愛を歌え青年たちよ


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 ローマ五国のうちの一つ、海と祭りの国イルマーレ公国。かの国ののどかな昼下がりは、今も昔も変わらない。水先案内人がそのつばの広い大きな帽子を上に押しやると、突如目の前に影が跳び降りてきた。いつもの派手な服装とはうって変わって、この派手な国の中ではかき消えてしまうような地味な色の服。どうやら少し先の端から跳んできたらしいその青年は、仮面越しでも分かる整った顔で綺麗に笑い、挨拶を投げかけた。

「Ciao!ジジくん、ご機嫌いかが?」
「ご機嫌良いさ!そっちこそどうなんだよ?」
「ぼくかい?いやぁ、相変わらずだよ。」

 ゴンドラが停泊する水路の縁、ジジ、と呼ばれた水先案内人は、気まぐれな来訪者に愛想のよい笑顔を向けた。跳び降りてきた青年の方は、雑誌のようなものを小脇に抱えたまま、肩をすくめて笑ってみせた。水の国の最高の旅を彩る水先案内人と、祭りの国の夢の時間を彩る祭りの案内人。彼ら共々の正体を知る者など、道を行き交う人々の中にはいないのだろう。

「相変わらずってなんだよ、まーた何かあったのかい?」
「あって欲しくはないんだけど、ご名答さ。まったく、身に覚えなんてないのに!」
「お、おぉ……確かにまぁ相変わらずだな…。」

 苦笑した青年は、小脇に挟んでいた雑誌をジジの鼻先に突きつけてみせる。名を聞いたこともなかなかない三流雑誌のモノクロの見開きのページには、青年とよく似た男性に、見知らぬ女性が抱き着いている写真が載っていた。どちらかというと、男性が女性を抱き締めているようにも見える。そしてページにはでかでかと「人気アイドル、またも不倫騒動か!?」の文字が。なんとも強烈な見出しにジジが少し引き気味に返事をすると、突き付けられたページはゆっくりと離れていった。

 祭りの国の、夢の案内人。そう自称する目の前の青年の正体は、ジジがまさに今見せられたゴシップ記事に載っていた男性である。イルマーレ公国の長、ラファエロ=イルマーレの側近の一人にして、この国の祭りという娯楽を一手に担う人間の一人、テオドロ・マストランジェロ。彼はプライベートでは「テオ」という愛称と仮面で自分の素顔を隠し、祭りの案内人としてイルマーレの街を闊歩している――というのは、わずかな人物のみが知りえるささやかな秘密。ジジはその秘密を知る人間の一人だ。

「そもそもぼくは結婚してないしね。まったく、スクープを作るならもっと僕のことを勉強してほしいな。」
「いや、突っ込むところそこか?どう見ても誤解しかされない構図じゃあないか。」
「これはね、ベッラが躓いて転びそうになったから咄嗟に手が出ただけなんだよ。あーあ、また騒ぎになっちゃうかな。」

 そう言いつつも、青年がとても本気で迷惑がっているようには見えず、ジジはテオに対して何回目か分からないため息をついた。ただ、白い仮面の奥の瞳の表情は、ジジにも読むことは難しいのだが。

「まったくなぁ…もうちょいとお前さんも危機感持ったほうがいいんじゃないかい。」
「ぼくは何も悪いことはしてないさ、たまたまこういうのを見られてしまうんだよ。」
「まぁそれも一理あるんだろうなぁ…。」

 再び困ったように、白い歯を見せて笑ったテオは、ふと頭上に広がる突き抜けるような青空を眺めた。
 ジジも自分も、陽気で愉快なラテンの血を引く生粋のローマ人だ。その気質は生きているだけで表に現れてくる。例えばそう、誰かを褒めることに関してもそうだ。すれ違った人間の美しい髪や可愛らしい笑顔を褒めることに、何の罪があるというのだろう。ないに決まっているとも、いや、あっていいはずはない! そう思っていても、人は人によって見る目を変えるのだ。仮面で顔を隠していようが、ジジやラファエロはその一挙一動すら街の人々に愛される人気者。自分がそうでないと言うつもりはない、むしろそうであるのだろうが、なぜか自分の場合には「週刊誌に晒し上げられる」というおまけが付いてくることが割と頻繁にあって、テオはそれがどうにも解せないのであった。ぼくも愛する国の皆に愛を伝えているだけなのに、何故こうも友人たちとは勝手が違ってしまうのだろう?誰か一人に向けてだけ愛を叫ぶなんて、大勢のかわいい子猫ちゃんがいるぼくにはどうにも出来そうにない。

 自身の中での押し問答は不毛なまま、答えは出ない。それはいつもと同じこと。
 答えの出ない鬱憤を晴らすように、テオは大空に手を伸ばした。手を伸ばしても跳んでも、この大空には届かない。きっとこの答えだって、見つけることは出来ない。ならせめて、愛を歌うことはやめないでいよう。

「ぼくは君が羨ましいよ、ジジくん!たった一人の愛しいひとに愛を唄えるんだから!」
「ははっ、いきなりどうした?」

「なんでもないさ。どうぞお幸せにね!」

 脳裏に友人二人の仲睦まじい姿を浮かべて、碧空に歌う白き鳥は高らかに笑ってみせた。


*


霧生れきみさん宅ルイジーノ・マリナーラさん
お名前のみ塩水ソル子さん宅ラファエロ=イルマーレさん
お借りしました。
都合が悪い場合パラレルとしてお取り扱いくださいませ。




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