借り物は未だ手に


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「一本!!そこまで!」

 ダァン、と音がして、少年が背から畳に落とされる。同時に審判の声が響き、対峙していた少年少女は向かい合って立つと、試合の健闘を称え「ありがとうございました!」と同時に言い合った。

「山崎、お疲れ」
「どーも。あたしの水筒どーこかなーっと」

 柔道場の中央から、休憩のため隅に戻ってきた少女を労う言葉をかけたのは、少女と同じく柔道着を着た背の高い少年、その名を戸塚小十郎という。そして軽く彼の言葉に返答しながら、腰に手を当てて水筒の中身を豪快にあおる少女の名は、山崎春乃。彼らは二人とも、ついこの間、日常から非日常へ、そしてまた日常へと戻ってきたところだ。いつしか彼らの体験は、世間の人々の心からは風化していったようで、最近は携帯のニュースでも、「都立鯨津高等学校修学旅行生集団失踪事件」の文字列を見ることはほぼなくなった。それは当事者の彼らに安寧が戻ってきている証拠なのか、それとも、"当事者だった"幾数名かのことが忘れ去られかけているということなのか。それは、当事者であり、当事者であった人々には分からない。

「いやースカッとした。久々にいい一本背負いだったと思う」
「山崎は容赦ないもんな。見てると清々しいよ」
「この勢いで明日の唐マヨパン戦争も勝ち抜いてみせるわ」

 と言ったところで、背後から大きな影が差した。見上げるとそこには自分と同じような単発頭の、体躯のいい少年が一人。彼は山崎春乃の昔馴染み、後藤龍太郎である。

「残念だったな、明日の唐マヨパンは俺たちが頂くぜ。いい助っ人を味方につけたからな」
「言ってくれんじゃないの。望とあたしの瞬発力ナメないでよね」
「全ては明日分かるぞ、はっはっは」
「ふっふっふ、余裕ぶっこいてられんのも今のうちよ」

 自信満々な笑みで謎に笑いあう二人を見ながら、小十郎はそっと一歩下がった。今下手なことを言ったら絶対に巻き込まれる、という野生の勘が働いていたからだ。二人のヒートアップが収まることを願って、小十郎は別の話題を振った。

「そういや後藤、山崎、この後空いてる?ちょっと腹減ったからマックとか寄ってこうかなって思ってんだけど」
「お、いいぜ。小銭あったかな」
「あーごめん、あたしパス。先約あるんだ」

 即答した龍太郎とは違い、春乃は軽く首を振った。そのままスマートフォンを手に取り、時刻を確認する。そろそろ部活動は終わる時間帯だ。案の定、直後に教師の「今日はここまで!」という声が響き、反射的に終わりの挨拶をした三人の背筋は伸びた。

「白熊か?」
「んーん、峯言。多分スタバの新作飲みに行くんだ」
「はは、多分って。それじゃあな〜」
「じゃーね」

 ひらひらと手を振って、少女は更衣室へと向かう。そのスポーツバッグの中には、小さな鯨のピンがまだ鎮座していた。

*


塩水ソル子さん宅戸塚小十郎くん
さちこさん宅後藤龍太郎くん

お名前のみ
レゴさん宅浅葱峯言くん
山元さん宅播田望さん

お借りしました。都合が悪い場合パラレルとしてお取り扱いください。



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