サンキュー


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 土の上に転がった体が、誰かに揺すられる感覚がして、アイザックは薄らと目を開いた。確か収容対象のマクガフィンが暴れ出して、それを警備員である自分と相棒は抑えに飛び出した、筈だった。
 その後の記憶が曖昧だ。まだ覚醒しきらない頭がズキズキと痛んで、思わず顔をしかめる。痛いと言えば頭だけでなく、全身だ。強かに打ち付けたであろう背中も相まって息苦しい。

 先程から体を揺すられているのだが、どうにもそれは人に揺すられている感覚と違う。まるで何か大きな生き物の鼻面でつつかれているような――。

「……ザック……おい、アイザック」
「……バール…ちゃん…?」

 地の底から這うような、低い声がする。その声の響き方はさておき、今この状況で自分をこう呼ぶ者など一人しかいない。閉じかけた目をのろのろと開いて、相棒の名を呼んだアイザックは、数秒後にその首を痛めるほど反ることとなった。

 いつも肌見放さず持ち歩いているバールがトレードマークのはずの相棒は見る影もなく、そこには赤い瞳を鋭く光らせる巨大な竜が佇んでいた。寝転がったままではその大きな眼を見るだけで精一杯。ゆっくりと起き上がろうとすると、脇腹を鈍い痛みが襲った。

「いっ…、」
「動くな」
「そういうわけにもいかねえだろ…。……ここどこだ?マクガフィンは…?」
「…覚えていないか。お前はマクガフィンに弾き飛ばされて崖から落ちた。マクガフィンは収容されたと連絡が来た」
「うわー……オレかっこ悪ィな」

 丸々その記憶が飛んでいるのは、目の前の戦いに集中していたからか。もしかしたら頭を打ったときにその記憶だけ抜け落ちたのかもしれない。苦笑して頭を振ったアイザックは、またその痛みに苦笑を深めた。
 相棒がこの姿であるということはきっと、彼が自分を助けてくれたのだろう。四肢を持たぬ彼の誇り高きこの姿は、自分すら目にしたことは殆どなかったが。流石にあの高さの崖から無抵抗で落下して生きていられるほど、自分が丈夫なわけはないとアイザックは分かっていた。
 痛みのため体を起こすことが辛くて、けれどそれを見せるのは嫌で、這うような姿勢で相棒の顔の元へ向かう。大きな眼がこちらを見てくるのをよそに、アイザックは彼の首元まで身体を運んだ。相変わらず、カッコつけの為の笑顔は剥がれないままで。

「…………サンキュー、バールちゃん」

 自分の腕では周りきらないほど太い竜の首に両腕を回し、笑いながら相棒に礼を言う。彼は何も言わないが、少々不満そうに鼻を鳴らした。
 面と向かって礼を言うには、今の自分はあまりにも情けない顔をしているとアイザックは分かっていた。何よりこれ以上動ける気力も今は残っていなかった。
 竜の首に回していた腕がぱたりと落ち、その体は静かに地面に向かって崩れ落ちる。相棒が自分の名を呼ぶ声を聞いたのを最後に、アイザックの意識は再びブラックアウトした。


*


豆腐屋ふうかさん宅バールちゃん

お借りしました。不都合あればパラレルとしてお取り扱いください。※if風味です




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