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「お帰りなさいませご主人様〜」


昨日はいつぞやのナンパ男にまた絡まれて、その後にパティが学校に1人で遊びにきて…
メイド執事喫茶なんてこともあって興味津々で来る在校生に他校の生徒の対応にも追われてなかなか忙しかった。
昨日は終わった後に本来なら今日の分の仕込みをして帰らなければいけなかったけれども、パティを放って置く訳にも行けず離脱させてもらって孤児院まで送り届けた。
やけに先生とパティは仲良くなっていて初対面のはずなのに…とも思ったけれども人見知りをしないパティと物腰の柔らかい先生なら仲良くなってもおかしくはなかった。
そして2人で手を繋いで孤児院まで向かっている道中に何故かパティに、”姫姉ぇはレイヴンのことが好きじゃな?”と見事に言い当てられてしまった。
12歳と言えどもパティは観察力が非常にあるので私はそんなにわかり易かったのか…とも不安になった。
送り届けた後は思いのほか疲れてしまったのか家に帰ってすぐに寝付いてしまった。

昨日散々笑顔が堅い。とマイコちゃんの指摘を受けたこともあるし、文化祭2日目ももう終盤に差し掛かっていた。
私はと言うと冒頭で発した言葉と笑顔はマイコちゃんから上出来!と褒められるくらいにまでなっていた。
いいのか悪いのか…
終盤になっていることもあって他校生はほとんどお客さんでおらず、今はやたらと学園の女子生徒が多かった。
友達に会いにくる他のクラスの女子もいれば、勿論なんちゃって執事に対応されてみたい下心前回の女子もいる。
そして私は今大変面白くない光景を目の前にしていた。


「せんせー超似合ってるね!いつもこんな感じだったら私テスト満点獲れちゃうかも!」
「いつも髪の毛セットしてるのなんて見ないからほんとに新鮮、飽きない!」
「あらま、本当に?満点獲ってくれるならおっさんたまに髪セットしちゃおうかしら!」


2年生の女子生徒に褒めちぎられてデレデレする先生。ここ30分くらいその席に捕まっている。
先生は元から生徒に人気のある方だし、わからなくもないけれどこうもご機嫌に花でも飛んでそうな雰囲気の先生を見るのは私的には全く面白くなかった。


「あの先輩たち…昨日も何度も来てましたし、よっぽどレイヴン先生のこと好きなんですね…」
「まあ、先生が執事姿してるって言うので割と女子集まって来てるようなもんだから繁盛するに越したことはないけどいい加減働いて欲しいね」
「…」
「姫、怒ってます?」
「…別に…?もうすぐ終わるし働こ」


エステルとマイコちゃんが飽きれた様に先生を白い目で見ながら少し文句を漏らす。
先生のことが好きだと言うことはエステル、ましてやマイコちゃんにも言っていない。あからさまに私が黙ったことで察して下さい。と言っているようなものかも知れないけれど取り繕うにも腹の虫が収まらない。


「ふ〜なんとか逃げてこられた…捕まっちゃっておっさん逃げてこられなかったわ〜」
「先生まだ忙しいから働いてよー!」
「えーおっさん今やっと解放されたのに!!ねえ姫ちゃん?」
「………」


先輩たちの席から逃げて来た先生はマイコちゃんに指摘されこともあろうか先生はやたらデレデレしているのに苛立っていた私に話を振ってくるが、目を合わせるものの疑わしい眼差しを向けて黙って作業に戻った。

「あり?姫ちゃんなんか怒ってる…?」
「先生が働かないから、です!」

お客さんがいなくなったテーブルを片付ける作業をしていたら後ろから先生とエステルの会話が聞こえたけれど否定も肯定もせずに聞こえない振りをした。


△△△


キャンプファイヤーの炎が風に揺られて踊る。
あの後先生は何度か私のご機嫌を取りに話しかけて来たけれど軽くあしらってしまった。
なんだかんだで楽しかったはずなのに、気がつけば初めての文化祭はこのままでは良い思い出ではなくて嫉妬のモヤモヤだけが残ってしまいそうだった。
私は1人でキャンプファイヤーの回りでフォークダンスを踊る生徒たちを座りながら遠目に眺めていた。
エステルはユーリ先輩やフレン先輩と一緒にいるみたいだけれども1人になりたい気分だった。
無論、踊る気にもなれず、後夜祭のフォークダンスなんて告白をする絶好のイベントごとだ。
踊ることが出来るなら踊りたい相手は女子の人気者で且つ教師だ。
一生徒と踊るなんてことはないだろう、ましてや一緒に踊って下さい!なんて告白滲みたことなんて言えない。
それにご機嫌取りをしにきた先生を何度もあしらってしまった私からは到底話しかけられない。

「はぁ…いいなー…」

ワイワイと盛り上がる校庭を恨めしそうに見つめながら思わず独り言を呟いた。
返ってくる言葉は勿論ないと思っていたはずなのに、私の後ろの方で砂利を踏む足音が聞こえた。
振り向くと、見つかってしまった。と言わんばかりの表情の先生が後ろに立っていた。

「…何がいいなーなの?」
「…先生には関係ないです…」
「ある程度したら後夜祭も終わっちゃうんだから楽しまないと損よ?」
「…私は別に踊りたいとか、告白なんてするつもりも毛頭ないので…」
「…姫ちゃんはなんでそんなに怒ってるの?」

先生は自然に私の隣に座ると、あしらうつもりはもうない私に質問攻めだ。
落ち着いたトーンが隣から聞こえるのが心地よくて、膝を抱えながら思わず目を閉じる。
棘ついた心の氷を溶かすような居心地の良さに私は思わず本音を小さい声で零した。

「……レしてて、面白くなかった」
「ん?ごめん、なんて?」
「せんせいがデレデレしてて…面白くなかった…から!」

俯いていた私は思い切って言葉を発した拍子に顔をあげると目を瞬かせた先生と目線が搗ち合った。
自分が何かしてしまったのだろう。と先生は察しは付いていたと思うけれどまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったらしい。

「姫ちゃん…それってヤキモチ…?」
「…だったらどうなんですか…?」
「あー…えー…っと…ヤキモチさせて…ごめんね?」

言ってしまった言葉は戻せない。こうなったら自棄だ!と言わんばかりに私は先生から目線を逸らさないで強気に言えば、先生は困った様に笑いながら目を泳がして自分の頭を掻きながらその手を最後に私の頭の上に置いて撫でた。
照れくさそうに私の顔色を伺う先生の顔を見て思わず笑いがこみ上げる。

「ぷっ…なんですかそれ?」
「い、いやーおっさんどう答えたら良いのかわかんなくて…!でもご機嫌は戻ったってことであってる?」
「…仕方ないから許してあげます!」

告白のようなそうではないような、けれども宙に浮いたような感覚のそれに私は思わず笑うと先生は急に立ち上がり私の前に手を差し出す。

「一曲俺と踊らない?」
「喜んで…」

キャンプファイヤーの炎は遠く、薄暗い中で私たちはフォークダンスを踊った。
ダンスなんて私には経験はなかったけれども苦手意識を感じさせないほどに先生はリードしてくれて、やっぱり文化祭は楽しい思い出で終わることが出来そうな気がした。
ある程度踊り終われば名残惜しそうに二つの手は離れて見つめ合うと、ぐっと強めの風が吹いた。

「…っくしゅん…」

メイド服姿のままでじっと座っていた私はすっかり身体が冷えてしまっていたようで風に当てられて小さくくしゃみをした。
ああ、折角いい雰囲気だったのに…と自分のことを少し恨むと、徐に先生はいつも羽織っている白衣を脱いで私に被せる。

「その格好じゃ寒いな…制服に着替えるまでそれ着てて良いよ」
「あ…ありがとうございます」

先生は優しく笑ってくれて、お礼を言おうとすれば丁度後夜祭を終了するアナウンスが流れた。
そのアナウンスに先生はハッとして、俺先に行くね!とキャンプファイヤーの片付けのために走って去って行ってしまった。
先生がさっきまで着ていた白衣を身に纏って少しの温もりと匂いを感じつつ私はエステルたちと合流しに向かった。


△△△


着替え終わり簡単なHRも終わって、すっかり外は夜になってしまった。
いつもよりも学校を出るのが遅いこともあって先生たちは生徒に早急に帰宅する様に促していた。
それは私たちも同じで、エステルやユーリ先輩たちと一緒に帰るべく昇降口の近くで待ち合わせていた。


「それじゃぁ、帰りましょうか」
「文化祭終わっちゃったね!」
「パティも来て賑やかな文化祭だったな」
「…ところで姫の持ってる白衣はそのまま持ち帰るのかい?」


いざ帰ろうとローファーを持った時だった、フレン先輩に白衣のことを指摘されて先生に返すのをすっかり忘れてしまっていたことに気がつく。
丁寧に畳んで、そのまま持っていたにもかかわらず忘れてしまっていた私は今日もなかなか疲れてしまっているらしい。


「あ…返すの忘れてた…!」
「大切そうに持ってたのに忘れてたのかい…?」
「返すタイミングが無くて…!私返して来ます!外で待ってて下さい!」
「あ、おい!別に家帰ってからでも…!行っちまったな…」


ユーリ先輩が何か言っていた気がしたけれども私は先生の所へ走り出してしまって聞き損ねてしまった。
先生はまだ教室にいるはずだし、5分くらいで戻って来れるかな。
教室へ走ると案の定まだ先生はいるようで、私たちのクラスだけ電気が一つついていた。

「…せん…っ」

教室にまだ残っているであろう先生に声をかけようと教室を覗き込もうとした瞬間、教室の中にいたのは先生だけではないことに気がついて私は押し黙った。
声色からして中から聞こえるのは女性の声と先生の声で思わずドアの陰に隠れた。
一瞬声を出してしまったけれど先生たちはどうやら気がついていないみたいで、話を続けている。

「今日の先生ほんとに格好良かったなー」
「はは、そりゃどーも」

先生と言っている女性の声はどうやら生徒で、私も聞き覚えのある声だった。
盗み聞きは趣味ではないが、声の主を確認するべく少しだけドアの影から覗くとやっぱり!と私は確信した。
文化祭中先生が模擬店の当番の時に何度も来ていたあの先輩たちの1人だ。
これはもしかしなくてももしかする事態だ。告白だ。
告白の言葉も、先生がどんな風に答えるのかも聞きたくなかった。
今すぐこの場から離れたいのに肝心の身体は硬直してしまった。
無理矢理動こうとすれば物音を立ててしまいそうな気がして動けなかった。

「それでね、私先生に言いたいことがあってー」
「うん?」

ガタッと自分が立てた音ではない音が教室の方から聞こえる。
恐る恐る覗けばその先輩は先生に抱きついていた。
血の気が頭からサーッと引いて行くのがわかった。見たくないのに目が離せなくて、目にはうっすら涙が堪って来ているような気がする。

「私、先生のこと好きなんだよね」
「…そっか…ありがとね…で」ガタガタッ

先生が口を開いた瞬間に私は居ても立ってもいられなくて、気がついたら物音を盛大に立てて廊下を走っていた。


「…姫!?」


なかなか戻ってこない私にしびれを切らしてユーリ先輩がどうやら迎えにきてくれたようだった。
前を見ないで走っていた私は曲がり角で思い切りユーリ先輩に打つかって胸に飛び込む形になった。

「…おい、どうした?なんかあったのか…?」

白衣を握りしめたまま俯く私にユーリ先輩は両肩を持って私の顔を見ようと屈もうとする。
思わずそれを撥ね除けて、白衣をユーリ先輩へ無理矢理渡す。

「…私…先に帰りますっ!!!」
「おい!姫!」

思い切り走ってローファーを投げて掃く。
外に出ればさっきまで晴れていたのに土砂降りで、玄関をすぐ出て犬走りで雨宿りをしているエステルとフレン先輩がいた。
一瞬目があって声をかけられたけれど私は傘もささずに土砂降りの中へと走って逃げた。


△△△


俺達は姫が戻るのを待っていると急に土砂降りの雨が降り出した。
その場にいた俺だけ傘を持ち合わせてなくて、エステルは教室に折り畳み傘を一本置いてるって言うもんだから姫を迎えに行くついでに傘を拝借することにした。
教室に向かっているとバタバタと走ってくる音が聞こえて、曲がり角でその音を出していた人物を受け止めれば、白衣を返しに行ったはずの姫だった。
その腕には今も白衣が抱かれていて綺麗に畳まれていたはずなのに強く握られてくしゃりと皺が付いていた。
打つかっても尚顔も上げなければ口も開こうとしない姫の様子は明らかにおかしい。

「…姫!?」

声をかけても無反応だ。
肩を持って顔を見ようとすれば思い切り突き放されて、白衣を押し付けられる。

「…私…先に帰りますっ!!!」
「おい!姫!」

呼び止めても振り向きもせずに姫は走って行った。
白衣を渡してないあたり教室で”良からぬもの”でも見たんだろう。
多分姫は泣いていた。
どちらにしても傘を取りに行かなきゃならない、押し付けられた白衣を片手に俺は姫たちの教室に向かった。


明かりが一つ。他の教室は暗い。ゆっくりと歩いていると明かりがついていた教室から人が飛び出して来た。
俺がいる方と反対方向へ走って行くのは女子生徒だった。
そこで俺は察した、ああ。姫が見たのはおっさんが告白されている現場か…。
ドアに凭れて中を覗けば、右頬を少し赤くしたレイヴンがいた。


「ざまぁねえな…」
「青年…!?いやーおっさんもモテるもんねぇ…」


ははは。と愉快そうに笑うおっさんはまだ事態に気がついていない、気がつくはずもない。
俺はおっさんに見える様に白衣を持ちながら腕を組むとヤツの顔色は一変した。
教室内へゆっくり足を運んで更に様子を伺う。


「青年…それって…」
「さっきそこで姫に会ったぞ。」
「…じゃあ…さっきのは…」
「俺に白衣押し付けて猛ダッシュで帰って行った」


ここまで言えば多少鈍くてもわかるだろう。と俺は飽きれた様に見つめ返すと、泣いていたであろう姫の顔を思い出し少し怒気混じりにおっさん目がけて白衣を投げて、エステルの席の横に引っかかっていた傘を手に取った。


「俺はアンタに言ったはずだぜ?」

泣かすなって。



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