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*ヒカルside



「やっぱレイヴン先生じゃん」


姫先輩が目を見開いた。
相変わらず嘘をつくのが下手な人だなぁ。俺はあの時久しぶりに会った時からなんとなく気が付いていた。
中学の頃から先輩のことがずっと好きだった。だからこの学園への進学を目指した

年末にたまたまスーパーで見かけて嬉しさのあまり声をかけては見たけど、先輩は見知らぬ男を連れていた。
でもなんとなくその男は見たことがあるような。まさか先輩が援助交際なんてする訳がないと思いながら久しぶりに会えた先輩との会話を楽しんだ。
先輩の後ろにいる男の視線が妙に痛い気がして、思わず男と先輩がどんな関係かを確認したら間に割って入られて親戚みたいなもんだと言われた。
その後は先を急ぐからと手短に挨拶しかできなくて、同じ高校に進学することを伝え損ねた。
親戚が久しぶりの再会を割って入るなんてことまずないだろうし、俺を見る目と姫先輩を見る目が極端に違う。
それを言ったら先輩だってそうだった。そこで俺は気が付いた。

よくよく思い出してみればあの男は学園の弓道顧問だった。弓道界で鬼才と呼ばれていた先輩の親戚にあんな男がいた覚えは流石にない。
ともなればそういうことなんだろう、と俺は愕然とした。
見学に行ってみれば鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして動揺して怪我もしてたっけ
先輩は魅力的だ、生徒と教師の境界を跨いででも惹かれる気持ちはわかる。
でもそれは気に入らない、俺は全うだ。俺は生徒に手を出すような淫行教師の手から救いたい、俺の方が先輩のことを理解してる、だってずっと見てきたんだからと執拗に先輩に接触するようになった。
少し迷惑そうな顔をしているようにも思えたけれどそれは誤差だと考えた、最終的に俺のことを好きになってくれれば問題ない。


「ねぇ、先輩黙ってるってことは事実ってことでしょう?」
「な、に言ってるの?私はユーリ先輩と…」


ユーリ先輩がしつこい俺に付き合ってると嘘をついた。噂好きなヤツに話してみたらみるみる噂は広まって、それらしく2人は生活していたけど2人の間からそんな雰囲気は感じ取れない。
久しぶりに話しに行こうと教室の方まで訪れてみれば廊下で内緒話をしているレイヴン先生と先輩を見かけた。
辺りを見渡しているから柱の影に隠れてその様子を観察していれば俺に取っては気分の悪すぎる雰囲気が2人からはだだ漏れだった。
あとやっぱり目が違うんだ。物的証拠はなくてもこれだけで先輩を揺すぶるには十分だ。


「単刀直入に言います」
「…なに?」
「別れて下さい」
「どうして…?」
「鈍い人だなぁ…俺はずっと姫先輩のことが好きなのに」


大袈裟に声を張った。その声に近くにいたヤツが反応して姫先輩は焦りからなのかなんなのかわからないけど少し顔を赤らめてキョロキョロと辺りを見渡している。
俺の声に反応したヤツが野次馬よろしく他のヤツを連れて聞き耳を立てているのをいいことに俺は先輩の反応を見ながらニヤリと笑った。
先輩は下手なことを今言えない、俺がもし"口を滑らせて"レイヴン先生のことを話してしまったら事実だろうと事実ではなかろうと学園中の騒ぎになる。
まあ、そんなことしたら先輩が学園からいなくなってしまうかもしれないからそんなヘマはしないけど。


「場所を変えましょうか」
「え…でももう予鈴が…」
「やっとここまで来たのに逃したりしませんから」


見物人が多いなか俺は先輩の手を引いて人気のない屋上まで駆け上がった。



△△△
*姫side


目の前にいるのは本当に後輩のヒカルなんだろうか。
抵抗しようにも公衆の面前でヒカルが何を言い始めるのか予測できずに屋上まで引っ張られて来てしまった。
屋上に着いた頃には本鈴がなってしまっていた。聞き耳を立てていたクラスメイトが何人かいたからきっとそのクラスメイトの口から面白可笑しくレイヴンに私とヒカルが何処かに消えたことが伝わる。
嘘が苦手な私は強引なヒカルにきっと負けてしまうと思う。
レイヴンは俺がなんとかするといってくれていたけど、ここでレイヴンが出てきたら本当に認めたことになってしまう。それこそ分が悪い
虚勢でもいいから私だってレイヴンを守らないと


「どうして屋上になんて連れてきたの?」
「姫先輩とちゃんとお話がしたかったので。帰る頃にはいつも邪魔が入るでしょう?それとも家に入れてくれるんですか?」
「邪魔って…!ヒカルには悪いけどユーリ先輩は私を心配してくれただけだよ」
「ユーリ先輩が先輩を庇うってことはレイヴン先生と付き合ってるのを知っているってことかな?あとの2人も」
「だ、だから!私が付き合ってるのはユーリ先輩。前に2人でいるのを見て誤解してるなら先生はお隣さんってこともあって…私を気遣って車を出してくれてただけだよ!」
「エールまで買ってですか?姫先輩だけの買い物量じゃなかったですよ」
「それは、お礼なだけだから…!」


今私はどんな顔をしてるんだろう
ふとそう思ったらヒカルが顔を歪ませた


「なんて顔してるんですか…」
「え…?」
「…アイツはそんな嘘までつかせて…!俺だったら…」
「ヒ、ヒカル?」


苦しそうな、宿敵を目の前にしているような…顔を歪ませたかと思えばヒカルは普段通りの人懐っこい表情へと変わった。
記憶にあるのは自分を慕ってついてきた後輩ではなく別人だ。
中学の時よりも格段に伸びた背もあってか大人びた風にも見える


「わかりました。先輩、一つ取引をしませんか?」
「取引って…何に対してよ…」
「勝負をしましょう」


勝負?と首を傾げるとヒカルは笑顔で頷く。
取引ということは勝敗によって何かを賭けるということだ
自分にはきっと分が悪いものになるのは予想ができる、だからといって取引を受けないとなればまた違うなにかで揺さぶられることには変わりがないのは検討が付く。


「俺が勝ったら今お付き合いしている方とは別れて下さい。」
「…なにそれ、私には引き受ける利点が…」
「引き受けてもらえないなら…先生と密会していたと学校長へ訴える。とかどうですか?決してやましいことがないならそれでもいいですよ」
「わ、私が勝ったら…?」
「そうですね…俺は先輩の恋愛事情は邪魔しませんし、密会の件も絶対に口外しません」


約束しますよ。とヒカルがまた笑った
妙に余裕を醸し出してるヒカルには勝算があるということなんだろう。
背中に冷や汗が伝った気がして不快感が一層増す。


「勝負は弓道にしましょう。俺は中学時代先輩に勝ったことがありませんし、俺は二射で先輩は四射でどうです?」
「そんな内輪の勝負事の為に神聖な道場を使うなんてどうかしてるよ、ヒカル!」
「まー無作法ですけど…大丈夫ですよ、明日は部活が休みですしやたら滅多に人が来ることはありませんよ」
「だけど…!」
「決まりですね、礼儀だなんだと言うくらいなんだから先輩は勝負を受ける気ではいるんですもん」


それじゃあ、また明日放課後に。と言ったかと思えばヒカルは室内へと戻ってしまった。
時計を見ればもう少しで授業が終わってしまう。
私は戻るに戻れなくて屋上の隅で小さく体育座りをして途方に暮れた。
強引に取り決められてしまった礼儀知らずな勝負事は断るにせよ負けるにせよ分が悪い。
ただ、レイヴンに迷惑をかけたくない。それだけだった



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