婚約を…?馬鹿を言わないで下さい」
「お前だって良い歳だろう」
「私は貴方よりも一つ年下です。順を追って言えば貴方の方が婚約は先だと思いますが。
人に婚約を進めている場合ですか。」
「この歳になれば一つの歳の差など関係ないだろう。それに、お前も嫁を貰えばもっと愉快で昇進を甘んじて受け入れる男になると思ったんだがな。」

愉快そうに笑うピオニーとは対照的にジェイドは不愉快の一言では済まされないほどに身体の周りから嫌悪感を醸し出していた。
いくら幼馴染とは言えど、君主に対して顔は笑顔が張り付いていたとしても威圧的な態度を取る従者をヒメはジェイド本人以外には見た事がなかった。
自分以外にこの私室にいなくて良かった。と安堵しつつもこの陰と陽の対立を見て身震いした。
そしてピオニーが自分に一度視線を送って来た事に首を傾げ、お茶のおかわりか。とティーポットを持ってピオニーに近づいた。

「お前の適任の連れ合いを俺直々に探しては見たんだがな。俺はヒメが適任だと思うんだ」
「は?」
「…え?」

お茶のおかわりをピオニーのカップに注いでいるヒメも思わず聞き直しピオニーを見つめ、その瞬間にピオニーはヒメの腰を掴んでどうだ?とジェイドに自信満々に告げた。
一方ジェイドも、連れ合いの人物はどこの馬の骨かもわからない令嬢をいい告げられると思っていたが、長年ピオニーの傍付きをしているヒメの名前と驚く本人を見つめて思わず間抜けな声を出していた。
名案だろう。と自信満々に言うピオニーに深くため息を付いて口を開こうとすれば、ジェイドよりも先に啖呵を切ったのはヒメでジェイドは目を見張った。

「ピオニー様!何度言えばわかるのですか…!私は貴方様が幸せになってから。と普段からお伝えして来たはずです。
それに…、私にはジェイドさんは勿体ないです。ご令嬢はもちろん、王宮内の女中達は皆ジェイドさんと一度ご一緒したいと話を良くしているのを耳にします。家の繁栄よりも陛下にお仕えする仕事を愛し、仕え続ける事を願う私よりももっとジェイドさんを心から愛し支える事が出来る女人はいますわ!
私のお気持ちを理解していただけていると思っていましたのに…」

ヒメは言い放つと、はっと我に返って頭を冷やしてくる。と職務を放棄する許しを貰う前に勢い良く扉を開けて顔を覆って走って出て行ってしまった。
ピオニーは普段取り乱す事のない彼女が最後部屋を出る時に泣いていた様に見えて思わず動揺して出て行った扉の方を見つめていた。

「おや、振られてしまいましたね」

ピオニーが黙ったのをいい事に眼鏡を押さえながら道化の様にジェイドは笑い、ピオニーの様に扉の方を見て言葉を続けた。

「貴方は彼女がこの十数年間どのような思いで仕えて来たのを知らないわけではありませんよね。
もちろん彼女の貴方を思う気持ちも。アレは一世一代の貴方への愛の告白、だと私は認識しましたが。」
「だが…」
「私に婚約者を立てる考えは百歩譲って…良くはありませんが良いとして、その相手にヒメを出すのは愚作ですね。彼女にとって非常に酷だ。
それでもと言うのであれば私にも考えがありますよピオニー」

ジェイドは最後に友人の名前を呼び視線をその本人に戻せばぐうの音も出ないピオニーを置いて扉の外へ出た。

「…私は些か過去にとらわれた2人の当て馬ですか。」



▽▽▽

prev next