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聞いてもらいたいことがある。確かに俺は姫ちゃんにそう言った。
そう、あの10年前の夏の出来事を話そうと。別にわざわざ話すべきではないのかもしれない。
けれども2ヶ月前に夕日を見ながら小さく座っていた彼女、車で無理に笑う彼女、何度も急に見るようになった夢。
いつものようにスルリと逃げてしまえば良かったのかも、と思うが夏に浮かされたのかそれとも感化されたのか。


「俺ね、10年前に事故に遭っててね。その時に大事だった人を亡くしてしまった。
もしかしたらあの時本当は俺が死んでたんだろうけど、俺は生きててその人は亡くなった。」


何度も見る夢、というか過去には続きがある。
続き、と言っても意識を失ってしまったあとの事は後に周りから聞いたことだ。
10年前、俺は待ち合わせの場所で一人待っていた。数メートル先からキャナリと当時のキャナリの恋人のイエガーが並んで歩いて来た。
その姿を確認した俺は楽しみにしていたデートの始まりだ。と手を振りながら2人のいるもとへ向かおうとしたその時だった。
道路で走行していた車が突如暴走し始め、俺はその鉄の塊が自分めがけて猛スピードで向かってくるのに直前まで気がつかなかった。
キャナリが”レイヴン…!危ない!!!”と目の前に飛び込んで来て、そのキャナリを庇おうとイエガーも視界に入って来た。

俺達はその鉄の塊に弾き飛ばされた。

一瞬、キャナリと目が合った気がしたが、俺は意識を暗闇に手放した。
どのくらいの間寝ていたかもわからない。自分の身体には管が巻き付き、呼吸器まで付けてある。
少し混乱したが、自分が最後に意識のあった場面を思い出し身震いしながら、生きている事に安堵した。
どうやら場所は集中治療室の様だ。周りを首だけで見渡せばドアの向こう側で看護師たちが働いている姿が見える。
病室には自分しかおらず、2人はどうなってしまったのだろうか…と不安がよぎる。

数日後にイエガーが車いすに乗せられて俺の病室まで足を運んできた。久しぶりに見たヤツはとてもやつれて、顔色がとても悪い。
看護師から自分たちがどう言う経緯で運ばれて来たかを聞いてはおり、察しのつく事もあったが俺は信じていなかった。

「…イエガー…痩せたな…」
「ユーも、ね…」
「キャ、ナリは…?」
「…死んでしまったよ」

わかっていた。わかっていたのだ。
あの時見たキャナリの表情はどう言う意味だったのか。――微笑んでいた。
医師たちから聞いたのは、3人は意識不明の重体。出血も酷く、一刻を争うものだったらしい。
なかでもキャナリは一番酷かったらしい。手は尽くしたが帰らぬ人となってしまった。
俺自身も一度心肺停止にまで追い込まれたらしく、それを主張するように胸には傷があった。


△△△


「……」
「…楽しい旅行中にこんな話ごめんね」
「…謝らないでください…」


先生からの話は衝撃的だった。あの時小さな声で呼んでいた名前は紛れもなく、先生を助け助からなかった人の名だった。


「先生はその人の事とても好きだったんですね」
「…そうね、好きだった。」


好きな人なんて生易しいものではないのだ。残されたものには一生残るのだ。
先生が真剣に私の話を聞いてくれていた事や、無理に笑うな、と言ったのは自分にも投げかけている言葉なんではないだろうか。
目には大粒の涙が浮かぶ。流さまいと呼吸を整えるのに必死になる。


「俺ね、姫ちゃんから話聞いてさ。当時の夢を見て今まで過去に蓋をしてたのを思い返して
やっとこの間会いにいけたんだ」


だから、ありがとう。と先生は呟いて優しく笑うのだ。
言葉は何も出てこない。先生も私も同じだ。


「先生は強いですね」
「そう?10年も見て見ぬ振りして、生きた心地もしなかったけど」
「それでも強いです…」


くっと堪えきれなくなって、涙が一筋零れた。
隣にいた先生は私の肩を抱いて海だけを見つめ続ける。
私は思わず先生に抱きついて、それと同時に涙腺は決壊した。
傷の舐め合いなのかもしれない。けれども抱き合う2人を見ていたのは月だけで
波の音にまぎれて泣く私を先生は強く抱きしめて2人は温もりと言う秘密を共有した。




▽▽▽



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