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年上彼氏の嫉妬のさせ方


「ねえ!ガイお願いよ!!」

出会い頭にジェイドの部下で恋人且つ、旅をともにしたヒメは開口一番にものすごい剣幕でガイに近づいた。
女性が好きなくせに女性恐怖症を克服途中の彼にとって、彼女の思わぬ接近は嬉しくもあり少しの恐怖で後ろへ飛び退いた。
それでも尚距離を空けまいと接近し続ける彼女に参った!と両手を挙げて降伏すれば、我に返った彼女はごめんなさい。と小さく謝った。

「そ、それで?一体どうしたって言うんだいヒメ」
「あの、えっと…」

先ほどの剣幕はどこへいったのやら。彼女は急にもじもじと目の前で小さくなってしまったので小首を傾げつつも緩急のありすぎる彼女に笑みをこぼした。
笑い事じゃないのよ!と彼女はもう一度吠えたが、旅の最中にも何度か彼女がこう取り乱すのを見て来たガイはまた恋人の悩みを抱えているのだろう、とガイは状況を瞬時に把握した。

「君の事だ、そうなっているのは旦那の事なんだろう?」
「あ…ええ、そうなのよ。よくわかったわね」
「君とも旦那ともそこそこ付き合いも長くなって来たからね」

それでね。としおらしくなった彼女はポツポツと自分に迫った理由を話し始めたのだった。

彼女の悩みの種はと言うと、旅を終えてしばらく経つと言うのにジェイドは自分と恋人だと言うのを忘れてしまったのではないか。と言うのだ。
いやまさか、そんなはずはないだろう。とガイは間髪入れずに否定をしたが寂しそうに首を振る彼女はどうやら相当な間放っておかれているらしい。
ジェイドは膨大な仕事の量を要領よくこなしはするがそれをいい事にピオニ―陛下は厄介な書類をジェイドにまわしずっと仕事をしていることが多い、おまけに陛下が城を抜け出せばそれの捜索に向かわされるのはガイの次に多い。
それは自分の肩書きが部下だけでガイが爵位を取り戻しグランコクマへやって来る前からそうだったのは彼女もわかっている。
だがしかし仮にも恋人になり慌ただしい旅を終えた今、少しくらい自分に愛情が注がれてもいいのではないのか。と軍人故に忍耐力があるはずの彼女ですら耐えられなくなってしまっているこの状況はきっとヒメが貴族の令嬢であれば即刻破談にしてしまうような程放置されてしまっているのだろう。

「それにね、この間任務でケテルブルクへ行ったのだけど…夜は時間がかなりとれて翌朝に出航してグランコクマへ帰って来る予定だったの。だから久しぶりに2人でゆっくりできるかなって思っていたら…」
「思っていたら?」
「ジェイドったらホテルのロビーで綺麗なご婦人と待ち合わせをして外へ消えて行ったのよ…しばらく待っていたしとなりの部屋がジェイドだったから帰って来たらわかると思ったのだけど深夜まで帰って来てなかったみたいで…」

ああ、なるほど。とガイは頭を抱えた。たまにジェイドとは顔を合わせるが彼は基本的に顔に笑みを浮かべて思考を周りに読ませない。自分の中で報告するほどでもない案件ともなれば自ら思考開示をしない男だ。
だがガイはジェイドがヒメと恋人だと言うのを忘れている事だけはない。とだけは断言できたがこうも消沈してしまった彼女に伝えた所で気休めにもならないだろう。

「それで、ヒメは俺にどうして欲しいって言うんだい?」
「ジェイドが私に嫉妬するか協力してほしいのよ。」

ああ、しまった。聞かなきゃ良かった。悪い予感しかしない。とガイはまた頭を抱えることになった。
ごねるヒメの押しに負けて、乗りかかった船だと自棄になりながらガイは彼女の提案に付き合うことを決めた。
ヒメはきっとジェイドの気持ちがわかれば満足するだろう、と甘い考えしか持っていなかった。

△△△

「大佐、私今日は仕事をここで切り上げても構いませんか?」
「…珍しいですね、ヒメが早めに切り上げようとするなんて」
「少し用事がありまして」
「ふむ、いいでしょう。私もそろそろ切り上げる予定でした」

普段揃って残業を黙々とこなす彼女が珍しく仕事を切り上げると申し出たことにジェイドは瞬いた。
ふと考え込む彼女を見かねて、久しぶりに食事へ誘おうと口を開こうとすれば執務室のドアが外側から叩かれていることに気がつき、外にいる者を中へ通した。

「やあ、おつかれ」
「ああ、ガイでしたか。お疲れさまです」
「ヒメ、仕事は切り上げられそうかい?」
「え、ええ。今ちょうど終わった所なの」

ガイが珍しくも爽やかに登場すれば(普段は陛下に振り回されて爽やかにかけている)執務室にわざわざ足を運んだのはヒメに用があったようだ。ジェイドは普段とは見慣れない光景に面を食らった。

「それじゃあ行こうか」
「2人で食事、ですか」
「ああ、少しつもる話もあってね。彼女が誘ってくれたもんだから断る理由もないだろう?」
「…ヒメが誘ったのですか」
「ええ…それでは大佐、失礼します」

ガイはジェイドが一度不穏な空気を出したのを見逃さなかった。
やはりヒメのことを気にかけていない訳ではないらしい。
ヒメは俯きながらもジェイドに一礼してこともあろうか、ドアの近くでもたれ掛かっていたガイの腕を引っ掴んで腕を組みぴとりとくっついた。
ガイは飛び跳ねそうになるのをなんとか我慢しつつも腰が引けておりなんともマヌケな足取りだが最後にもう一度チラリとジェイドを覗けば腕を組んだ2人を見て少し目を丸くしていた様に見えた。

「…なあ、ヒメこの後どうするんだ?」
「…どうしたらいいのかしら…」
「まさかの見切り発車だったって言うのかい?!」

軍の建物から離れ、広場に出ればぴとりとくっついていた2人は自然と離れた。
ガイは今後のどうするのかを訪ねればどうやらヒメはガイと出かける素振りをジェイドに見せつけるまでの計画しかたてていなかったらしい、困惑するヒメと頭を抱えるガイは端から見れば滑稽な男女のカップルである。
とりあえず落ち着こう、とガイは提案し自分が行きつけのテラス席のある酒場へ向かった。
彼女はガイの知る限り戦場では臨機応変に頭が回り頼りになる仲間ではあったが、いざ張りつめた空気を取り除いて彼女の本質だけを見ればとてもじゃないが、頭が回り頼れるなんてものとはかけ離れ、自分のことを表に出すのが苦手で甘え下手な女性だった。
自分たちが執務室から離れる時にジェイドがどんな顔をしていたかもきっと彼女は見る余裕などなかったのだろう。
見晴らしのいいテラス席に座らせ飲み物を頼んでガイは自分が見たものを伝えねば、と意を決した。

「…君は執務室から出る時に旦那の顔を見たかい?」
「いいえ、怖くて見ていないわ…」
「だろうな…旦那、君から食事に誘ったって時点で随分驚いていたみたいだ。俺らが腕を組んで出て行こうとした時の顔なんて俺は見たことがない旦那の顔だった」
「…それでも追いかけるなんてしてくれないじゃないの…」

このままジェイドとの関係がなかったことになってしまったらどうしましょう。
それが彼女の本心で、ジェイドを多少なりとも驚かせるには効き目の強いクスリにはなったかも知れないが今の状況を例えるならば、目的地も現在地も見失いおまけにスコールに遭って今にも沈んでしまいそうな船だ。
今にも泣いてしまいそうな彼女の肩を抱いて慰めてやれればいいが、ガイはそれをしたくとも女性に自らの意思で触れると言う行動にまで至れない。
夕焼けが恨めしいほど綺麗でそれが似つかわしくないほどに2人の空気は重い。
ああもう一体どうしたらいいんだ、逃げてしまいたくなるのを必死に堪えながらガイは涙が遂に決壊してしまったヒメに触れようと手を伸ばした。

「いけませんねぇ、人の恋人をこれ見よがしに連れて行っておきながら泣かせるなんて」
「…っジェイドォ!!!」

助かった、と言わんばかりにガイがジェイドの名前を叫んだ。
何故あなたが涙目になっているのです。とジェイドは半ば怒気の籠った口調ですぐさま返答した。
ジェイドに追いかけて来てほしかったはずのヒメは驚いた拍子に決壊した涙は引っ込んでしまい代わりに顔が瞬時に青ざめた。
ジェイドが来たことに喜ぶガイとそれによって顔を青くしたヒメを交互に見てジェイドは意味が分からない。とでも言う様に大きくため息をきガイに無言の圧力をかけた。
説明するからそんな怖い顔はよしてくれ。と慌てて弁明した。

「…つまり、ヒメは私の気持ちがわからず不安感を覚えたので私に嫉妬をさせ真意を確かめたかった。そういうことですか?」
「ああ!そう、そういうことになる」
「……」

先ほどよりも大きなため息をついたジェイドにヒメはびくりと肩を震わせて一向に顔を上げようとしない。
涙の跡が残る頬を優しく手で拭いとりながら表情を見るべくジェイドはヒメの顎を自分の方へ引いた。

「私に嫉妬させたかった、と言うのであればその作戦は大成功でしょうね。
ですが、やり方はもっと他にもあったでしょう。何よりも私がいつ恋人関係を解消したと言うのです」
「…ごめん、なさい…」
「貴女が何も言わないのをいい事に溜まった仕事を片付け続けて長い間構って差し上げれなかったのは私の落ち度です。
しかし貴女は私に本心を言わなすぎる。不安感をガイには爆発させ私は何も知らない。と言う事実そのものが一番傷つきます」

他人の感情に疎い私は貴女のことも傷つけてしまったのでしょうが…。と眼鏡を押さえながらジェイドは俯いた。

「…ケテルブルクで会っていた女性は…?」
「彼女は元々研究院の人間です、離れても尚研究を続けていると言っていたので施設までお邪魔させてもらっただけです。譜術専門の研究家なので私としたことがついつい話が盛り上がってしまい貴女と過ごす時間をみすみす逃してしまいました」

投げかけられた質問に淡々と答えるジェイドは最後に困った様に眉を下げて肩をすくめた。
いくら思考の読めないジェイドでもこれは事実だ、と黙って聞いていたガイは思いヒメ自身も自分の思い違いだったのかと脱力した。

「…浮気じゃないの…?」
「はあ…冗談はよして下さい。…私にも非はありますがこうなってしまう前に止めてほしかったですね、ガイ…」
「…悪かったよ…」
「さて、まだガイにも言及したいことがありますが、それはまたの機会にしましょう。ヒメ行きますよ」

ジェイドは立ち上がりヒメの手を引いて酒場をあとにした。ガイは、お手柔らかに頼むよ…。と苦笑いをしながら2人を見送った。
しばらくの間黙って自分のペースで歩き続けるジェイドにヒメは掴まれた手とジェイドを必死に追いかけた。
急ぎの任務でなければ今までジェイドは隣を歩く際自分の歩幅に合わせて歩いていてくれたのだと気がついたのは言うまでもなく、自分から嫌われに行くような真似をしてしまったことを悔いた。
速度を緩めることなく歩き続け、ジェイドは突き当たった建物の前でぴたりと止まり、ポケットから鍵を取り出して慣れた手つきでそれを差し込んだ。
扉が開くなり掴まれた手を室内へ放り込まれヒメは立ちすくんだ。部屋の中を見渡せど暗くスッと鼻を啜れば古い紙とジェイドの匂いがした。
名門カーティス家の屋敷ではなくどうやらジェイドが間借りしている家のようだ。

「大佐…?」
「…おや、仕事中ではありませんよ。名前で呼んで下さらないのですか?」
「…その…ごめんなさい…ジェイド」

ヒメが素直にジェイドの名前を呼び直せば待ってましたと言わんばかりにジェイドはヒメを抱きしめた。
久しぶりに抱きしめられた感触に思考が追いつかず手が宙ぶらりんになっているのをお構いなしにジェイドはきつく抱きしめ口を開いた。

「不安にさせてしまい、すみません。仕事が立て込んでいようともっと早くにここへ連れ込んで貴女を抱きしめるべきでした」
「わ、私こそ…変な勘ぐりをして貴方を傷つけるような真似を…」

ジェイドは衝動に駆られ抱きしめていたヒメの身体を引き剥がし優しく口づけた。
一瞬のキスのはずが唇が離れたと同時に酸素を求めてお互いに深く息を吸い込み見つめ合う。

「私だって男です、恋人が目の前で他の男と腕を組めば簡単に嫉妬します。ヒメから食事に誘ったと言うのにも少々妬きました。正直心臓に悪いです。今後は許しませんよ?」
「私も…最初からジェイドに伝えていればこんなことにはならなかったもの…ごめんなさい」
「怒っていませんよ、少なくとも今は」

私こそ、と謝り合う自分たちにクスリと笑いお互いが求めていたであろう恋人同士の甘い空気にやっとなった。
ガイにも謝らなくちゃ。とヒメが呟けばジェイドは少しつまらなそうな顔をして、もう他の男性のことを話題にするのですか。と言った後に困った様に笑った。

「今日は今までの分、存分に甘えて下さい。私も構い尽くしますので覚悟して下さい」
「…お手柔らかにお願いします…」
「おや、難しいことをいいますね」



▽▽

「ジェ、ジェイドすまん!許してくれ!!」
「今回貴方には随分とお世話になったので”お礼”を、と思いまして」
「おいおい!礼するような顔してないぞ!!」
「ガイ〜?私が見逃さないとでも思っているのですか?ヒメに腕を組まれたとき、腰は引けてましたが鼻の下は伸びていましたよ?」
「ご、誤解だ…!!!う、うわあああぁ!!」
「問答無用です」
「ガイ…ごめん…」


▽▽▽

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