いちごのアイス


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 こちらの世界に来て数日。変なフードのお兄さんに絡まれたり、ちょっと怖かわいい系(?)のケーキ屋さんでアルバイトをしたり、見知らぬお兄さんのホワイトボードを探したりしているうちに、時間は飛ぶように過ぎてゆく。
 働き口が見つかったのは不幸中の幸いだった。東京のベーカリーで大豆生田とバイトをしていた経験がこんなところで役に立つとは思わなかった。店長さんも気さくないい人で、待遇は文句なし。……ただ初日のバイト終了後、キッチン担当で雇われていたレイの目がなんだかいつも以上に据わっている気がしたのは若干怖かったが。

 帰る道のりが目下不明であるから、こちらで生活が出来る基盤を整えねばならない。それは誰の目にも明白で、だからこそ皆はこうしてバイト、もしくは伝令者に言われた御札作りに専念しているわけで。自分もバイトが終われば御札作りを手伝っているが、今は少し休憩をしたくて、外でコンクリートの椅子に座って空を眺めていた。穴の空くほど見つめても、この空が好きになれる気はしない。空は赤いのに、どうしてだろう。
 別の場所で働いているらしい冴は大丈夫だろうか。小十郎も結構不安が溜まっているようで心配だ。れむは最近寝る回数が明らかに減っている、不眠なのだろうか。雪親も最近はコンテナに籠もりっきりだし、少し気分転換に散歩でも誘ってみようか――そんなことを次々考えていた彼女の首に、ひやりと冷たい物が当てられた。思わず肩が跳ね、らしくない声が口から転がり出る。

「うわっ!?」

 ばっと振り向くと、そこに立っていたのは赤の似合うキラキラした笑顔。クラスメイトの峯言だ。彼は相変わらずの笑い顔でこちらを見下ろしていた。手には何か入っているらしい袋を持って。

「何?冷たいんだけど犯人は峯言?」
「そ、犯人はわい」

 悪びれずけらけらと笑う彼に毒気を抜かれるのはいつものことで。びっくりした…とまだ冷たさの残る首をさすっていると、目の前に何かが差し出される。それは、暑くなってくる頃には、飛ぶように売れ始めるに違いないもの。

「いちごのアイス?」
「アメちゃんのお礼!みんなにはないからナイショやで!」

 そう言いながら彼は、自分の隣にすとんと座った。彼も自分の分があるのか、袋から同じ形のアイスを取り出して咥えている。そういえば彼を含めた数人が、アイスキャンデー屋でバイトを始めたらしいと聞いたが、これはそのお土産ということらしい。
 ありがと、と一言声をかけて、自分もアイスの封を破る。キラキラと輝く氷菓子の中に閉じ込められたいちごは、自分の大好きな赤い色。

 こちらに来てから、久しぶりのいちごの味。持ってきたいちごみるく飴は人にあげるばかりで、自分で舐めようとは全くしていなかったことに今更気付かされた。あれだけ大好きないちごなのに、そこまで気が回らなかったのかと考えると少し可笑しく思えてしまう。

「……おいしい。甘酸っぱいね」
「ほんなら良かったわ。ハルちはほんまいちご好きやなぁ」
「自分でも思うよ、なんでだろうって」

 しゃく、と小気味良い音を立てながら、アイスを一口。さっぱりした酸っぱさが、気持ちをきゅっと引き締めてくれる気がした。
 甘いものは好きだ。飴もチョコレートもアイスクリームも、それなりに。けれど、いちごだけは特別なのだ、彼女にとって。
 その味はもちろん最高だ。甘いいちごも酸っぱいいちごも、彼女の大好物。けれどいちごが好きな理由は、どうもそれだけではない気がする。

 もしかしたらいちごが赤いことも、好きな理由の一つなのかもしれない。春乃は横に座ってアイスキャンデーを咀嚼する峯言と、その向こうに広がる赤い空を眺めながらそんなことを考えていた。

「ハルちハルち、アイス溶けとる」
「えっ……あっうわっ垂れる垂れる」

 溶けて垂れてきた水滴が、手に伝う前に慌ててぺろりと舐め取る。普通の高校生のようなやり取りが可笑しくて嬉しくて、ふっと口元が緩んだ。もう一度、何にだか明確にせずにありがとう、と隣に向けて呟いたその瞳もまた、血のような赤だったことを、まだ春乃は知らない。

*

レゴさん宅浅葱峯言くん

お名前のみ
塩水ソル子さん宅戸塚小十郎くん
霧生れきみさん宅如月雪親くん
かみしろさん宅観音れむちゃん
断飯さん宅大豆生田太陽くん
山尻よねさん宅白熊冴くん
黒天使さん宅黒須・A・レイさん

お借りしました。


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