26

午後から始まった勉強会はたまに休憩を挟みつつ気がつけば20時を回っていた。
先生は私の苦手を重点的に克服させるべく熱心に教えてくれて、先生の専門は理科だと言うのに気がつけばユーリ先輩やフレン先輩達から他の教科の質問も受け持っていた。


「レイヴン先生は英語も得意なんですね」
「おっさん意外とオールラウンダーなんだな」
「嬢ちゃんもユーリもおっさん一応先生ですから…ある程度は教えられる」
「まさか僕のわからない所も教えてくれるなんて思いませんでした、助かります」
「それにしても気がついたらこんな時間になってるなんてな」
「もうすぐ出来ますよ〜」


終わりの時間を決めずに始まった勉強会だったので時間を確認をしていた人がおらず、元々勉強を付き合ってくれたみんなにご飯を振る舞おうと思っていた私は鍋に火をかけてカレーをかき混ぜていた。
ふと振り返れば真横には先生がいて、ドキリと心臓がはねた。


「お、カレー!通りでいいにおいするわけだ」
「そ、そうですか?」
「それにしても俺までごちそうになっちゃっていいの?5人分でしょ?一人暮らしなのに…」
「元々今日はみんなにご飯は食べて行ってもらおうと思っていたのでいっぱい作ったし大丈夫ですよ!」
「ふ〜ん、それにしてもエプロン姿似合うね」


先生は私の真横でカレーを覗き込んでいたかと思えば私を下から上までゆっくりと見てニヤリと笑っていた。
先生がエプロン姿を褒めてくれるのは嬉しいけれど普通ならない状況と勉強会が始まる前の光景が蘇って私の頬は少しだけ赤く染まった。
先生はそろそろ温め終わるカレーを見て用意されていた皿を手に取って先輩たちに声をかけてそれぞれ米をよそう様に指示を出して米の入った皿を3人の名前を呼びながら並べてくれた。
出来上がったカレーを並べられた皿に流し込んで行けば先生が居間の方までせっせと運んでくれており、3人分運び終えた先生は自分の皿にカレーが流し込まれるのをニコニコと待っていた。


「なんだか楽しそうですね?」
「そりゃあ姫ちゃんのカレーですから!」
「美味しいかわかりませんよ?」
「肉じゃが美味しかったから美味しいに決まってるさ!」


先生はウキウキとカレーを自分のを運んで居間に座り直して私が戻って来るのを待っていた。
それじゃあいただきます!とエステルが音頭をとってみんなで頬張れば、美味しいと褒め言葉が飛んで来て、エステルは私も頑張って作れる様になります!と意気込んでいた。
テレビを見ながら今日の勉強の話や学校での他愛もない話をしているのが楽しくてまた時計を見るのをうっかり忘れてしまっていた。


「なんだか眠くなって来てしまいました…」
「エステル…帰りましょう…」
「でももう22時だし…お迎え呼んだ方がいいんじゃないかな…」


エステルが睡魔に負けて机に突っ伏している所を眉を下げながらフレン先輩は身体を揺すっていたがエステルは眠り始めてしまうとなかなか起きてくれない。
迎えを呼ぶにもいい時間帯だ。
ふと先生が思いついた様に口を開いた。


「嬢ちゃんも起きそうにないし、親御さんには連絡して今日は泊まって行ったらいいんじゃない?」
「でもうちに布団ないですよ…!」
「そんなおっさんさすがに全員姫ちゃんの家になんて言わないわよ。
まず男子2人が女子の家に泊まる事が問題!」
「それって俺達はおっさんの家に泊まって良いってことか?」
「そういう事。俺も時計見てなかったし2人くらいなら泊められるわ」


たまにはこういうのも楽しくていいんでないの?と笑う先生に先輩たちは顔を見合わせて、お言葉に甘えるか。とエステルを揺するのをやめた。
寝てしまったエステルを残して大丈夫かい?とフレン先輩の過保護が発動したけれど何か困ったら隣に行きますね!送り出した。
取り急ぎみんなが使っていたコップやらを片付けてお風呂の準備をする。こうなったら折角エステルもいるんだし湯船にお湯も張ってしまおう。
テキパキと作業をしながらエステルを見れば幸せそうに寝ていた。


△△△


姫ちゃんの家から出てユーリとフレンの2人を部屋へ通せば、へえ、案外綺麗だな。とユーリが呟いた。
フレンは本当に泊めてもらっても良いんでしょうか。と回りを見渡しながら自分がどこに身を落ち着ければいいのか悩んでいるようだった。
来客用の布団をどこかにしまっていたはずだ。と探していれば2人して手伝うといい始めたから見られたら困るものもあるかもだから適当に座ってろ。と俺は促した。


「あ、タオルとか出しておくからどっちか先にシャワーでも浴びちゃって!」
「じゃ、フレン先に入っちまえよ」
「え、いいのかい?…じゃあお言葉に甘えます」

フレンが先にシャワーを浴びにいくと決まればユーリはドカリと床に座って静かに部屋を見ていた。

「そんなに見ても面白いものはないぞ〜青年」
「姫の部屋より少し広いなと思ってさ」
「あー、この部屋角部屋だからちょっと広いんだわ」

男同士の会話は特に弾みもせず、ふーん。と聞こえたかと思えばユーリはまた黙った。
うん、妙に気まずい。勉強会前に俺と姫ちゃんが2人で見つめ合っていた光景に少なからずユーリは違和感を持っているだろうとは思っている。
ユーリ達が入ってこなかったら俺は彼女になにを仕出かそうとしていたのやら。ある意味タイミングとしてはばっちりだった。
約10歳も下の少女に対して抱くこの気持ちは正当なものではないし、ましてや生徒だ。
してはいけない。と言われれば言われるほどやりたくなってしまうのも人の性なのか、教師になってから割と長いが生徒に対してこんな風に思ってしまうことは初めてで、姫ちゃんに対しての同情や仲間意識から始まったものであるのは確かだ。

考え事をしながら布団を探せば、見覚えのある柄の布が見えて来た。
お、あった。と言えばユーリが立ち上がって手伝うぜ。と申し出た。
布団を一組伸ばされた腕に置けばユーリと部屋に入ってから初めて視線がかち合った。

「…なぁ」
「ん?どうした?」
「あんたって姫のこと好きなのか?」
「…!…きゅ、急にどうしたのよ?おっさんと恋バナでもしたいの?酔狂だねぇ」
「…明らかに動揺したな。さっき、あんたアイツになにしようとしてた?」

フレンもいるから油断していたがやはりユーリは勉強会前に見た俺と姫ちゃんのことを聞き出したいらしい。
ふとフレンがいるであろう風呂場の方向へユーリは目をやり耳を澄ませばシャワーの音が聞こえる。
まだしばらくはあがってこないだろう。と解釈したユーリは布団を一組床へ引きながら口を開いた。

「なにって…熱っぽそうだったからって言ったじゃない」
「インターホンの音も聞こえないくらい随分手厚く対応してたんだな?」
「意地悪く言うねぇ…」
「それに花火の時、本部のテントでのあんたの顔は明らかに教え子にするような顔じゃなかったぜ?」
「ま、まああの時の姫ちゃん可愛かったしね!おっさんも浮かれてたんだわ」
「…それだけか?」

疑り深いユーリに聞こえない様に少し呻けばユーリは怪訝な顔をして黙った。
青年自体も俺とかなり歳が離れているっていうのにこの観察眼と年相応の好奇心には参る。

「…まあ、家も隣だし身寄りもない少女ってなったら特別扱いしたくもなるわね
青年こそどうなのよ?」
「…答えになってないな…。俺からしたらアイツは構いたくなる大事な妹ってとこだ」

へぇ。とだけ返せば深いため息が聞こえ、明らかに苦し紛れの嘘とも取れる俺からの解答にそういうことにしといてやる。と詮索はもうしてこないようだった。
カチャリと風呂場の方からフレンが出て来る音が聞こえたので表情を何事もなかったかの様に戻し、俺はせっせと2組目の布団を敷いた。
ユーリにも風呂場へ行く様に促し、面倒くさそうに頭を掻きながらそれに従う背中を見届けてフレンにお茶を出した。


「そんじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」


ユーリとフレンが横になって電気を消せばふうっと一息ついた。
久しぶりに誰かが家の中にいる空気にそわそわしてまだ眠気は来ないらしい。
横になる2人を踏まない様に避けて少しの明かりを頼りに冷蔵庫へ向かってエールを取り出した。
生徒がいる前で飲むのはあんまり良くないことはわかってはいるが眠気を誘うためにそれを煽りながらまたベッドへ戻る。
スースーと寝息が聞こえるのでもうどちらか2人が寝たのだろうと物音を立てない様にベッドの上で天井を仰いだ。

「…なあ、起きてるか青年」

ポソリと呟けば、ん。と低めの声が返って来た。やはりユーリは起きていたか、と少しだけ笑った。
俺はユーリとした会話を思い返しながら、なにを思ったのか独り言の様にまた呟いた。

「俺はあの子が大事だよ」

ユーリからの返答はなかった。もちろん返事を待つつもりもない。と思いながらあと一口のエールをぐいっと煽りベッドに横になった。
目を閉じて眠気が来るのを待とうとしばらく部屋の中に静寂が続いた。


「…泣かすなよ」
「了解、お兄さん」

自分の立場を考えれば容易なものではないと思ったが、クスリと笑って俺は布団を被りながら寝返りを打った。
普段なら酔うはずがないエール1缶できっと酔いが回って思わず口を滑らしてしまった。そういうことにしておこう。


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