ゲームオーバー


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※スパイIF


*


「…君たちは、ブリテンを滅ぼしたいんデショ。それなら、潰す覚悟くらい突き通せヨ。」

 ごもっともな言葉が、突き刺さる。敵に情け容赦をかけるなど、戦場では命とりだ。自分の命のみならず、味方全員を危険に晒すことになりかねないのだから。

「知ってるでしょ、俺は甘い奴だって。」

 いつものように静かな口調で答えれば、彼もまた言葉を返してくる。淡々とした口調のつもりが、少し、自嘲を含んでしまったのは失敗だったかもしれない。自分はいつも、吐き気がするほど他人に甘い。だからこそ、今回このような事態に陥っているのだ。白衣の影に隠した手の中にある、冷たい金属のグリップを握りしめ、努めて冷静に話そうとする。
 目の前にいる、彼に向かって。

「知ってる。本当に、甘いよ。知らなければ幸せだったのにネ。」
「ごめんね。」
「謝って欲しいワケじゃないんだヨ…。」

 最後の最後で、自分の詰めの甘さを今、思い知っている。元々BC財団には、ブリテンを壊滅させるため、そしてマクガフィンの情報を得る為に送り込まれたのだ。自分の意志はそこにないはずだった。15の歳からインヴァレリー魔法学校に送り込まれた。BC財団に入るために、そしていずれは彼らを裏切るために。

 嫌気が差すほど平凡な能力を持ち生まれてきて、ギリギリ人間として扱われてはいたものの、代々純血の亜人の家で強力な能力を保有していた家からの当たりは冷たかった。元々、軍に入るつもりはなかった。そんな煮え切らない態度の俺が、父は許せなかったのだろう。ある日背後から睡眠薬を嗅がされて、気づいたときには病院のベッドで沢山の管に繋がれていた。横に立っていた白衣の青年が淡々と、「手術は失敗です。お気の毒ですが。」と口にしたのを、妙に鮮明に、今でも覚えている。
 人造亜人手術は失敗して、胸に大きな傷跡が残った。副作用で体がボロボロになって、大量に薬を飲む羽目になった。そして副作用じゃないのかもしれないけど、上手く笑えなくなって、泣けなくなった。だから、逃げる為にアプヴェーアに入って、そしてブリテンに渡ったのだ。痛いのは嫌いだし、血の色も好きじゃない。トメニア人だろうがブリテン人だろうが天照人だろうが、誰かが傷つき死んでいくところなんて見たくないのに、それでも軍という場所に身を置いてしまった。このトメニアという場所での、居場所が欲しかったから。始まりは、自分のエゴだった。

 それでもいつか潰すために入った財団は、いつか裏切らなければならない友人の隣は、ひどく居心地が良くて。いずれ裏切るのに、嘘偽りで塗り固めている自分のことを何も知らない彼らは、本当に優しかった。優しさに触れるたびに、罪悪感が募った。ドロドロとしたどす黒い自分を軽蔑しながら、それでもこの偽りの居場所にしがみついてしまった。

 本当は、どこへなりとも姿を消すべきだったのだ。自分はひどく他人に甘い。この居心地のいい場所を、敵国の人間の平和を乱し、壊す前に。こんな半端者の他人への甘さなんて、きっと不幸を呼んでしまうだけなのに。

「……じゃあ、俺はどうしたらいい?…なんて、君に聞くことじゃないけど。」

 自嘲気味に笑って、目を伏せながら彼に言葉を放り投げた。あれ、俺ってまだ笑えたんだ。
 彼は一瞬言葉に詰まり、噛みつくように叫ぶ。

「っ……!そんなん僕が知りたいよ!こうなった時点でゲームオーバーじゃないか!!」
「……そうだね、ゲームオーバーだ。ゲームと違って、コンティニューもリセットも出来やしない。」

 そう、これは幸せを手に入れるまで無限に繰り返せるゲームじゃない。一度選んだ選択肢は、どんなに後悔しても変えられない。リセットボタンも戻るボタンも、コンティニューコマンドもない。それが人生という道のりだ。こんなに絶望的なゲームも、そうそうないのではないだろうか?

 そもそも、こんな自分が幸せを手に入れる資格など、ないと分かっている。分かっているよ。分かっているのに望んでしまった自分が、心底腹立たしい。望むな、お前は望みなど抱いていい立場ではないと、いつか父親に言われた言葉が脳内で反響する。痛い、痛い。頭が、痛い。

「……っ、ボクだってわかってる、わかってるんだよ…!でもこんな終わりはあんまりじゃないか……!!」

 こんな終わりは、予想出来ていたことだった。だから、自分はとっとと引き金を引くべきだったのだ。けれど痛いのが嫌で、ずるずるとここまで生きてきてしまったのだ。その時のツケが今、回ってきた。そのツケが、彼にこんなことを言わせてしまっている。こんな顔を、させてしまっている。

「…ごめん、ごめんね。……嘘つきで、最低だ。」

 絞り出した言葉は、苦しい息に掠れていた。息苦しくて、深く息を吸うと胸が痛む。口の中に広がった血の味は、自分の命の終わりを示すものだろうか。そうならば、いいのに。

 このまま、最低な裏切り者として、死ねるのなら。

「ボクはそういうこと言ってるんじゃない!!キミはどうして最後まで自分のことを考えてくれないんだよ!!」

 彼の歪んだ顔がぼやける。何故だろう?

「……俺のことなんて考えて何になるの?自分がこれからどうするしかないかなんて分かってる。考えたって、…考えたって、どうしようもないんだよ。」

 考えたって、答えは出ない。聡明な彼なら、俺以上に分かるはずなのに。何故君は、そんな不毛な質問をしてくるの?

「君がどうしたいか、だ馬鹿野郎!!……もうどうしようもないなんて、僕だってわかってるんだ……!」

 悲痛な声を上げて項垂れた彼の丸い頭に、そっと触れた。絹のような緑の髪は、やっぱり美しい。そのまま髪を梳くように彼の頭を撫でる。いつものように。
 俺は、どうしたいんだっけ。いや、俺はどうしたいんだろう。抑圧されてきた願望は、少し考えただけじゃ顔を出してくれない。

 叶わない願いを、抱き続けるのは苦しい。けれど、それももう、終わりだ。

「……生きたいよ、君と。でも、もう…いや、最初から、その選択肢を選ぶことはできなかったんだよ、きっと。」

 少なくとも、ここで過ごした時間は、こんな俺にとっての幸せだった。必死に拒んでも、いつのまにか手を伸ばしてしまう、ほんのささやかな幸せ。自分を受け容れてくれる人に囲まれて、平凡な日々を過ごすことが、こんなに尊いものだなんて。でも、それは、最初から俺の身の丈には有り余るくらいの幸せだったのだろう。身の丈以上のものは、きっと、求めてはいけないんだ。

「……やっぱり、君は馬鹿だよ……。どうしてそんなに辛い選択肢を選んで来ちゃったんだろうね。」

「さあ、どうしてだろうね。」

 ほら、早く、引き金を引かなきゃでしょう?
 笑え、ローマン・アディントン。最期くらいは、綺麗に。

「でも、このルートじゃなければ、君には出逢えなかったよ、きっと。」

 片手に握った拳銃を自分の頭に突きつけると、彼は目を見開いた。

 最期に動いた唇が、紡いだ言葉は何だったか。
ごめんねとか、さようならとか。――ありがとうとか、そんな、面白みのかけらもない台詞だったのだろう。


*


レゴさん宅ウルム=フォーダムさん

お借りしました。これはパラレルです。



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