本日の天気は雨。バケツをひっくり返したような激しい雨が窓ガラスを叩きつけてかなりの騒音となっている。
そんな中私が今いるのはルッスーリアさんの部屋。部屋といっても私の家のリビングより広いけど。

「ねえ、もう引いていい?」
「ま、待ってください…!心の準備が!」
「それさっきも聞いたし」

部屋にいるのはルッスーリアさん、私、ベルフェゴールさんの三人。どういうわけなのか突然ルッスーリアさんに誘われ部屋にいったところ、笑顔で見せてきたのは一つのトランプだった。
今日は雨で暇を持て余しているらしく、テキトーにトランプでもやらないかというお誘いらしい。…ヴァリアーもトランプとかするんだ。そんな驚きを隠せなかった私だが今、究極のピンチである。

「そんなに悩むこと?」
「まあまあ、女の子には優しくしなきゃダメよ」

二人の会話を小耳にはさみつつ、私は自分がもっている二枚のカードを見比べた。今やっているのはババ抜きだ。
ルッスーリアさんはすでに上がっており残るは私とベルフェゴールさん。そしてベルフェゴールさんがこのどちらかを引くかによって勝敗が決まる。
じっくりと二枚のカードを見比べる。何度も何度も二枚の場所を入れ替えて惑わせてみたはいいけど…。

「じゃあこっち」

左側のトランプをサッと自分の方に持っていった。私はゆっくりと目を開けて自分の手元に残った絵柄を確認。

「……」
「はい、王子の勝ちー。じゃあ罰ゲームなんにしよっかなー」
「あら、惜しかったわねぇ亜衣ちゃん」
「うわああああ」

そうだ、負けたら罰ゲームがある。これが負けたくない理由だった。だってろくな罰ゲーム考えないだろうし!?

「ボスの給仕は前にすっげー嫌がってたしこれもありか」
「写真はどうかしら?ボスの寝顔を撮ってくるの!」
「あとは…ボスの首に付いてる羽を取ってくるとか?」
「ザンザスさん関係はやめてください酷すぎますよ…っ!」

私の明日がなくなる!必死な願いにまた改めて考え直してくれたようだけど、いったいどれだけマシになるんだろうか。



「…スクアーロさん」

ルッスーリアさんの部屋を出て私が向かったのはスクアーロさんの自室。ノックをしながら名前を呼ぶと「入れ」との一言があったため目の前の大きな扉をゆっくりと開けた。
部屋に入るとスクアーロさんは大きなソファに腰掛けていた。テーブルにはまた高そうなお酒…すでに半分以上は飲んでいるようだ。

「何か用かぁ」
「あ、はい…あの、」

スクアーロさんから一定の距離を保ちつつ近づいたのはいいが、さてなんて言おう。
自分のこのビビリな性格のせいで中々言いたいことが言えなくて黙ってしまうことが多いのだが、ヴァリアーの人たちの前でそれをすると大抵は苛立って機嫌を損ねてしまう。
"出来たのか出来なかったのかまずは結果から。それまでの経緯なんて後でいい"なんて誰かに教えられた気もするが、今回の場合はまずその"結果"が問題なのである。
スクアーロさんは私のこの性格をある程度知っているため口ごもってもあまり催促はしないで待っていてくれる。もちろん最初の頃はう゛ぉいう゛ぉい言われてたけどそれからしたら大分進歩したと思う。

「…えっと、ですね…」
「……」
「……、きょ、今日はいい天気ですね!」

ザーッと雨が窓ガラスを叩く音がこの部屋でも聞こえる。今日は朝からこの調子だから一日中止まないんだろう。

「…こんな雨ん中そんなに外に出たいなら好きにしろ、オレは止めねえぞぉ」
「うわああっちちち違う!違います!そんな趣味はありません!」
「だったら何だ」
「うぐ…その、す、すすすすスクアーロさんのお綺麗な髪を三つ編みにしたいです!」

ええーいもう勢いでいってしまえー!と半ばヤケになって今回の目的を話すと、スクアーロさんの身体の動きがピタリと止まり「はぁ?」と気の抜けた声が聞こえてきた。
そうだよね、そういう反応しますよね…!だから無理だって言ったのに!

「…はぁ、どーせベルあたりから言われたんだろ」
「…え、?」
「仮に思いついたとしても、おまえが直接オレにいってくるわけねえからなぁ」

う、うわ…さすがというべきか、誰が言い出したかも当てるなんて。…いや、むしろこんな馬鹿げたことを頼むこと自体ベルフェゴールさん以外ヴァリアー邸にはいないのかも?

「亜衣」

ふいに名前を呼ばれビクリとする。普段はおまえとかてめーとしか呼ばれないが、たまにこうやって名前で呼ばれるときがある。
そこにどれだけの破壊力があるかを彼は知らないのだ。…もちろん、ときめきの方の破壊力では無いことは断言する。

「こっちに来い。仕方ねえから許可するぜぇ」
「え!?で、でも…!」
「オレがいいっていってんだ。それに任務失敗とあっちゃベルがうるせえだろーが。さっさと済ませちまったほうがいい」

何かとベルフェゴールさんにあとで言われるのが面倒なんだろう…、多分スクアーロさんも巻き込まれるだろうし。
けどここは素直に甘えたほうが私にとっては好都合だ。本人が許可してくれているんだし。
来いと言われおそるおそる近付き彼が腰掛けているソファに私も座る。基本的にというかそもそもヴァリアーの人とこんなに至近距離になったことがないため、バクバクとうるさい私の心臓に少し息苦しくなった。
私とスクアーロさんではかなり身長差があるゆえに視界に入るのは主に胸付近。今は隊服は着ていないため薄着なので嫌でもその鍛えられた身体は見えてしまう。
男の人だが女性並みに、いやそれ以上に綺麗で長い銀色の髪は彼の魅力の一つでもある。そしていつもはその大きな声のあまり耳鳴りがしてしまうほどであり、普段は任務でこの場を空けていることが多いため気付けなかった。
ああ、彼はとても整った綺麗な顔をしている。

「…なんだぁ、人の顔ジロジロ見やがって。惚れたか?」
「ゲッ、そそそそそんなことはないですないです」
「う゛お゛ぉい、今何で"ゲッ"っつったんだ」

は!い、いけないつい心の声が!…なんていったら吹っ飛ばされるんだろうな。言いたい気持ちをぐっと堪え、私は目の前にある銀色の髪に触れてみた。う、わあ…なんて触り心地が良いの…!
さらさらと指をすり抜けるこの感じ。何度もやってみたくなるほど気持ちいい。さっきはゲッなんて言ってしまったが、ある意味撤回したい。

「…ほ、惚れ、ました…!」

あなたの髪の毛に。と、続くはずだったのにスクアーロさんがニヤリとしながらこちらを見るものだから私は髪に触れたままピタリと動きが止まる。
ただでさえ距離が近いのにさらにそれを縮めてくるものだから嫌な予感しかない。

「…それは、オレを誘ってんのか?」

ちがーう!そう言いたいのに言い出せないのはさっきから続いている心臓の音のせいだ。もちろん恐怖心からくるものだが、今はそれが少し変わってきている。
ダメだ…私にはまだ大人の世界は早すぎる。ちょっと距離が近くなっただけ、たった一言言われただけでこの有様なのだ。それ以上なんて想像もつかないししたくもない。
未だにうるさい心臓の音…聞こえてなればいいのにと必死に願うばかりである。一生懸命この緊張感に耐えていると、スクアーロさんはあっさりと私から少し離れた。そのことによりさっきよりいくらかマシになった気もする、が、

「安心しろ、オレはおまえみたいな貧相な身体には興味ねえ。もっといい女になったら考えてやらなくもねえがな」

…どさくさに紛れてハサミでばっさり髪を切ってしまおうか。そんな悪質ないたずらを思い付いたがどうか許してほしい。な、なんなのこの…っ、…い、イケメンが!…悪口が出てこないのが悔しい。
ハサミは用意できないが髪の毛一本抜くくらい…とは思ったが、髪の毛を大事にしている人はたとえ一本だろうとうるさいかもしれないからやめておこう。

ピキリとした気持ちを抑えながら改めてその綺麗な髪に指を通していく。今はもうやらないが子供の頃はお母さんに習って自分でもよく三つ編みをしていたからやり方は覚えている。
髪を結っている間一言も言葉を交わさなかったが、これはこれで集中できるので苦ではなかった。
ただ、私みたいな小娘のお願い(しかも三つ編み)のために微動だにしないで大人しくしてくれる暗殺部隊のスクアーロさんというこの構図が面白いというのは黙っていたほうがいいのかもしれない。



「…できました!」

5分くらいでやっとできた三つ編み。なんでこんなにかかってしまったかというと、スクアーロさんの髪がサラサラすぎて三つ編みをしようとしても解けていってしまうからだ。…サラサラすぎるのも問題ということなのか。

「…慣れたもんだなぁ」
「はい、小さいときにやっていたので」

髪をひとつにまとめ緩く結んだ三つ編みを片方に流している髪型にした。これぐらいなら男の人でも似合うと思ったからだ。現にスクアーロさんはとても似合っている。
…本当は二つ結びのほうのおさげにしようと思ったけど、それはいくらなんでも抵抗があったからこっちにしたのだ。
ベルフェゴールさんの出した罰ゲームは、スクアーロさんの髪を三つ編みにすること。"どんな三つ編み"とはいってないから、この髪型だって間違ってはいないはずだ。

「どうですか?その髪型」
「…悪くはねえが、首元がスースーするな」
「それは、もう慣れですね」
「今日だけだ、もうやらねえ」

といいつつもほんの少しだけスクアーロさんは口元を緩めていた。…気に入ってくれた、のかな?

そのあとは本当に三つ編みが出来ているのか確認しにきたベルフェゴールさんとルッスーリアさんがやってきててんやわんやだった。
一応これも記録しておこうと思い写真を撮ったけど…ヴァリアーがこんな感じで大丈夫なのかと少し心配になった。


お願い事を聞いてください

「亜衣、これじゃあ面白くねーじゃん。もっとこうやってさ、」
「う゛お゛ぉいやめろベル!」
「あら、おさげの方が似合うんじゃないかしら!」
「やっぱりこうなるんですね…、じゃあ記念に一枚。スクアーロさん、1+1はー?」
「う゛お゛おおおおいいいいいい!!」

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