繰り返される悲劇


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「――だってさ。このまんまだと、捕まっちゃうねぇ、東京人」

 肝が冷えた。真夏でもない、空調の効いた部屋の中だというのに、頬に汗が伝ったのが分かった。
 友人から漏らされた情報。それはNECTERの過激派が、先日荒川城砦に突き刺さったバスを、この世界の鏡写しの世界、東京都からの来訪物とし、バスに乗っていたであろう東京人たちを捕縛する包囲網を敷くというものだった。友人は半分寝ながらその話を聞いていたらしく、口元に涎の痕が残っていた。

「……それ、確かかい?」
「俺一応過激派だってばぁ。敵のコトは本人から聞け、って言うんでしょ?」

 目の前の友人の顔を見やる。ピンで無造作に留められたボサボサの前髪の下から、ハロウィンキャンディのような色の瞳がこちらを見ていた。そのまま彼は手を伸ばし、僕のおやつの大根の漬物を勝手に摘んで口に放り込む。ぽりぽりという音が、他に誰もいない研究室の中を跳ねるように響く。石のように重くなった僕の心を踏み付けて。

「他の連中はねぇ、いろいろ実験する気満々だよぉ、きっと。ニンゲンをネズミ呼ばわりなんてさぁ、随分お偉いことだよねぇ」
「被検体がモルモットでも人間でも、差はないってことなんだろうね」
「そうだねぇ…折角生きてるのにさぁ、切り刻んで薬打って見る影もなくしちゃうんだろうねぇ、どーせ」

 長い白衣の袖を捲り直し、緊張感のない欠伸をかます友人の口からは、おおよそその状態には似合わない台詞がすらすらと零れ出てくる。それは実験などせずとも、真実以外の何物でもない。
 過激派の連中に東京人が捕まれば、一体どうなるかは想像に疎くない。目を覆いたくなるような悲劇が、きっと待っている。

「……君は元々、そういうの嫌いだったね」
「トーキョーに興味はあるよぉ?面白そうだしねぇ、行ってみたーいとも思うけどさぁ。俺はニンゲンに手ぇ出すの嫌いなんだよぉ、それだけ」

 だからあの実験も嫌だったんだ。そう彼が呟いた気がした。

「じゃ、俺は言うだけ言ったよぉ」

 大根ごちそーさま、と言い残し、彼は背を向ける。長い白衣の裾を引きずり、研究室の扉へと向かう彼の背が、何故かひどく小さく見えた。

「――絶対に、繰り返させないよ」
「へぇ、そう」

 じゃ、頑張ってねぇ。
 その言葉を閉じ込めるように、ドアが閉まる音が響いた。

 電子機器は体調不良に直結するから極力触らないようにしているが、そんなことは言っていられない。パソコンを立ち上げ、一本指打ちで検索欄に「荒川城砦 バス」と検索すれば、一気に膨大な情報の山がそびえ立った。

 絶対に繰り返すな。
 あの悲劇を二度も、あの子に味わわせはしない。




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