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「姫先輩!探しましたよ〜」


新学期、2年生に上がった私は問題の種がもう既に芽吹いているように感じていた。
部活に所属していない私は後輩と交流を持つことはまずまずないけれども目の前で私を先輩!と呼びながら嬉しそうに笑う後輩のヒカルはほぼ毎日のように教室に訪れている。
まだ新学期が始まってから2週間程度で幸いにもエステル、そしてマイコちゃんとまた同じクラスになれて他のクラスメイトたちとも馴染めるようになって来た、ヒカルが毎日のように教室に足を運んで来るのでクラスではそれが日常茶飯事でドアの近くにいる男子がニヤニヤしながら高瀬ー面会だぞー!なんて声をかけてくる。


「探しましたよ〜って毎日来てるじゃん」
「だって昼休みは姫先輩教室でご飯食べていなかったじゃないですか」
「今日は天気がよかったから…ってそうじゃなくて毎日教室に来なくてもいいじゃない?」
「だって先輩とは部活でずっと一緒だったのに弓道場いっても先輩いないし、俺がここにこないと先輩に会えないじゃないですか」


ヒカルは中学の時確かに私に懐いていたけれど、こうもべったりではなかった。
妙に何かを企んでいるような、そんな感じに勘ぐってしまうのはきっと少し前にレイヴンが見学しに来たヒカルに意味有り気に”久しぶりですね。”と耳打ちされたからだ。
聞いた直後は取り乱してしまったけれど、落ち着いた時にまたその話を聞いた。特に以前レイヴンと私と会ったことだとか、苦し紛れについた私たち2人が親戚みたいなものだなんて話を”噂話”として流すような様子もまるでない。
ただ執拗に私に会いに来るのだ、見せつけるかのように。


「あ、そうだ!今日部活が休みなんですよ、業者が弓道場の定期メンテに来るらしくて。だから今日は一緒に帰りましょ?久しぶりにゆっくり話がしたいですし」
「私普段はエステルたちと帰ってるし、今日も…」
「じゃあ俺もそこに混ぜて下さい!エステル先輩いいですか?」
「え、えぇ!ユーリたちも問題ないと思います」
「ヒカル…ちょっと強引すぎない?」


始業式のあとにたまたまエステルや先輩たちと一緒に歩いていた所でヒカルに出会して以来、私の回りの人間にやたらと興味を示す。頑固ではあるけれど優しいエステルはあまり拒むことはないしユーリ先輩たちもそうだ。
半ば無理矢理輪に入ってくるヒカルのことを相談したくとも毎回間が悪い。
先輩を慕ってくれている後輩を邪険にしたくはないけれど少し煩わしく思えて来たのも事実だ。
教卓の方のドアがガラリと開いて、そちらを向けば教科書を片手に気だるそうにレイヴンが入って来た。目が合ったかと思えばヒカルを見てほんの少しだけ顔を顰めたレイヴンは口を開いた。


「おーい、予鈴鳴ったぞー少年は1年の教室に戻りなさいよー」
「おっと…じゃ、姫先輩、エステル先輩また放課後にー!」


レイヴンに会釈をして出て行くあたり礼儀はちゃんとしているけれども、そこがまたレイヴンも面白くないところなんだろうな、と私は思う。
現にレイヴンは口を引き結んでヒカルが出て行った後に私に目線を合わせる
授業の準備だーとクラスの生徒たちはガタガタと移動させた椅子を戻したり机に向かい始めた人が多いので回りに気づかれないように自分の口元を指先でトントンと叩いていつもの笑みが消えていることをジェスチャーすれば我に帰ったようにレイヴンはヘラリと笑って明るく教卓から授業を始めると口を開いた。



△△△


「姫、大丈夫ですか?」
「え?うん」
「あんまり無理をしないで下さいね」


エステルと先輩たちにはヒカルのことを話していることもあってか無意識に浮かない顔をしているとエステルは背の小さい私の顔を少し屈んで覗き込むように心配してくれる。
今日はレイヴンの物理が最後の授業だった。もちろん理科全般が苦手な私は授業内容にも頭を悩ませていたから尚更浮かない顔になってしまっていたのかも。
今日はHRはないけれど、運良くまた担任になったレイヴンは生徒たちを見送りながら授業中の質問に答えていた。
部活もないから教室で少しゆっくりしていくつもりらしい。ノートを鞄に詰めながらエステルに笑いかけるとユーリ先輩からメッセージが飛んで来た。


15:50『もうフレンと昇降口いる。お前の後輩もいる』


エステルに画面を見せると、ヒカルくん随分早いですね…と少し困ったように笑っていた。
先輩を待たせる訳にも行かないのでエステルを連れてレイヴンに教師と生徒特有の別れの挨拶をしてから教室から出た。
昇降口の方へと歩いて行くとかなり離れた所からヒカルがブンブンと音が出そうになくらいに手を振っている。
困り笑うとエステルも同じ気持ちだったようで顔を見合わせる。長身の落ち着いた先輩2人の前ではヒカルは飼い主が来て尻尾を振って喜ぶ小型犬さながらだ。


「お待たせしました!」
「あと少し遅かったら教室まで迎えにいっちゃおうかと思いました」
「バーカ、俺らに会って早々そう言ってただろ」
「確かに。ヒカルくんはよっぽど姫のことが待ちきれなかったみたいだ」
「ははは…」
「先輩たち、それは言わない約束じゃないですか!」


約束なんてしてない。と飽きれたように言うユーリ先輩も笑うフレン先輩もヒカルの人懐っこいテンションにやれやれとしていそうな雰囲気だ。
はしゃいだ調子のヒカルを落ち着かせて良く行くファミレスへと歩みを進める
話足りないとでも言うようにヒカルは私との中学時代の話を率先して話している


「でも残念だなぁ、姫先輩の弓道している姿って凄く素敵なんですよ。俺は今からでもいいから弓道部に入って欲しいと思うのに…弓道部の先輩から聞きましたよ、一度だけ行射したって」
「ヒカルくん、その話は…」
「同級生だったら俺も見れたんだろうな…羨ましい」
「…私もう上手く弦を引けないから入った所で皆の迷惑になっちゃうし」


確かに1年の頃に半ば無理矢理行射を行ったことがあった、が見せられるようなものではなかったと自分でも思う
震える手で弦を引いて全ての的を確かに射抜いたけれどその後は倒れてしまった。
トラウマな癖に実家に置いてくることも出来なかった弓は部屋の隅に袋に入れて置いてある。
もう使わないと思いつつも手入れをしてしまう辺り未練がないとは言い切れないけれど、中学の時のようにまた弓道場に立つつもりは毛頭ない。
気分が少し落ち込んでしまって俯いてしまうとようやく気が付いたのかヒカルは弓道の話を辞めて何事もなかったかのように話題をすり替えていた。
エステルに背中をそっと撫ぜられたので笑えばエステルはほっとしたように笑ってくれた。
暗い気持ちを払拭して様々な話題で盛り上がっていれば陽が傾き始めていた。
まだ4月半ば陽はようやく長くなり始めたけれど、エステルの親御さんが心配するといけないので解散する流れになった。
いつもの分かれ道まで歩いて2手に分かれるとヒカルは私とユーリ先輩の方に着いて来た。
隣町の実家から通っているというから駅はここから丁度間くらいだけれど気持ちエステルたちの家の方面の方が近い。
もう少しだけいいじゃないですか!とヒカルに丸め込まれて3人で歩いているとヒカルが少しつまらなそうな顔をして口を開いた。


「先輩たちっていつも一緒に帰ってるんですか?」
「うん、そうだけど。ユーリ先輩は私の家の前をいつも通るから送ってもらってて」
「へぇ、じゃあユーリ先輩は姫先輩の家に入ったことあるんですか?」
「ん?まー、あるな。何回か」
「一人暮らしですよね?いいなあ、俺も姫先輩の家に行ってみたい」
「ま、また今度ね」
「そうだ!!!」
「…ヤな予感だな」


ユーリ先輩の言葉は懐中…いや的中で。ヒカルは今から私の家に行きたいと言い始めてしまった。
中に入らずとも家の前まで!!なんて言いながら私とユーリ先輩の背中を押しながら歩く。
少しの抵抗も無意味でやんややんやと言っていればマンションの前まで着いてしまった。
思ったより近かったからなのかヒカルは時間を確認してから、トイレを貸して欲しいと言い始めた。
不自然すぎるよ後輩
ユーリ先輩が飽きれながら一緒に行ってやるからと小さい声で呟いている。ヒカルに対して男女の…なんて不安感は抱くことはないけれどもこの調子だとユーリ先輩がいないとなんだか居座られてしまいそうな気がした。


「へぇ、女の子の部屋って感じですね!」
「トイレに行かないのかよ…」
「あ!そうでした!」


終わったら帰るぞ、とドア越しにヒカルに声をかけてユーリ先輩は壁に凭れる。
もしものときの為に簡単にレイヴンの痕跡が残っていないか確認をしてトイレの方を覗けば丁度ヒカルが出て来た所だった。
居間の方へ戻って来て隅に置いていた袋に入った弓を見ている


「先輩、これは持って来てたんですね」
「実家に起きっぱなしもなんだったから…」
「だったら…」
「やらない!やらないよ…欲しかったらヒカルにあげる」


弓道をする私に尊敬なのか、依存をしているようなヒカルはもの言いたげにしていたがユーリ先輩に諭されて玄関の方へと移動した


「すみません、トイレ借りちゃって」
「大丈夫だよ、道わかる?」
「はい、いざとなったらユーリ先輩に助けて貰います!」
「へいへい…」


玄関から出てエレベーターまで見送ろうと扉を開けると、間の悪いことにレイヴンが丁度帰宅して来たところだった。
扉を開けて止まった私を不審に思ったのか、ひょこりと靴を履きながらヒカルが、その後にユーリ先輩が出て来た。
ヒカルの顔を見て一瞬表情が曇ったような気がしたけれどユーリ先輩がその後に出て来たことで少しだけ胸を撫で下ろしているレイヴンに向かって苦笑いをするとヒカルが無邪気とはかけ離れている笑みを口元に蓄えた。


「あれ、レイヴン先生どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞よ、女子の部屋に野郎が2人って」
「勘違いするなよ、コイツがトイレしたいとか言い始めたから俺は付き添いだ」
「レ、レイヴン先生、お疲れさまです…」
「姫ちゃんも、ね」
「え、ユーリ先輩はなんでレイヴン先生がここにいるのに驚かないんですか?」
「あーそれは」


ニヤニヤと笑うヒカルにユーリ先輩は返そうとした瞬間に、立ち止まっていたはずのレイヴンが何食わぬ顔でスタスタと歩いて隣の自宅の扉を叩きながらポケットから鍵を取り出した。


「ここがおっさんの家だから」
「…へぇそうなんですか」
「たまたま姫ちゃんが隣に越してきただけよ。そんじゃ不純異性交流とか隣で勘弁してちょーだいよ〜」


ヒカルが驚いたような顔をしているのに見向きもせずにレイヴンは扉の奥へと入っていってしまった。



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