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「今日で終わっちゃうんだから楽しむぞー!」


昨夜のことは嘘だったかのように先生はエステルと肩を並べてとてもテンションが高い。
昨夜肩を抱かれて咄嗟に振り払うことも忘れて先生の胸に飛び込んでしまったのは夢か。そうだ夢だ。
そう言うことにしておこう。思い出すと少し顔に熱が回りそうで首を振る。


「おっと、びっくりすんだろ」
「あ、すみません先輩」
「昨日は良く眠れたか?」
「はい、外を少し散歩してぐっすりです!」
「そっか、ならよかった」


先生とエステルがはしゃぐのを頭を抱えながら追いかけるフレン先輩を見ながらパラソルの下でユーリ先輩は私の頭に手を置いた。
ユーリ先輩は何かと私の調子を気にしてくれる。私は一人っ子だけれども、お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうか。
先輩をじーっと見つめると、おどけたように私を見つめ返す。


「そんなに見られたら穴が開くぜ?」
「開きませんって!」
「俺の顔になんか付いてるか?」
「いや、お兄ちゃんいたらこういう感じなのかなぁって思っただけです」


兄貴ねぇ…と視線をゆっくり先輩はエステルたちに戻したので、私もそちらをみる。
3人もこちらを見ており、首を傾げれば手招きされたのでユーリ先輩を引っ張って立ち上がった。


「なーに2人でイチャイチャしながら傍観してるの!おっさん許さないわよ!」
「イチャイチャしてないっつの」
「ユーリと姫はそういう関係だったのかい!?」
「えぇ!初耳ですよ姫!」


先生があらぬことを言い始めるから純粋なエステルとフレン先輩は私たちを交互に見る。一方謎の爆弾を投下して来た先生はニヤニヤとこちらを見ているのだ。
この人、絶対わざとやってる…


「先生も変なこと吹き込まないで下さい!」
「どっちかっていうと…擬似兄妹。だろ?」


先輩は私のさっきの発言を会話に交えてみんなに伝えた。
ここは先輩に乗っておくべきだ。と私もうんうん。と頷くとさっきまでニヤニヤと見ていた先生が少し口を尖らせて、つまんないの〜と頭の後ろで手を組んだ。


「あともう少しで帰らないとですし、最後まで楽しみましょう!」


エステルの一声に、みんなで頷いて海へと足を向けた。



△△△



楽しい時間は過ぎるのが早く、海から上がったあとはお風呂に入って別荘を後にした。
昨夜私たちよりも早く寝たにも関わらず、先輩やエステルたちは車の中で熟睡だ。
私は昨日同様助手席に座って、先生の話し相手に徹した。


「青年たち、よく寝るわね。と、いうか姫ちゃんが体力馬鹿?」
「確かに疲れましたけど眠くはないですし、先生引っ張っておきながら助手席で寝るなんて気が引けますよ…」
「どうなることかと思ったけどおっさんもなんだかんだで楽しんじゃったし、ここは大人に甘えて寝てもいいのよ?」


ナビも車に付いてるし!と、私がこっそり携帯でナビを見ながら話していたのに気づいていたらしい。
この人以外と周り見てるんだよな。
寝ちゃえ寝ちゃえ、という先生に軽く首を振ってこの2日間でふと気になったことを口に出した。


「そう言えば先生って海はいる時Tシャツ着たままでしたよね?」
「あーだっておっさんユーリやフレンと違ってそんなに身体に自信ないし?
それともおっさんの身体見たかった!?」
「なっ!違います!!」
「も〜赤くなっちゃって冗談よ、冗談!」


先生は私をからかうだけからかって満足したのか、ケラケラ笑ったかと思えばスッと口を軽く引き結んだ。


「昨日の夜話したじゃない?事故にあったって」
「え、はい…」
「俺の胸に手術痕あってね、別に出したくないってことはないんだけど滅多に人には見せたりはしないかねえ」
「あ、すみません…」


しまった。と思った。
先生は昨夜、10年前の事故で一命を取り留める手術があったと言っていた。
忘れていた訳ではないが話を聞いておいて、そこまで察せていなかった。
俯いて携帯を握りしめれば、先生からすかさず声がかかる。


「姫ちゃん?実際プロポーションの方が気にしてるから思い詰めないで!!」
「でも…」
「10代と30代の代謝の違いをなめちゃいかん!サボればサボっただけ付いちゃうんだから!」
「うーん…?」
「だから気にしなくていいの!!また海に行くなんて機会があったらおっさんそれまでに身体締めておくわ!!」


丁度信号で停まって、先生は私の方を見てヘラっと笑ってくれた。
先生がそう言うならそう言うことにしておいた方がいい、よね。



△△△


「ほら〜嬢ちゃん着いたから起きなさいな」
「エステル完全に熟睡だったね」
「ふぁ〜……っ!す、すみません」


自分たちの住む町まで帰って来た。結局私は一睡もすることなく先生と他愛もない話を繰り広げ、途中でユーリ先輩とフレン先輩も起きたので会話を楽しんでいたらあっという間だった。
フレン先輩に揺すられても家の前まで全く起きなかったエステルは自分に目線が集まっていることに気がつくと慌てて車から降りる準備をする。


「レイヴン先生ありがとうございました!」
「いえいえ〜」
「次に会うときは花火大会かな?」
「一応他には予定は入れてなかった気がするな」
「じゃあ私フレンと考えておきますね!」
「うん、よろしくねエステル」

「あ、そうそう。おっさん一応花火大会の日は巡回としているから問題起こしたりしないで頂戴よ〜」


私たちが次の予定の話をし始めれば先生は少し恨めしそうに私たちを見つめるのでみんなで顔を見合わせて笑った。
先生は、”笑い事じゃないの!おっさんも浴衣女子とプライベートで見たいの!”と熱弁していた。

さすがにいつまでも家の前に車を停めておくわけにも行かないので、エステルとフレン先輩に別れを告げて、先生はユーリ先輩も家まで送ってくれていた。
車内に2人だけになり、マンションまでもあともう少しだ。


「楽しかったですねー」
「そうね〜柄にもなく青春したわ」
「先生2日目誰よりもはしゃいでましたよ?」
「もう楽しまなくちゃ損だからね!」


先生と知りあった頃の印象が良くなかったはずなのに、このたった数ヶ月間で紆余曲折あって世間話を普通に出来る人になるとは思わなかった。
今は先生と話しているのは嫌いじゃない。


「おっし着いたわよ〜」
「運転お疲れさまでした!」
「こりゃ今日爆睡だわね!」


車から降りて先生が軽く伸びをして、荷物を持ってエレベーターへ向かう。
一緒にエレベーターに乗り込んで、同じ階で降りれば、ふと頭に過ったのは同棲しているみたいだ。って言葉で
お隣さんだし、マンションだから一つ屋根の下。なんてあながち間違ってはいない…。
急に意識してしまった理由はわからないが、顔が赤くなるのを悟られないように少し俯いて髪の毛で顔を隠す。
深呼吸して玄関扉の前で足を止めて口を開く。


「2日間いろいろありがとうございました!」
「いえいえ、誘ってくれてありがとね」
「こちらこそ!」


ほぼ強引だったけどね!なんて先生がおどけて言ったのに、クスッと笑いながらすみません!と返すと
先生の手が私の頭を撫でた。

「また、行けたらいいね」

一言発した後に先生は手を離して、じゃ!おつかれさん!と手をヒラヒラ振りながら自分の家へと入っていた。


一瞬言われた意味が分からなくて、頭を抱える。
先生と生徒としての約束としては少し違和感を覚えた。
旅行前とはまた違う意味のモヤモヤが私を包んだ。



▽▽▽



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