※本編後の高校生になったあとのおはなしです。




カランカランと、下駄の涼しげな音があちこちから聞こえてくる。たくさんぶら下がっている提灯からは暖かい光がもれて辺りは橙色一色に包まれていた。
射的、金魚すくい、りんご飴、焼きそば。
多々ある屋台にはそれぞれ子供から大人まで数多く集まっていて賑わいを見せている。

「すごい人だねー」

私が辺りを見回しながらそう呟けば、隣にいる綱吉くんもそうだねと頷いた。

「綱吉くん覚えてる?三年くらい前にもここの夏祭り来たよね」
「ああー、みんなでお店の手伝いしてたっけ」
「ひったくり犯もいたよね」
「うわっ、そういえばそうだ」

ゆっくりと歩きながら昔話に花を咲かす。そっか、あれから三年も経ってるのか。いろいろあったなあなんて年寄りじみたことも言いたくなるがそれは黙っておく。
でもそれだけ私たちの中学時代は普通の人よりも根強く記憶に残っているのだから仕方がない。

「…亜衣の浴衣、あのときとは違うやつだよね」

「前は確か水色ベースに桜が描いてあるのを着てたっけ」と言われれば今度は私が頷く。
今着ているのも桜柄だけど、ベースは薄いピンク。中学の時は自分の柄ではないとおもっていたけど、最近になってようやくピンク色も好んで身につけるようになったのだ。

「よく覚えてるね?」
「え?あ、そっ、そりゃあ亜衣の浴衣姿みたのあれが初めてだったし、…その、可愛かった、し」

目を泳がせながら真っ赤になってそういった綱吉くんに私の顔もだんだん熱くなってきてしまった。
中学の頃に比べてこういう恥ずかしいことも言うようになってきたけど、まだお互い慣れないせいもあって緊張っぷりは変わらない。
でも私より真っ赤になって焦っているだろう綱吉くんをみると、私の方は少し余裕がでるというか、そんな彼が可愛いなと思えるくらいには成長していると思う。

「あ、!いや、もちろん今の亜衣だって可愛いよ!ピンク色似合ってるし!前のときよりちょっと大人びたっていうか…!あ、う…わああっ、もうオレ何いってんのー…っ」

綱吉くんはその真っ赤な顔を隠すように口元を押さえて私から視線を逸らしてあたふたしていた。…どっちが可愛いんでしょうかね。
そんな綱吉くんの浴衣は紺色に白のストライプが入っているシンプルなもの。まだあどけなさは残るものの顔立ちは前より男らしくなり、見事に浴衣を着こなしている。
ダメツナなんて呼ばれていたけど、こうやってみると山本くんや獄寺くんにも負けず劣らず端正な顔をしていると思う。…可愛い系男子っていうのかな。
でもいざっていうときはかっこよくなる綱吉くんを何度も見たことがある。どっちも好きだ。


射的やヨーヨー、りんご飴を買ったりなどして一通り遊んだところでちょっとしたハプニングが起こった。

「あ、っ」

ブツリと嫌な音がしたと思ったと同時に歩いていた私の足は止まる。

「どうしたの?」
「…切れちゃったみたい」

少し右足を前に出すと、見事にブッツリいってしまっていた下駄の鼻緒。浴衣は新調したものだけど、下駄は前からあったものを使っていた。でもこれではまともに歩けない。

「…ごめん、ちょっとハンカチか何かで応急処置したいんだけどいい?」
「そうだね。神社のほうにいこうよ、ここじゃ人多すぎて危ないし」

確かにこんなところでしゃがんでたら誰かに蹴っ飛ばされるどころじゃ済まなそうだ。



「…これでよし、っと」

神社についたはいいものの地面は砂だらけだし、まさか本堂の階段に腰掛けるわけにもいかないので近くにあった太い木にもたれかかりながら綱吉くんに右足を差し出した。
…変な意味はないんだけど、なんとなく足を差し出すのってちょっと恥ずかしい。切れた鼻緒を直すためとはいえ綱吉くんの手が自分の素足に触れるのも含めて緊張で心臓の音がうるさい。

「うん、もう大丈夫かな。直ったと思うよ」
「ありがとう!」

右足をみれば綺麗にハンカチで結ばれている鼻緒。こういう応急処置には慣れているのかな。
私の足元でしゃがんでいた綱吉くんがゆっくりと立ち上がる。「どういたしまして」といいながら笑いかける彼を私は少し見上げた。
…いつからだろう、私が綱吉くんを見上げるようになったのは。中学のころはほぼ同じくらいの身長だったはずだ。でもいつのまにか、彼の身長は私を追い抜いていた。
これが成長期というものなんだろうけどちょっと寂しい気もする。それと同時に中学のころは可愛いなと思っていた綱吉くんが、どんどん男らしくなることに私の脈拍は速くなるのだ。

「…どう、したの?オレの顔に何かついてる?」
「へ、あっ…な、なんでも、ない」

いけないいけない、長いこと無意識に見ていたせいか首を傾げられてしまった。私の方こそ何いってるんだろう!
この至近距離で目を合わせ続けるのが恥ずかしくて私は視線を泳がせた。うわもう恥ずかしくなってきちゃったよ…!
恥ずかしさで俯いているとなぜか綱吉くんまで無言になってしまったからどうすればいいのかわからない。
あ、あれ、どうしたんだろう?ただ見ていただけだから怒ってるはずはないだろうし…。
おそるおそる視線を上へと向けると、真剣にまっすぐこちらを見ている綱吉くんと目が合った。

「…亜衣、」
「は、っ、はい…」

私がもたれかかっている木にゆっくりと片手をつく綱吉くん。反対側は空いているのにそうされてしまったら私は逃げられないわけで…。
だんだんと近付く距離にビクリとしながら私の心臓の音は激しく波打っている。え、こっ…これって、!
気付いたときにはあと数センチというところだった。目を瞑る余裕すらない。
そしてお互いの息がかかってしまうほど近付いたとき、大きな音と共に空がパァっと明るくなり私の思考は一気にそちらに持っていかれた。

「…花火、」

オレンジ、青、緑、赤、白…色とりどりの花火がたくさん打ち上げられ、無意識に私はそちらに目を向けていた。
綺麗だと思ってからハッと気付く。…そういえば綱吉くんは?と振り返ったとき、私の足元にうずくまって頭を抱えている彼が目に入った。

「ばっかやろー…、なんだよ、なんなの?何これ何でこのタイミング?お祭りあるあるかよ、もー…っ!」

…とっても嘆いているのがよくわかる呟きでした。そういえば、とふと思う。こういうのはいつも綱吉くんからしてたな、と。といってもまだ片手で数えられるくらいなんだけど。
私はうずくまっている綱吉くんに向き直り、その場にしゃがんで肩を指でつんつんとする。…今なら、多分。

「……?何、…ッ!?」

一瞬。綱吉くんが顔を上げた瞬間、私は彼の唇に自分のそれをむにっと押し付けた。そしてすぐに立ち上がって花火の方向に目を向ける。
可愛らしく、なんて微塵も考えられなかった。ただいつも自分は受け身だったから、今日はと思ってやってみたのだけど、正直今さっきのことなのに恥ずかしすぎて何をしたのか曖昧になりそうだ。
うまく息が吸えない。大丈夫だっただろうか、唐突に私からしてしまって気持ち悪いとか思われなかっただろうか。そんなことが頭をぐるぐると回って目が回りそうだった。

「…亜衣」

綱吉くんに呼びかけられるが緊張でそちらを向けない。振り向いてもいいのか、引かれてはいないだろうかと心配になる。

「…亜衣。お願い、こっち向いて?」

…ずるい。お願い事のように言われてしまったら振り向くしかないじゃないか。
未だにうるさい心臓の音を聞きながらくるりと彼のほうを向く。綱吉くんは照れながらも優しくてあたたかい目をこちらに向けていた。

「今の、嬉しかった」
「ぅ、…うぁい…」
「顔真っ赤だね」

綱吉くんこそと言おうとしたが明らかに私の方が真っ赤だろう。彼の顔も赤いけど、でも少し余裕がありそうだ。
…浴衣の話をしたときはものすごく照れちゃってたのに。

「ねえ亜衣」
「な、なに…?」

花火の音で普通なら声なんて聞こえないのだけど、綱吉くんはまた私に近付いてほとんど耳元でしゃべるから私は始終緊張してなければならない。
鼓膜を震わせて聞こえてくるゆっくりと、そしてどこか艶っぽい声は体の芯まで届いては私の心を満たしていく。

「…もう一度、オレからキスしていい?」


夜空の宝石箱

ずるい、ずるいずるい。そんなこといわれたら目を瞑る以外に選択肢なんか無いじゃない。
ずるい、本当にずるい人…でも、好き。

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