めそめそ歩いて珍道中


Back

 何の前触れもなく一瞬にして浮遊し、霧に囲まれた浮遊都市、静岡県。葬式帰りの出張でこの事態に巻き込まれた、特高の一警官である丹羽正義は、中途で出会った初対面の一般人に、散々毒づかれながら道を歩いていた。なぜこうなったかというと、話は数時間前に遡る。

 色々と経緯は省くが、例の一般人―病島という名らしい―がこの霧の中に徘徊する化物に襲われかけていたところを、正義は間一髪で割って入ったのだ。化物に取り込まれた場合、人間は奴らと同じ存在になってしまうようだから、それを防ごうとするのは警察官としては当然のことだろう。
 そして病島を手近なホームセンター富士見屋に送り、正義はもう一度周囲の避難誘導に出かけた。避難を概ね完了させて戻ってきた時、なんとまあ病島が、ホームセンターの避難者が作ったであろう爆弾を片手に単独で外に赴こうとしていたから、思わずその後をついて行ってしまったのである。

 そして話は冒頭に戻る。どうやら病島は随分と機嫌が悪いようで、聞いていれば先程からやたらと人を否定するような言葉を言ってくるのである。仕事柄そういった言葉は慣れているから、こういう時には仕事と割り切って流すのが懸命だと正義は分かっているが、どうにも自分はそれが苦手な人間らしいということも分かっていた。病島の言葉に整合性は無いが、どうやら彼は正義漢ヅラした人間がお嫌いらしい。そんなことを言われても正義漢ヅラをしているしている自覚はないため、正義にはどうしようも無いわけだが。
 霧に包まれた視界の悪い街。今のところ聞こえるのは遠方からの僅かな唸り声のようなものと、二人分の足音だけだ。少し不規則な間隔の早足が病島で、律動的な方が正義である。

「またさっきのバケモンが出てきたらテメーを囮にして俺は逃げるからな」
「お前が逃げられるならそれで構わない。それはそれとして、無為に歩き回っても体力を消耗するだけだと思うのだが…」
「何もねえのにこんなこと起こるわけねえだろ、原因があるだろ原因がよ、クソがよ、なんで俺が……」
「それはそうだ。だが現時点では俺もお前も原因を知る術を持たない。何か策はあるのか?」

 一層不機嫌になってしまったのか、ブツブツと独り言を呟く病島はそれ以上答えなかった。仕方ないのでため息を一つついて、手に馴染む獲物を肩に担ぎ直す。霧でしょっちゅう方向感覚が狂うが、どうやら病島が向かっているのは西富士の演習場らしい。むしろ、そこ以外に目ぼしい目的地などこの状況ではないに等しい、が正しいか。病島が何を考えているかは不明瞭だが、この現状で一般市民を単独行動させるわけにもいかない。やはり自分も演習場に向かうのが今の最善だろう。

 と、ここまで考えた時。霧の向こうから、幽かに人間の悲鳴らしきものが聞こえた。病島もそれに気づいたのか、肩が強張ったのが後ろから見て取れる。静かに獲物の柄を握りしめた正義は、靄の向こうを目を凝らして見た。悲鳴はどんどんこちらに近づいてくる。そして霧の向こうから、人影…のようなものが、一つ、こちらへと接近してくる。先程の化け物か。ここで消耗戦をするのは避けたいが、この速度では一度相まみえるしかないだろう。
 そう判断した正義が薙刀を振るおうとした刹那――その影は高い悲鳴と共に姿を現した。

「キモイよおおおおぉぉぉなにあれぇぇぇぇ!!ああああああせんせええぇぇぇぇ!!」
「ちょっとは黙れねえんかおめえ!!!!」

 悲鳴を上げていた人影の正体は、なんとトランクの上に座って泣く水色の髪の女性だった。そのトランクが、同じく水色の髪の小さな少女に押され猛スピードでこちらへ向かってくるのである。これは流石に予想外だったのか、背後の病島が何となく辟易したような顔をしたのを正義は雰囲気で感じた。
 先程の言葉を訂正しよう。結果としてその影自体は化け物ではなかった。まさかこの地で会うとは思っていなかった、正義の知るにも知った顔だったのだ。樋山アリア――元特高第一課の人間だった、自分の後輩である。

「篠崎、じゃない樋山――!?」
「あっっっっせんぱいっっっしにたくないよう!うぐっ!!」

 思わず声を上げてしまった正義に反応したのか、トランクを押して爆走していた少女が不意に動きを止めた結果、アリアはトランクから滑り落ち顔面から地面に激突してしまった。すまん大丈夫か、と慌てて起こすと、アリアは泣きながら霧の向こうを指さした。ああ、これはお約束の展開だ。霧の向こうから奇声を発しながら現れたのはもちろん化け物である。だが幸いなことに小型だ、油断しなければ手間取るようなことはあるまい。

「樋山、病島、そこから動くな。いいな!」
「は、はいっっ」

 返事を聞くが早いか、正義は地面を蹴る。そのまま化け物の目を狙い、一直線に薙ぎ払った。風圧で近くの草が飛び散り、地面に撒き散らされた化け物の粘液に浸ってみるみるうちに変色していく。自分の獲物が長物で良かった。化け物は急所をやられ、甲高い奇声を上げて泣き喚く。その触手の勢いが一瞬怯んだその隙に、正義は叫んだ。

「総員走れ―――ッ!!」


――


 突然の邂逅、もとい化け物の強襲から数刻。なんとか触手の魔の手から逃げ切った四人は、地面に座り込んで息を整えていた。それなりの距離を走ったのだから当然だが、トランクの上に乗っていたアリア以外は全員息を切らしていた。相変わらず周囲は霧が濃いが、悲鳴も奇声も今のところは聞こえない。

「おいにいちゃん、ここらに避難所はないのか?」

 と、水色の髪の少女が話しかけてきたため正義は我に返る。トランクの上で未だに鼻をすすっているアリアを宥めながら、正義は彼女に答えた。しかし彼女、見た目は少女なのだが明らかに声が男性なのである。これがギャップというものか。

「すまない、俺たちも移動中でこの辺りのことはよく知らなくてな。だが一番の安全地帯となると、演習場ではないかと思うが」
「にいちゃんたちもそっち行くのか?」
「あぁ。それで合っているか?病島」
「何で知ってんだよクソが……」

 病島の毒づく声はスルーして、正義は少女に言葉を返す。

「それじゃわいも着いてくぞ。人数多いほうがいいだろ?」
「確かにそうだ。二人よりは四人の方が心強いだろう」
「でも先輩がいるとは思いませんでした。どうして静岡にいるんですか?」
「俺は葬式帰りの出張だ。篠さ…樋山は休暇か?」
「私はリリアちゃんの付き添いで……着いたらいきなりばけもんが…うう」
「クソ、なんでこんなことに……」

 こうしてここに、霧の中彷徨う謎の四人パーティーが出来上がったのである。
 目指すは西富士演習場。そこまでの旅路で何が起きるかを、今の彼らはまだ知る由もないのであった。


*


もへじさん宅病島定さん
しろつきさん宅樋山アリアさん、リリアちゃんさん

お借りしました。
都合が悪い場合パラレルとして扱ってくださいませ。



「溺愛」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -