夢、描く



Back

 先程の停電が復刻して数刻。騒がしい声がどっと溢れ出してくるホールへ向かい、ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を足早に歩く青年がいた。片手には羊皮紙の束、そして羽根ペン。時折揺れる髪は燃えるような赤。少々苛立ったように歩みを進めホールに辿り着いた彼は、普段なら絶対に正面から入ることのない大きな扉を開けた。その向こうはなんとまあ、言葉通りの阿鼻叫喚、お祭り騒ぎ。この世の歓喜と絶叫を全部丸ごとシェイカーに入れて振ったような、そんな喧しさがどっと襲ってきた。こんなことをする人物を、ブリテン稀代の劇作家エリック・W・アンバーは一人しか知らない。

「やっほ〜〜〜〜エリック☆」
「ひゃうっ!マグパイ君!!」

 偶然にも、捜している人物に声をかけられた。もちろん普通の声のかけられ方ではない―突然背後から両肩を掴まれた挙句耳元で叫ばれた―から情けない声を上げたわけだが。声をかけてきた犯人―もといこの状況をお遊びで作り出した犯人は、てへぺろ、めんごめんご☆とでも言いたげな、反省の色など欠片もない顔をした金髪碧眼の男。お喋りクソ野郎、芋けんぴ、ワカメ、ドニャゴン愛好家、とある魔術の快男児――巷では散々自由なあだ名をつけられるその男の正体は。ブリテン一有名人、大魔術師ことマグパイだった。

「久しぶりだね〜〜元気してた?あっあと俺今MAGGYって名前でホストやってるからよろしく☆ご指名する??????」
「ご指名しませんし貴方は貴方です。あと僕は息災です。」
「君そんな辛口キャラだったっけ?????俺の扱い方ノルディックと似てきてない??????」

 羊皮紙の束を抱えたままなのを思い出し、そっと小脇に抱える。マグパイのテンションが天元突破しているのはいつものことだが、それ以上に今日は輪をかけて何かが違った。幽かに漂うアルコールの匂い、もしかして微妙に酔っているのかもしれない。

「マグパイ君。」
「何だね????君の質問ならこの天才でイケメンな世界一の大魔術師がなんでも答えてあげちゃうぞ!!!!!遠慮はいらない、さぁ!!!!!言いたまえ!!!!!!!!」
「船内放送がうるさいです。」

 ぴしゃり。スッと真顔に戻ったエリックが叩きつけた言葉がそれだった。
 考えてもみてほしい。暗く静かな書庫で今日も今日とて執筆作業に勤しんでいた矢先に照明が落ちた挙句、彼のワンダフルパワフルストロングボイスがノーカット未編集で船中に響き渡ったのだから。思わず杖を取り落とすレベルだったのだ、あれは。一言文句くらい言ったって良いだろう。

「ひっど!!!!!まぁ音量最大で喋ったけどね!!!!!!!!!!」
「まぁ貴方がうるさいのはいつものことですし、これ以上は言いませんが。」
「やだ…大魔術師の繊細なハートがブレイクしちゃう……。」
「でも、そんな貴方だからこそ貴方らしいのでしょうね。」

 どうしても手放しで人を責められない劇作家は、弁解の様に言葉を続けて苦笑した。彼は生前、数は多くないが喜劇の脚本をいくつか遺している。そこにかなりの頻度で登場していたのが、当時宮廷魔術師だったマグパイだった、ということを知るのは恐らく本人くらいしか居まい。

「君は君だね、変わってない。」

 劇作をひたむきに愛するその姿勢も、器用で不器用で不運なところも、そして溢れるくらいの輝きを宿す琥珀色の瞳も、数百年前と変わっていない。

「そうでしょうとも。……一度死んだくらいでは、変わりませんよ。そのくらいで劇作を、彼女を愛することをやめられるほど、僕は浅い人間ではありません。」
「やっだ唐突な惚気!!!!?!?これだからこの芸術家どもは!!!!!!!」
「惚気ではありませんよ。」

 かすかに笑って、阿鼻叫喚のホール内を眺める。その隅には、くすんだ金髪でも淡い金髪でもなく、生前の彼が愛した色そのままの、檸檬色の髪の彼女がいた。

―貴女の髪は檸檬のいろ。新緑の葉で彩られた、爽やかな芳香の弾ける果実。―

 この夢を、奇跡を、自分は描くほかない。
 なぜならば自分は、夢を魅せる者だからだ。

「マグパイ君。この一部始終は僕のネタにさせてもらいます。」
「えwwwwwwwwこのリスまみれの愉快な豪華客船の話書くの!!!???!!!???途中で沈まない?????????」
「沈みませんよ失敬な。…今の僕は少々、面白おかしい喜劇に飢えているので。」

 大戦犯が何を言いますか、とツッコミを入れながら、羊皮紙を抱え直したエリックは、不敵に笑った。それを見たマグパイは思いっきり劇作家の背中を押し、ホールの中に放り込む。

「っちょっ…!」
「そういえばノルディックがワイン持って君を捜していたよ!!!!!ほら!!!!!!行ってらっしゃい!!!!!!!!」
「ええっちょっ、マグパイ君!?まだ話は終わってませんよ!?」

 はっはっは、と高笑いしながら人ごみに紛れていく大魔術師を眺め、劇作家は苦笑する他なかった。

*

もへじさん宅マグパイさん、伊勢エヴィさん宅ノルディックさんをお借りしました。
都合が悪い場合パラレルとしてお取り扱いくださいませ。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -