山崎春乃は少女である
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山崎春乃は、少女である。
どこにでもいるような、少しばかり男勝りな、ごくごく普通の少女である。
という文章ででも始められそうな、平凡な自分の人生はここ数日で一変した。修学旅行に向かっていたら、どこか知らない場所の空に投げ出され、バスがビルに突き刺さる。血のような赤い空を背負い、見知らぬ世界、知るはずなのに見知らぬ地と言葉の中で路頭に迷う羽目になりはや数日。
平凡だった少女、山崎春乃。五十数名のクラスメイトと共に、目下異世界で遭難生活中だ。
「ただいま。あれ、美生今から仕事?」
「そ。ハルハルお疲れじゃーん、ケーキ屋さん忙しかったの?」
「いやもう忙しかったのなんのって。GWの昼時のパン屋レベルだった」
「うっわぁ激混みじゃん」
取り敢えず自分たちの拠点と定めたオンボロコンテナの中は、クラスメイトの頑張りと稼ぎによりそれなりに生活ができる様相となってきた。話し声を聞きつけたのか、奥から人影が戻ってくる気配がする。
「アラ、おかえり春乃ちゃん」
「ただいま雪親。今日の御札進捗は?」
「結構進んだわよー、今日は人が多かったカラ」
「それは何より。あ、これバイト先でもらったんだけどお二人さん食べる?」
「食べる食べる!」
雪親と美生の前にバイト先でもらったクッキーを差し出すと、2人の顔が綻んだ。やはり糖分は人をリラックスさせる力があるらしいと、ああーー糖分が染み渡るンゴーーとクッキーを頬張る美生を見ながら思う春乃。雪親が行儀よくクッキーを齧り終えた頃、美生はいつでも赤い空がひときわ濃くなった夕暮れ空を背に、バイトに出かけていった。
ここ座んなさいなと声をかけられ、誰かがどこからか持ってきたであろう座布団に春乃は腰を下ろした。雪親はしばらく躊躇うような素振りを見せたあと、神妙な面持ちで声のトーンを落とす。
「……ねむちゃんが、」
「聞いたわ、それ。……皆言いたいことは色々あるだろうけどさ、一回ここで止めないと、駄目だと思う」
「そう、よね。……アタシも同意見、なんだけどね」
春乃は知っている。弥音がねむを突き落とした現場を幾人かが見ていたこと、それに怒りを見せた穂積と小十郎が言い争っていたこと、弥音が一言もそれについて語らないこと――そして、雪親が争いを止めようとして結局止められずに、悔しそうにコンテナの床を殴り付けていたことを。
他殺未遂か、事故か。言い方は悪いがそれはこの際問題ではないだろう。問題とすべきなのは、その事件が奏でた不協和音だ。既に突拍子もない状況に放り込まれたクラスメイトの精神は、多かれ少なかれ罅が入っている。すり減り始めている。そこにこの事件だ。亀裂を広げるには十分すぎる威力であることは疑いようもない。既に広がる確執、猜疑心に火が付けば、きっともうその爆発は止められなくなる。
それをきっと、雪親も分かっているのだろう。だからこんなに思い詰めたように、眉を下げて笑うのだろう。こういう時、自分にできることは何だろうかと考えた春乃の手は、雪親の頭へと伸びた。
「お疲れ、いつもありがと」
自分のバサバサした髪とは違う綺麗な髪に沿って彼の頭を撫でる。雪親は数秒きょとんとした後、ふっと吹き出した。
「ふふ、なぁにいきなり。コレじゃあママの立つ瀬がないワ」
「立ってばっかじゃなくて、たまには座りなよ」
「もぉ、比喩よ比喩」
いつも幼馴染相手に、よくやる行動だった。褒める時、慰める時、諌める時。今のこの手の意味はどれだろう。もしかしたらどれでもないのかもしれない。
山崎春乃は、知っている。
クラスメイトは皆、ごくごく平凡な17歳であることを。
龍二の顔色がここ数日どんどん悪くなっていることも、美生が何か、危ない橋を渡っている事も。三住や冴が不安を隠しきれていないことも、小十郎の指噛み癖がひどくなってきていることも。
皆がどんどん、疲弊していることも、必死に耐えていることも。
そんな時、彼女は決まってお呪いを唱えるのだ。
「しっかりしなきゃ」と。
「あたしがやらなきゃ誰がやる」と。
そう自分の頬を叩いては、少しでも皆が崩れないように手を広げるのだ。
山崎春乃は、少女である。
感情を放り捨てることが得意な、ごくごく普通の少女である。
*
キリューさん宅如月雪親くん
名×さん宅茅山美生さん
お名前のみ
たまがわさん宅鎌倉ねむさん
もへじさん宅無崎弥音さん
みきちさん宅中村穂積くん
長芋さん宅鮫川龍二くん
みはるさん宅東山三住くん
山尻よねさん宅白熊冴くん
塩水ソル子さん宅戸塚小十郎くん
お借りしました。