気づいたカンジョウ、言えたヒトコト


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 先程から、暇さえあれば時計を確認してしまっている。まだ待ち合わせの時間まではだいぶあるというのに、どうにも落ち着くことができない。そわそわとその場に立った時計の下を行ったり来たりしているさまは、傍から見れば随分と滑稽なことだろう。出かける直前に落としてつけてしまった腕時計の傷の形も見飽きたころ、背後から待ちに待った人の声がかかった。振り向いた自身の顔は、自分でもはっきりわかるくらい綻んでいた。

「待たせたかな、アイゼン。」
「いや!ぜんッぜん待ってねェよ!オレも今来たトコだし!」

 彼の待ち人は、黒い髪を耳にかけながら柔く微笑む女性。いつもは黒と白の軍服姿しか見ていないから、私服は何度見ても新鮮だった。そう思う彼自身も、今日は緩すぎずかっちりしすぎない私服である。何度も日記帳でもう一人の自分に相談した服装だが、念には念をと事細かに聞いた結果最終的にしつこいと呆れられて、エリカに相談しに行ったことは秘密である。きちんと自分は一人の男に見えているだろうか、とこっそり思いながら、彼女に向かって手を差し出した。

「行こうぜ、ヘルツィ。」
「今日は君がエスコートしてくれるのだったな?楽しみだ。」

 どうにも、頬が緩むのを抑えきれない。いつもニヤニヤしている自覚はないこともないが、今の笑みとはまた別だ。普段は手袋で見えない彼女の手をそっと取って、アイゼンは目的地へと足を踏み出したのだった。


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 店回りも終わり、食事も採って。宴もたけなわ、という天照のことわざがふさわしいだろうか。そのような心地で、夜のひんやりと冷えた空気の中を歩く。今日行ったカフェのケーキが美味しかっただの、ワインが辛かっただの、そんな他愛のない話に花を咲かせながら、二人分の人影が公園の入り口を通り抜けていく。ワインでほどよく火照った体に、まだまだ冷たい夜風が心地いい。もう夜も遅い時間で人通りはほぼなく、柔らかな色の電灯が等間隔に置かれているだけの公園は、まるで世界中の人々が忽然と消えてしまったかのような感覚をもたらす。動くものは自分たちだけ。まるでこの空間は、フレームに収められた一枚の写真のようだ。
 変に意識してしまって、朝のあの時以外のエスコートすらぎこちなくなってしまったのは失敗だったなとぼんやり思いながら、この時間の終わりの場所へ向けて、足を進める。そろそろ、朝に待ち合わせた場所に戻ってしまう。楽しく外出できたのはいいが、本当の本当に自分が情けないというべきか、今この時まで一番の目的は達成されていないのだ。何度も何度も考えた文言も、彼女を目の前にするだけで一瞬で霧散してしまって、まともに口に出せすらしなかった。これではバレンタインデーの二の舞ではないか。

 二人がどちらともなく足を止めたのは、針を反転させた時計の下。昼に待ち合わせたこの場所は、この夢のような時間から現に戻る境界だ。
 酒を飲んでいるからか、少し瞼が重い。笑おうとした口元も重くて、少しぎこちなくなってしまった笑顔は、逆光で隠れているだろうか。そうこうしているうちに、彼女は自分の隣から離れていく。少し暗い電灯の光が、彼女の艶やかな黒髪に宿って流れていく。

「楽しかったぞ、アイゼン。ではまたな。明日も来ると良い。」

 長い髪を夜風に靡かせ、ヘルツィは帰路につこうと踵を返した。

「――待ッ、てくれ。」

しかし、その足を突然上がった声が制止した。声をかけられたからだけではない、後ろから手を握られたからだ。
 俯いて自分の手を掴み離さないアイゼンの顔を、ヘルツィは怪訝そうな顔で見上げた。何かを堪えるように閉じられていた、左右で強烈なコントラストを放つ瞳が開かれて、彼女の瞳を見つめる。

「あの、オ、オレ、」

 ぐらぐら煮え立っているかのように、頬が熱い。きっと今、顔が赤いのは、少し赤みのある温かな色の電灯のせいでも、気が急いて何杯も飲んでしまった辛いワインのせいでもない。
 胸が早鐘のように打っている。息が苦しくて、口呼吸が浅くなった。こちらを振り返った深い紫色の瞳が、少し怪訝そうにこちらを見ている。ああ、目の前がぐらぐら揺れて、けれど彼女の顔だけは、鮮明にそこに在って。

 ひとりでに、言葉がこぼれた。
 ずっと気づかなくて、やっと気づいて、秘めていて、言いたくて、言えなかった、たった一言は、ひどくあっけなく口から滑り出たのだった。


「……オレ、アンタのコトが、ダイスキだ!!」


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雪音さん宅ヘルツィ・ドーレスさん
お名前のみ 望坂おくらさん宅エリカ・ウーズリーさん

お借りしました。
都合が悪い場合パラレルとして扱ってくださいませ。



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