一計を案じる


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 ここは、豪奢な中世建築を誇るゴール王国の宮殿の奥。鏡面の間と呼ばれる、国王の玉座が据えられた空間。いつもは騎士がひっきりなしに立ち入り物々しい雰囲気が拭えないここは、珍しくひっそりと静まり返っていた。玉座の上に堂々とした面持ちで座るのは、無論この国の国王であるジェラール5世その人である。彼の昨今の頭痛の種である重い王冠も、今はきちんとあるべき場所に収まっていた。そして国王の背後には、白銀の甲冑を身に纏った金髪の騎士が、微動だにせず佇んでいた。

 国王はその視線を、自身の座る玉座より数段下に跪いている赤髪の人物に向けていた。おもてを上げよ、と国王が声をかけると、その人物は顔を上げる。

「ダランベール卿。どうだ、対策の方は」
「恐れながら、先ずはご報告をさせて頂きたく。先の襲撃で被害を受けたドーヴァー海峡周辺、およびダンケルクはほぼ壊滅状態と言っても過言ではありません。ダンケルク駐屯地からの報告は未だありませんので、恐らく…」
「そうか。……他はどうなっている」
「ノルマンディ、ブルターニュ地方は共に、配水管の整備は完了しております。シャラント、アキテーヌ、ダジュールには海岸地域からの避難勧告を。また、術式の強化に錬金術師を各地に向かわせ、多くの者が帰還しております。……ただ、」
「ただ、何だ。申せ」
「……事前に避難をしていた港町の住人がしきりに騒ぎ立てていたそうですが、「海の向こうに黒い影を見た」との報告が後を絶たない、と、各地の錬金術師より連絡が来ております。まるで幻のように消え失せていた為記録媒体には残っていないとのこと。ブリテンのドーヴァー港や我が国のダンケルクを襲撃した【何か】の正体は、恐らくそれでありましょう」
「ふむ。……実際に被害が出ている以上、集団幻覚という訳でもあるまい。これはその道の専門家に問うのが筋というものよ」
「と、おっしゃいますと…」

「――お話中、失礼致しまぁす」

 赤髪の男が国王の言葉を促そうと口を開いたその時。少し間延びした無遠慮な声が、静かな鏡面の間に響き渡った。国王は顔を上げ、声の主を手招きする。その後ろで、金髪の騎士は甲冑の下でわずかに眉をしかめた。雲間から差した光に鈍く照る甲冑を着こんだ騎士は、王の御前まで足を進めると膝を折りかしづいた。

「ご報告を。――ダンケルク港の【船乗り】から国王様へ伝言が御座います」
「申せ」
「ダンケルク港に襲来したのは、怪物で間違いが無いとの事。詳しくは彼が到着してからの話となるでしょうが、危険度はかなりの高さであると思われます。ドーヴァー・ダンケルク襲来から間を開けずに天照国、華国でも類似の被害が確認されたと。もう一度襲撃されればこのままでは保ちません。一発策を講じる必要があるでしょうねぇ」
「報告ご苦労。引き続き調査を続けたまえ。下がれ」

 騎士が金属めいた足音を響かせ遠ざかっていくと、国王は先程途切れた言葉の続きを口にする。

「ダランベール卿、早急にブリテン王室にゴール王室の名で使者を派遣せよ。この際暗号電報でも構わん、連絡を取れ。また民会を開く。ヴィニョル卿、招集を」
「はっ」
「ブリテン王室へですか?女王宛で宜しいので?」
「あぁ、必ず女王に直接だ。ブリテンにはあるだろう、この道の専門集団――BC財団がな」




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