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「それで、どうしてパティがここにいるの?」


喜ぶパティとは裏腹になんだか姫は少し不機嫌そうだった。
パティを連れて来た俺とフレン、先に俺らを迎え入れたエステルは状況が掴めずに3人で肩を並べて傍観している、少し間抜けな図である。
12歳の割には小柄な少女を高校生で囲んでいる異様な図はさすがに目立つこともあってかさすがに教室からは出て廊下で話すことになった。


「姫姉ぇちっとも会いにきてくれんからうちからここへ出向いたのじゃ!」
「会いに行けてなかったのは謝るけど…でも1人で隣町から?おばさんたちには言って来たの?」
「うっ…うちはただ姫姉ぇに会いたくて…」
「はあ…何も言わないで1人で来たのね…」


こうもあからさまにため息を付きながら飽きれた顔をする姫を見るのは初めてで少し意外だった。
エステルが心配そうに姫とパティを交互に見ているのがわかった俺はその場をどうにか丸く納めようと間に入ろうと試みる。


「まあ待ってて、パティは姫に会いたかっただけなんだろ?せっかく会いにきたんだしそんな顔するなって」
「姫姉ぇはうちに会いたくなかったのかの…?」
「そ、そんなことない!会いたかったよ…ごめんねもう少ししたら当番終わるから待ってて?一緒に回ろうね」

どうやら丸く収まったみたいだ。と胸を撫で下ろせばエステルとフレンがよくやった!と言わんばかりに胸の前で小さく親指を立てて笑っていた。

「それじゃあパティは姫たちの当番が終わるまで俺らと一緒にいるか?」
「うむ!ユーリといるのじゃ!」
「ユーリ先輩…すみません」
「あー…ユーリそうも行かないみたいだよ…?」
「フレンどうかしたんですか?」

フレンが携帯を片手に苦笑いをしているので、どういうことなのかイマイチ検討はつかなかったが、ふと制服のポケットに入れたままだった携帯がずっと震えているのに気がついた。
画面を覗けば大量の着信がクラスのヤツから来ていて、ついでを言えばメールも数件…先ほど様子を見に行こうと思って見に行けていなかったクラスの模擬店で何やらあったらしい。

「どうやら俺とフレンは模擬店の方に戻らないと行けなさそうだな…」
「む?ユーリもフレンも忙しいのかの?」
「ああ、急用みたいだ…すまないね…」
「それじゃあ、パティはどうしましょう…」
「キッチンの方で待っててもらうしかないかな…」

全員で頭を悩ませていると姫たちの教室からひょこっと同じメイド服姿の女子が現れる。
どうやらこっちも忙しくなって来てしまったみたいだ。
どうしたもんかとチラッと横目で教室の後ろの方から出て来た人物に目がついた。

「あ、丁度いい所に。おーい、おっさん」
「…へ?俺?」
「アンタ以外にこの場におっさんが何処にいるんだ?」
「青年、確かにそうだけど。さすがにおっさんも傷つくよ」
「ま、いいから。アンタ今から休憩だろ?」
「なになに〜おっさん男と文化祭回るつもりなんて1ミリもないわよー」
「俺もおっさんと2人きりは御免だ。姫が手空くまでちょっとコイツ見ててくんねーか?」
「よろしくなのじゃ!!」
「え、ちょっと、パティ!ユーリ先輩!?」

トントン話を進める俺にパティは上手く乗っかってくるので人見知りは全くしない子供で助かった。
姫は予想もしていなかったであろう人物にパティを頼もうとする俺に驚いているようだったがそろそろ俺らも姫たちも戻らないと不味そうだ。携帯がまた煽る様に震え始める。

「じゃ、そういうことだからよろしくな!」
「レイヴン先生、お願いします!行こうユーリ!!」
「え!?ちょ、青年、フレン!?」
「姫ーエステルー、早く戻って来てー!」
「あ、はーい!今行きます!」
「先生、すみません!パティをお願いします…!」
「よろしく頼むのじゃ!おっさん先生!」
「おっさん先生って…」


どうにかおっさんにパティを任せて俺らも姫たちも目的を果たす為に急いだ。


△△△


「へーパティちゃんは姫ちゃんと同じ孤児院の子なんだ」
「そうなのじゃ!うちは姫姉ぇに会いたい一心で海を渡るメッセージボトルのごとくのらりくらりと辿り着いたのじゃ!」
「小学生の女の子1人で隣町から来るのはなかなかの冒険ね!」


俺はと言うと急に任された子守りを全うするべく中庭で姫ちゃんたちが休憩になるまで待っていた。
本来ならばユーリたちが様子を見る予定だったのが、ユーリたちの模擬店が思いのほか繁盛していてすぐには戻れそうもないらしい。
あまり子供の扱いは得意ではない方だが任されたパティちゃんはなかなか達観していて人見知りもしないし、何よりも喋り方が子供と言うよりはなかなかに古臭い。


「そろそろ姫ちゃん休憩の時間だから嬢ちゃんと一緒に来ると思うわよ」
「ユーリは来ないのかの?」
「はは!パティちゃんは随分ユーリのこと気に入ったのね」
「うむ!初恋じゃ!」
「こりゃあ青年も罪深いヤツよのぉ!」
「うむ!…それにしてもうちは姫姉ぇが明るくなってて安心したのじゃ…」

ケラケラと子供らしく笑っていたかと思えば目の前にいる少女が纏っていた雰囲気が一変した。
俯いて困った様に笑いながら座って投げ出されてた足をゆっくり動かしながら手をモジモジと動かしていた。

「うちはな、物心付く前からお父もお母もいなくて孤児院のみんなが家族じゃった。でも姫姉ぇは違うから…
孤児院に来た頃の姫姉ぇはいつも寂しそうだったのじゃ。
みんなで姫姉ぇを励まして高校生になるから孤児院を出ることになって、ちっとも会いに来てくれなくなったから孤児院よりも、うちよりもこっちの方が楽しく過ごせているってことなんじゃな…」
「…パティちゃん」

姫ちゃんが心配だった。ただ純粋にその気持ちだけで会いにきたパティちゃんはなんだか今にも泣きそうなほど危うそうな表情でモジモジと動かしていた手は気がつけばワンピースを堅く握りしめていた。

「会いにきたうちに対しても嫌そうな顔をしてたし、姫姉ぇのことが好きなのはうちだけだったのかの」
「…それは違うと思うぜ、パティちゃん」
「…?」
「姫ちゃんはパティちゃんが無断で1人で来たことに少し怒ってただけだと思う。世の中いい人だけじゃないからね、パティちゃんに何かあったら…って姫ちゃんは考えてたと思う」
「…そう、かの…?」

少しだけ目に涙を溜めて、純真無垢な澄んだ目で俺を見上げる少女に少し居たたまれなさを感じてしまった俺は思わず少女の頭を撫でた。
ふと後ろの方からパティちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえて思わず俺とパティちゃんの肩がびくつき、触っていた手をしまい込んでパティちゃんは目に溜まった涙を拭った。

「…姫姉ぇ!待ってたのじゃ!」
「パティ待たせてごめんね…先生もありがとうございます…!」
「いーのいーの!パティちゃんいい子だったし!そういえば嬢ちゃんは?」
「ありがとうございます!えーっと、店の方がまだちょっと忙しくて…エステルが先に行っていいよって言ってくれたんです」
「あーそうだったのね!忙しいならおっさん戻って嬢ちゃんと交換してこようか?」
「でも…さっき休憩はいったばっかじゃ…」
「うちはまだレイヴンとも一緒にいたいのじゃ!」

元々みんなで文化祭を回ろうと話していたのは知っていたし、ここは交換した方が良さそうかと提案すればパティちゃんが立ち上がった俺の手を握った。
子供相手に思わずドキッと…いや、キュンとした俺は今多分父性が湧いて来ているような気がする。
困った様に姫ちゃんと顔を見合わせれば、パティちゃんは満足げに俺と姫ちゃんの間で片方ずつ手を握って俺らを引っ張り歩き始めた。


△△△


パティちゃんに2人してずっと引っ張られて中庭を出て歩いていれば、ユーリたちが模擬店を手伝っている姿が少しだけ見切れた。
ユーリの姿を察知したパティちゃんはそのまま初恋相手の元へ猛ダッシュするので俺らは飼い犬にリールを引っ張られて追いかけている飼い主そのもののようだった。


「ユーリ!!来たのじゃ!!」
「もう…急に走り出すなんて…!あ、そういえばお腹すきませんか?パティもまだ何も食べてないよね?先生にもお詫びに奢らせて下さい!」
「大したことしてないけど…いいの?」


空腹なのは事実だった。ちょうど昼時でここはあえてお言葉に甘えておこう、と3人で模擬店の前に立った。
未だに手を繋いだままなのをすっかり俺は忘れていて、鉄板の奥にいたフレンが不思議そうな顔をして笑っていた。

「仲良く手を繋いでるのを見ると、なんだか3人で家族みたいですね!」
「なっ…!!!」
「レイヴンと姫姉ぇとうちの家族…悪くないの〜!!」
「パ、パティちゃん…?!」

満更でもなさそうにケラケラと笑いながら握った手を上に上げるパティちゃんに思わず姫ちゃんと俺は赤面した。
子供の純粋さを侮っていたかも知れない、そんな風にいわれると下心がある俺からすると普通に恥ずかしい。
フレンの後ろでそれを聞いていたであろうユーリは小さく肩を揺らしながら顔を隠して笑っているのが見えた。
つい先日ユーリに気持ちを打ち明けた自分が恨めしい。完全に新しいおもちゃを見るような目で俺を見るのだ。
あわあわと慌てた素振りで姫ちゃんはお好み焼きを人数分買った後に、自分以外の人間が何故こんなにも多種多様な反応をしているのか見当がつかないフレンに笑顔で見送られた。
もう一度さっきの中庭に戻ろうと歩く。先ほど家族みたいだなんだと指摘を受けたけれどもなんだかその手を振りほどく気にはなれず、むず痒い気持ちを胸にひたすら歩いた。


△△△


姫ちゃんにごちそうになったお好み焼きをいざ食べようと箸を割ろうとした時だった、姫ちゃんは思い出したかの様に慌てて立ち上がった。

「そうだった…ちょっと孤児院に連絡して来ます!パティのこと伝えておかないと…2人は先に食べてて下さい!ついでに飲み物も買って来ますね!」
「それなら俺もいく…姫ちゃ…行っちゃったよ」
「相変わらず姫姉ぇはそそっかしいのぉ」

他人事の様にお好み焼きを頬張りながら呟く少女はある意味肝が座っているような気がする。
お言葉に甘えて冷めないうちに俺も食べてしまおう。と箸を割って一口。模擬店で出している割にはしっかりしてて美味い。こりゃ確かに繁盛する訳だ。
さて、もう一口。姫ちゃんが戻って来るまでゆっくり味わっておこう。と思いながら静かに食べているとパティちゃんは思い出したかの様に口を開いた。


「姫姉ぇとレイヴンは付き合っているのかの?」
「っ!?ゴホゴホッ…パティちゃん急になんてこと言い出すの…!?」
「む?違うのかの?」
「ま、まだ付き合ってないわよ!俺先生だし…」


そう言った所で俺はフリーズした。今俺なんて言った…?
”まだ”付き合ってない?…しまった。どうも子供相手だと調子が狂う。どうにか聞き逃してくれればいいけど。なんて思いながらもパティちゃんはそれを聞き逃してくれるようなほど甘くはなかった。
ニヤリと子供らしからぬ笑顔を見せるパティちゃんに俺は苦笑いしかできなかった。どうやら観念するしかないらしい。


「”まだ”、かの?やっぱりレイヴンは姫姉ぇのこと好きなんじゃの〜」
「ったく……姫ちゃんにはまだ内緒よ…?」
「うちは沖にあるテトラポッドのごとく口は堅いのじゃぁ〜」
「…そりゃぁ頼もしい…その感じだともっと前から気がついてた、とか…?」
「うむ!」
「そりゃまたなんで?おっさんに教えて〜」


よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに胸を張って演説でもしようとする様は意外にも様になっている。
35歳のおっさんが12歳の子供に片思いがバレるなんて不甲斐ない。
姫ちゃんには割とあからさまな態度を取ってしまった前科もあるしもしやすると本人も気がついているかも知れない。


「目じゃ!姫姉ぇと話している時の目が違う!それにさっきあからさまに照れておったからの〜」
「目敏い子供ですこと…自信を持って言ったのはそんなにあからさまだったから?」
「む〜…女の勘じゃ♪」
「…それ初恋ついさっきの子が言う台詞なのかしら…」
「む、うちも姫姉ぇが好きだから今日のところは2人きりにはしてやらぬぞ…!ユーリが来たら話は別じゃ!」
「わかってます…」


ふう、とため息を付けば満足そうにまたパティちゃんはお好み焼きを頬張り始めた。
そういうことなら2人っきりになりたいだろう?と言われているようで、少女に見透かされた自信の気持ちのだだ漏れ具合に気を引き締め直さねば行けないと尚のこと思ってしまった。
つい先日デューク先生からも指摘されているし…。


「…お待たせしました!」
「あ、姫ちゃんおかえり〜。……。」
「姫姉ぇおかえりなのじゃ!…む、エステルも当番が終わったのかの…?」
「はい!先ほど落ち着いたので姫と合流しました!」
「…嬢ちゃんおつかれさん〜」


ユーリが来ればもしやするとパティちゃんは協力してくれたかもしれないが、さすがに嬢ちゃんをパティちゃんが引っ張りだすのは難しいだろう…少し落胆する俺に対して一つの視線を感じたので恐る恐るその方向を見れば、ニヤニヤとしたパティちゃんだ。


「残念じゃったのぉ!レイヴン」
「パティちゃん意地悪言わないで…!!」


子供は案外目敏くて侮れない。やっぱり俺は子供の扱いが苦手かも知れない。



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